【2-02】言葉の蛇『文字鎖』

 ……………………。

 ………………。

 …………。


「……かなで!!」


 少女の声で、しずんだ意識がじょうする。

 目を開けると、おれを上からのぞきむ少女の顔が映りんだ。

 かのじょりんかくがぼやけていたので、おれは思い当たる名前を呼んでみた。


かなで、か?」


 聞き返すと、少女が怪訝けげんな顔をした。


かなではアンタでしょ。なんで私に聞くのよ」


 答えが返るのと同時に、ぼやけていた視界のピントが合い、おれ苦笑くしょうする。

 見覚えのある顔だった。


「なんだマハか」

「なんだ、じゃないでしょ。それが助けてくれた恩人にける言葉?」

「……そうなのか? 記憶きおくに無いが」


 マハに言われて、記憶きおくを思い出す。

 確かタワーの展望室で黒主にいどんだおれは、ヤツの自爆じばくで――。

 そう。あの高いタワーから飛び降りたはずだ。


「まあ私が助けたと言っても、単にその辺で気絶してたんだけどね」


 マハに言われ、おれは身体の具合を確かめてみる。

 問題なく身体は動く。痛みも無いし、内臓にダメージも無い。

 完璧かんぺきすぎるほどの無傷ぶりに、おれかえって疑念をいた。


「……気絶してただけ、だと? 即死そくしして当然の高さから落ちたのに」

「そうなんだ? でも無傷だったよ。きっと呪歌リートのおかげじゃない?」


 マハがくったくの無い笑顔えがおを見せるが、おれ納得なっとくがいかない。

 おれは無傷を確認かくにんすると身体を起こし、膝枕ひざまくらをしてくれていたマハに向き直った。


呪歌リートのおかげ、だと? そんな効果もあるのか?」

呪歌リートのろいは、宿主を守ろうとするからね。身体を強めてくれるし、私みたいに不意をかれでもしない限り、めったな事故じゃ死んだりしない」

「そんなものなのか……うん? お前みたいに?」


 マハが自分で口に出したことで、おれ彼女かのじょ記憶きおくを思い出した。

 そう言えば、コイツは教会でたれて死んだはずだが――?


(しかし今のマハが着ている服には、あのときの血痕けっこんが無い)


