1章2節――黒公卿とリアル争奪坊主めくり

【2-01】対峙、そして転落

【2節――黒公卿とリアル収奪坊主めくり】


 おれに呼びかけられ、黒主が首をかしげた。

 左右の目がちがう方向を向き、せわしげにぐるぐると動き回る。

 やがて解を得たかのように、ヤツの両眼がこちらに向けられた。


「ごめンヨ、キミに見覚えはナイ。いったいだれだイ?」


 それは黒主にとっては、当然とも言える答え。

 だからおれも直接は誰何すいかに答えず、代わりにヤツの記憶きおくを呼び覚ましていく。


瑞原みずはらの里を覚えているか。この棄京ききょうから北西に行った所にある、山間の里だ」

「うン……?」

「10年前、貴様は兵士たちと里を襲撃しゅうげきした。里に反逆者の汚名おめいを着せた貴様たちは、住民を皆殺みなごろしにした」

「……オオ!!」


 おれがそこまで言ったところで、黒主が目を見開くと手をたたいた。

 緊張きんちょう感のカケラも無い仕草におれは歯ぎしりするが、ヤツは構わずほがらかに笑う。


「あったネエ、そンなこと。でも、それがどうしたンだい?」


 おそらくは、ヤツにとって里のことなど、大した記憶きおくでもないのだろう。

 人が虫をみ殺して痛痒つうよう呵責かしゃくも感じないように、ヤツは人命を何とも思わない。 

 それは今、こうしてひろげられている虐殺ぎゃくさつを見ても、明らかだった。


おれ《たち》》は、そのときの生き残りだ。貴様に問いただしたいことがある」

「ふゥン。何だイ?」

「なぜ、里をほろぼした。里をおそったのは、貴様の一存か」


 ウソが返ってくることは承知の上で、直截ちょくせつむ。

 すると黒主は耳の穴を指でほじりながら、のんきな口調で答えた。


帝国ていこく刃向はむかったからダヨ。指示を出したのは、陛下だけどネ」

「ふざけるな! 瑞原みずはらの里は反逆などしていない! それはおれが知っている!」

「でもネエ、そんな密告があったンだもン。仕方ないヨネエ」


 耳穴をほじっていた黒主が、指についた耳糞みみくそばしながら答える。

 おれはその拳銃けんじゅうおそれない態度に苛立いらだちを覚え、威嚇いかく発砲はっぽうした。


 響くひびく銃声じゅうせい

 しかしその直後、意外なことが起きた。

 黒主の近くをねらってった銃弾じゅうだんが、突然とつぜん現れた何かによってはじかれたのだ。

 キンッという金属音めいた音と共に、黒主がかたをすくめる。


「オオ、こわイ。危ないことしてくれるネエ」


 そう言って笑う黒主の周りには、奇妙きみょう呪文じゅもんが立ちのぼっていた。

 二重螺旋らせんの形をえがいて黒主の周囲を取り巻く、漢字ばかりのなぞ呪文じゅもん

 その見覚えのある文体を見て、おれは思わず口に出す。

 

呪歌リート……!?」


 おれうでに宿った呪歌リート呪文じゅもんと漢字がちがうだけで、全体の雰囲気ふんいきが似ている。

 すぐにおれは察した。コレはマハも言っていた、黒主の『王佐おうさのリート』だと。


「ほウ、その反応……リートを見たことが、あるヨウダネ……」


 それまで軽薄けいはくな態度に終始していた黒主の眼光が、にわかにするどさを増した。

 同時に黒主の周りをただよう二重の呪文じゅもんが、その頭部をおれに向ける。

 頭部――そう、二重螺旋らせん呪文じゅもんが見せる動きは、さながら二ひきのヘビのよう。

 教会連中があがめる『二重螺旋の竜神カドゥケウス』が、ヘーゼルのつえに二ひきのヘビが巻き付く姿をしているように、その二重の呪文じゅもんもまた、黒主を取り巻いていた。


(アーテイ氏、これは一体)


 おれは口元を手でかくしながら、アーテイ氏に小声でたずねた。

 この自称じしょう言霊ことだまは『逆理ぎゃくりのリート』の知識を持っていたし、あの呪文についても知っているかもしれない。


「あれは文字ぐさり。リートは言霊ことだまでもあるから、あんな風に使つかっぽくあつかえるの」


 すると案の定、どこからか現れておれかたに乗っかった氏が、黒主をながめて答えた。

 見たことも聞いたこともない現象をたりにして、おれは舌打ちする。


(ちっ。やはり未知の力はやりにくいな!)