 どこかで着替きがえたのか、それともあれはまぼろしの出来事だったのか。

 彼女かのじょが平然としていることをあやしんだおれは、そのことを確かめようとした。


「そう言えば、お前はどうなんだ。教会でたれて死んだんじゃなかったのか」


 するとマハがおれの視線に気付いたように、かたをすくめてしょうした。


「……そんな細かいこと、どっちでもいいでしょ?」


 この女、自分の生死が細かいことだと言いやがった。

 そこまで言い切られると、おれもこれ以上は質問を重ねる気にもなれない。


「お前にとって、自分の命の話題は重要ではないのか……」

「それより。本当に大丈夫だいじょうぶ? 見かけは確かに無傷だけど、ひどくうなされてたよ」

「それは…………」


 身体は無傷でも脳に影響えいきょうがあるのではと、マハなりに気遣きづかっているようだ。

 たずねられたおれは、あの声を思い出す。


           ほんとうは、あるよ――……。

           あなたと、あるよ――……。


 まぶたを閉じ、そっと心に言葉をらせる。

 心が温まるのを感じながら、ゆっくりと目を開けて答える。


「…………妻の夢を、みていた」


 それを聞いたマハが、これまでで一番のおどろいた顔をした。


「あなた、おくさんがいたの!?」


 頓狂とんきょうな大声。

 本人も言ってから大声に気づいたのか、ハッと口を手でさえた。

 その素振そぶりが面白おもしろいので、おれ苦笑くしょうしながら付け足す。


「名前はみずはらかなでと言ってな。もっとも1年前に死んでいるが」

「みず、はら……かなで?」


 そうおれが付け足すと、またマハの表情が変わった。

 しばらくかんが素振そぶりを見せていた彼女かのじょだったが、すぐにあやまる。


「…………そう。ごめん、言いたくない秘密に立ち入って」

「気にするな。それに、こんなことは秘密でも何でも無い」


 興味本位で個人の事情を聞き出したことを、マハなりに後悔こうかいしたようだ。 

 湿しめった雰囲気ふんいきになることをきらい、おれは手をって苦笑くしょうした。

 実際、過去のことを口にしてナイーブになるほど、神経質な性分しょうぶんでも無い。

 おれが努めて気にしない素振そぶりを見せると、マハもほっとした表情をかべた。


「ならいいけど。じゃあ私はちょっと外の様子をのぞいてくるね」


 マハはそう言うと、すそはらうと立ち上がった。

 外と言われて気付いたが、ここは廃墟はいきょビルの、玄関げんかんホールフロアのようだ。

 周囲は荒廃こうはい閑散かんさんとしていて、玄関口げんかんぐちのドアも破れた状態になっている。


「外の様子?」


 その玄関口げんかんぐちに向かうマハの背中に、おれは声をける。

 かえったマハが現在の状況じょうきょうを、簡潔に教えてくれた。


「さっきまで黒主の式神が市中を攻撃こうげきしてたけど、今は収まってる。何か異変があったのかな。兵隊も引き上げていったみたいだけど、どこに行ったかは分からない」


 式神の攻撃こうげきが収まったのは、おれのハッキングが関係しているだろう。

 それに展望台の爆発ばくはつには黒主もまれたはず。司令官を失えば兵が撤収てっしゅうするのも自然な動きではあった。


(だが――本当に、そうなのか?)


 あのタワーから落ちたおれが無事ということは、黒主も無傷の可能性が高い。

 となると、部隊が撤収てっしゅうしたというのも別の意味を持ちそうだ。

 ともあれ情報がしいのは確かで、マハが見てくるなら願ったりかなったりだ。


「そうか。終わったらもどってくるのか?」

「当たり前でしょ。かなでには私がわたした呪歌リートを、返してもらわないと」

「『逆理ぎゃくりのリート』か……」


 リートの奪回だっかいが目的なら、たおれていたおれを殺した方が話が早いだろうが、そこで人命救助を優先したのは、宮廷きゅうてい薬師のプライドなのだろうか。

 本人に聞いてみたいところだが、話がこじれそうなのでおれだまることにした。

 だまったおれに対し、出かけるマハが人差し指を立て、言いつけがましく告げる。


「様子が分かったらもどってくるから、かなではここを動かないでね!」

「任せておけ。主人を待つ忠犬のように、大人しくしているぞ」

「絶対だからね!?」


 念をしたマハが外に出て行くのを、おれは手をって見送る。

 やがて彼女かのじょの気配が無くなったところで、おれは立ち上がった。

 こしげていた皮の手袋てぶくろめながら、相棒のアーテイ氏に呼びかける。


「さて……と。アーテイ氏、行くぞ」


 おれに呼びかけられ、一部始終を見守っていたであろう言霊ことだまが返事した。


「あの子には『ここを動かない』って、言ったくせに……」

「はっはっは。あんな口約束、守るわけがなかろう」


 素直すなおに待ったところでおれに得があるわけでもなし。

 何ならリートをうばかえされる分、デメリットしか無い。

 マハも余計なことは言わなきゃ良かろうに、素直すなおというか何と言うか。


「それで、どこに行くの?」

「知れたこと、黒主のところさ。おれが生きてるならヤツも生きている。ヤツにはまだ聞きたいことがある」


 展望台で尋問じんもんしたときは、10年前のすべては聞き出せなかった。

 ヤツの情報をかせ、かたきとして殺す。

 そのためには呪歌リートの能力を手に入れた今が、一番の機会。

 こんな機会をだまって見過ごす気にはなれない。


「アテがあるのー?」

「無い。だからまずは情報集めからだ。ついでに今のうちに、お前も情報をけ」

「ふえ、あてぃしの情報?」


 アーテイ氏はとぼけるが、おれしい情報をコイツは持っている。


呪歌リートの仕様だ。お前、黒主が使ったヘンな呪文じゅもんについて知ってるだろう」


 再び黒主に相対するのは当然として、無策で再戦をいどむのはぼうにすぎる。

 出来るだけ呪歌リートの知識を得てから、ヤツと相まみえたい。


「ああ、文字ぐさりのこと? 宿主が呼び出して自在にあやつ使つかみたいなもんだよ。だんはああして宿主の周りをゆうして守っているけれど、文字ごとにバラバラに動いたり、しんしゅくしたりする。蛇腹じゃばらけんみたいに武器状に形成することも、ぶんして動けることを利用して飛び道具にもできるよー」

「便利じゃないか」


 アーテイ氏の話を聞いていると、かなり便利なように思える。

 防御ぼうぎょにも武器にも射撃しゃげきにも使える、出没しゅつぼつ自在の戦力というのは相当に魅力的みりょくてきだ。

 そう思っているとアーテイ氏が指を立て、今度はデメリットを教えてくれた。


「リスクもあるけどね。使いこなすには意識をく必要があるし、それに文字ぐさり呪歌リートしんだから、もし何らかの方法で損傷してしまうと……」

呪歌リートを宿主からはなす条件の1つ、『宿主が呪文じゅもんを傷つけられる』――つまり呪歌リートを失ってしまう。なるほどな」

「『言葉』を破壊はかいする方法が世の中にあるのかは知らないけど、そういうこと」


 つまるところ使つかだが、弱点でもあるわけか。

 それでも銃弾じゅうだんすら簡単にけるのは便利だが。


「リートの使つかということは、おれも使えるのか」

「もちろん! あんな姿をイメージしてみー? あやつるのもぜんぶイメージよー」


 おれ目撃もくげきした文字ぐさりの形状を、頭の中で想起してみた。

 するとすぐにおれの周りに、ヤツと同じような二重の呪文じゅもんが現れる。

 その呪文じゅもんの文字列をよく見ると、このようにえがかれていた。


 『宇可利計留 人遠者川世能 山於呂之』『波遣之可礼登波 以乃良奴物遠』


 うでに刻まれた呪文じゅもんと同じ漢字の並び。

 現れた文字ぐさり螺旋らせんえがき、呪文じゅもんの『頭部』がヘビのように鎌首かまくびをもたげる。


「ふぅん」


 あやつるのもイメージと言われたので、少し念じてみると。


 ヒュウッ――――!


 風をく音と共に、呪文じゅもんの頭部がコンクリートのないへきさった。

 その目にもとどまらぬ動きのばやさに、おれは内心で舌を巻く。


「速いな。しかもコンクリートのかべいちげき穿うがてるとは」


 二度三度と、はいきょの壁を標的に、文字ぐさりあやつってみる。

 この文字ぐさりを使えば、けんじゅうなんかより殺傷力ははるかに高そうだ。

 ぼうぎょについても黒主のように、じゅうだんすらかえす力があることはかくにん済み。

 さらにアーテイ氏の話どおりなら、けんにもムチにもしゃげきにも使える。


 おれが感心していると、かたわらでアーテイ氏が小さい胸を張った。


「すごいっしょ、えっへん!」

るな、お前の能力ではないだろ」


 ということは、姿を消すのもイメージなのか。

 少し念じると、すぐに文字ぐさりが周りから消えて無くなった。

 とは言え、再び念じればすぐに呼び出せるのだろう。


(よし。まず課題の一つはクリアだ)


 黒主と再戦したとき、今度は文字ぐさりおくれを取ることは無い。

 他にもリートの知識は不足しているが、それは情報収集しながら聞き出そう。

 おれは方針を決めると、棄京ききょうの街に出ることにした。

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