 タワーに到着とうちゃくするまでに呪歌リートの練習はしたが、知らないことが多すぎる。

 落ち着いたらリートの仕様について、理解を深めねばなるまい。


「一体、どんな力が……」


 あの『文字ぐさり』とやらには、どんな力がある。

 重ねてたずねようとしたが、言いかけたところで先に黒主が話しかけてきた。


「さてはキミもリートを持ってるンだネ。その力でボクの式神のコントロールを奪ったとすれば、合点もいク」


 まずいな。

 黒主の方が呪歌リートを探しているだけあって、呪歌リートの仕様にはくわしそうだ。

 拳銃けんじゅうを向けられて動じなかったのも、この文字ぐさりで身を守れるからだろう。

 となると、情報に疎いだけおれの方が分が悪い。


「だとしたら、どうする?」

「知れたコト。殺してでも、ウバいトル――……!」


 眼光に鋭さを増した黒主がそう言った瞬間しゅんかんおれは再び発砲はっぽうした。

 今度は威嚇いかく射撃しゃげきではなく、本気で黒主の身体をねらってだ。

 しかし――。


「ハハハ、そンなの効かないもゥん」


 不気味なみをかべた黒主が、サッと手で合図すると。

 ヤツの周りを浮遊ふゆうしていた二重の呪文じゅもんがグルリとめぐり、意志を持っているかのように銃弾じゅうだんを再び迎撃げいげきし、またしてもはじばしてしまった。


「バカな……」

「その様子じゃ、文字ぐさりのことは知らなかったようだネ。初心者マークさんかア」


 そういうことか。

 おれがどの程度リートの知識を持っているか分からず、警戒けいかいして対峙たいじしていたと。

 となるとおれの手の内が知れた以上、ヤツが悠長ゆうちょうに対話する意味はない。


(どうする。『逆理ぎゃくりのリート』で防御ぼうぎょの願いを逆に取るか? いや、文字ぐさりの性能が分からない以上、効かない可能性がある。そうなるとおれの手の内が、さらに読まれてしまうだけだ。これ以上、不利になるわけには――)


 マハから聞いた黒主のリート情報を鵜呑うのみにしたのが、まずかった。

 『つながった異界の言語をあやつれる能力』だけなら、戦闘せんとう能力は無いはずなのに。

 あせったおれが対応を模索もさくしていると、不意に黒主が手をたたきだした。


 ジグ、ジグ、ザグ、逢魔おうまつじ御覧ごらんあれ

 Zig et zig et zag, on voit dans la bande


 王も農奴のうどたわむおどりし死の舞踏ぶとう

 Le roi gambader auprès du vilain!


 手拍子てびょうしを打ちながら、黒主は何の脈絡みゃくらくも無い言葉を唱えていく。

 その意表をいた出来事が何を意味するのか、おれにはまったく分からなかった。


 されど不意に輪舞りんぶついえ、みなし合いて四散する

 Mais psit ! tout à coup on quitte la ronde,


 だから対応がおくれた。

 あまりにも場の状況じょうきょうとかけはなれた行動が、理解できなかった。


 あかつきつげたる雄鶏おんどりが、にわかに鳴きたる、そのために

 On se pousse, on fuit, le coq a chanté


 だから対応できたのは、理解ではなく直感によるもの。

 その直感をもたらしたのは、リズミカルに手拍子てびょうしを打つ黒主の表情が――。


 おお、悲哀ひあいなる世に相応ふさわしき、何とうるわしき夜!

 Oh! La belle nuit pour le pauvre monde!


 ――何かのカウントダウンをしているように、見えたから。


「くそっ!」


 イヤな予感。おれはとっさの判断で、展望台の窓際まどぎわへとげる。

 しかし、その直後――。


「Auf Wiedersehenダヨ、瑞原みずはらのキミ――」


 黒主が笑顔えがおで告げるのと同時に、タワーの展望台が爆発ばくはつした。

 またたく間に視界が紅蓮ぐれんに染まり、爆風ばくふうで窓ガラスがくだる。

 おれは何の目算もないまま、割れた窓から飛び降りたが――。


(――――――――!!)


 この展望台は地上100メートル以上。

 飛び降りたところで、生きていられる高さではない。


(ここまでか……!)


 最後に聞こえたのは、とてもなつかしい、かつて愛した少女の言葉。

 ずっとずっと支えにしてきた、遠く、なつかしい、あの日の言葉……。


         「ほんとうは、あるよ――」

         「あなたと、あるよ……」

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