【1-10】黒主との対決――棄京タワー

 しかし――。

 銃声じゅうせいと共に放たれるはずの銃弾じゅうだんは、おれに届かなかった。

 兵士は正しく銃口じゅうこうを向け、正しく射撃しゃげきしたというのに。


 しかも、それだけではなかった。

 信じがたい出来事が、起きていた。


 じゅうを構えていたがさの兵士たちが、バタバタとたおれていく。

 まるで銃撃じゅうげきが、自らの身にかえったように。

 あたかも世界の因果すら、ねじ曲げられたかのように。


 たおれた兵士たちの身体から、大量の血が流れ出る。

 一人だけ生き残った、上官らしき長耳の男があわてふためいた。


「ど、どうした!?」


 動かない兵に狼狽ろうばいする姿を見ながら、おれは確信する。


「これが、呪歌リートのろい……世界を支配する、リート・プログラムの力……」


 間違まちがいない。自信がある。

 いまたれたのは、確かに自分だった。

 なのに理屈りくつも法則も何もかもをくつがえして、結果としてたおれたのは兵士のほう。


 実際に目撃もくげきすると、寒気すら覚える。

 これは神にも匹敵ひってきする力だ。

 この世の法則にすら挑戦ちょうせんできる、とんでもない力だ。


「貴様ァ、いったい何をしたァ!!」


 今度は錯乱さくらんした長耳の男がじゅうを向けると、自ら発砲はっぽうしてきた。

 しかし結果は、やはり同じ。

 銃声じゅうせいがした直後、後を追うようにして、血の海に男がたおれた。


 またたに十名以上の兵士をたおし、高揚こうようと共に恐怖きょうふすら感じてしまう。

 この力があれば、朱泉国しゅぜんこく転覆てんぷくできるのでは。

 いや、それどころか世界すらくつがえせるのでは。

 黒主が「世界を作り変える力」とうそぶいたのも、誇張こちょうではないと思い知る。


「使っちゃったね、かなで


 目の前の事実にくしていると、アーテイ氏が再び話しかけてきた。


かなでを殺したい。こいつらのおもいが、『どんな風に』逆にかなうのか気になったけど、こーなるんだねー。かなでは殺せず、逆に殺そうとした自分たちが死んじゃった、と」

「……………………」

「どったの? 感動しちゃった?」

「いや。マハは、この展開をねらって呪歌リートしつけたのかと、そう思ってな」

「あー、そっかもね」


 おれとアーテイ氏は、たおれているマハの遺体を見下ろした。

 もしおれの想像どおりなら、彼女かのじょは最後の力で、おれを助けてくれたことになる……。

 だが、だとすると。今際いまわきわの、あのいわくありげなみは一体……?


「……いや。コイツが何を考えていたのかなんて、今は気にしている場合じゃない」


 すぐ思い直す。今は街を式神がおそう非常事態で、しかも兵隊も出動している。

 そんな考察をするのは、後回しでいいんだ。

 今ここで大切なのは、この窮境きゅうきょうける方法。

 俺は頭をえると、式神と兵士たちをしのぐ方法について考えていく。


「外では式神が無差別に人をおそっている。しかも今みたいに兵隊まで出張っているのに、無事にる方法なんて……いや待て。コイツら、最初に何て言った?」


 確か、そう。こう言っていたはずだ。


     ――『見つけたぞ、いま呪歌リートを使ったのは貴様らだな!』――


「……あのとき、直前にマハが『逆理ぎゃくりのリート』を使っていた。しかしおれ以外に目撃もくげきする者なんて居なかったはず。なのになぜ、この兵士たちは『呪歌リートを使った』ことを知っていた?」


 何らかの方法で検知したのだろうか。

 だとすれば、どうやって――と、周りを見回して、ゆかに落ちた式神に気付く。


「そうか、式神。『弐式にしき朱雀すざく』が知らせたのか」


 黒主があやつる兵器であれば、式神の側から黒主に連絡できても不思議は無い。

 思い返せば破壊はかいする直前にも、式神はデータ転送がどうこうと唱えていた。


「この式神が黒主に情報を送り、ここから黒主が兵士たちに指示を出す。つまり式神は通信役でもあったのか」


 となると、逆に利用も出来るはず。

 式神にも『逆理ぎゃくりのリート』が通用することは、すでにマハが実践じっせんしている。

 ならばリートを使えば、この場はけられる。

 いや、それどころか逆に、黒主に仕掛しかけることすら出来る。


「……やってみるか」


 おれは礼拝堂の窓から、外の様子をうかがった。

 ちょうど良い案配に、『弐式にしき朱雀すざく』の一体が外を飛行しているのが見える。

 あの式神を使って、色々とためしてやるとするか……。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 かなで呪歌リートを手に入れてから、しばらくして。

 棄京ききょうの中心に立つタワーの最上階展望室で、黒主くろぬしまゆをひそめていた。

 高さ100メートルの場所にある展望室には全方位にガラス窓が張られ、窓の向こうには遠くの山々までが一望できる景観が広がっている。


「……どういうことダ」


 黒主は地上を襲撃しゅうげきする式神と兵の動きを映像で確認しながら、つぶやいた。


嵯峨さが化野あだしの方面の式神が勝手に動イてル? ボクの指示に反していル?」


 展望室に立つ黒主の眼前には、無数の映像によるタッチパネルが現れている。

 そのパネルに記された言霊ことだまのログは、かれが率いる式神部隊の状況じょうきょうを示していた。


「住民ジャなく、兵士をおそい出していル。不具合? バグ? こんなに大量ニ?」


 黒主は立体映像のタッチパネルを操作しながら、首をかしげた。

 式神の制御せいぎょには自信のある黒主にとっても、理解できない現実が起きていた。

 これほど大量の式神が同時に制御せいぎょを失うなど、かれの常識ではありえない。


「……イヤ。まさか、コレハ」


 ――が、ひとつだけ可能性があった。


「ハッキング……?」


 第三者が何らかの方法で式神の制御せいぎょうばったなら、この状況じょうきょうにも説明がつく。

 式神同士はたがいにネットワークでつながり連携れんけいしている。

 ならば一体の制御せいぎょうばう手段があれば、同じ方法をネットワーク経由で拡散すれば、短時間で多くの式神にアクセスできる。


「マサカ。式神の操縦には、異界の言霊ことだまの知識が要ル。もし知識を持つ人間が居たとシテモ、さらに操作系を乗っ取るナンテ、現代の人間の知能では到底とうてい不可能……」


 無人兵器の式神には、簡単にコントロールがうばえないよう、セキュリティがある。

 そのセキュリティの穴を破れる人間なんて、この世には存在しないはず――。


「ダケド、現実はハッキングされてイル。それは認めるベキダ。ならどうすル?」


 一度ネットワークに入り込まれれば、式神の動きは簡単に掌握しょうあくされる。

 連携れんけい性能を重視し、全体をリンクさせたことが、こうなると裏目に出る。


「コントロールをうばい返ス? しかし作戦中にセキュリティホールを探し出してふさ余裕よゆうは、ボクにはナイ。なら、いったん作戦を中止するしか……だったら、ここを降りるカ」


 つぶやいた黒主は展望台の階段口を見た。

 作戦中止となれば、こんな高台に陣取じんどって指揮する必要も無い。


「……イヤ、マテヨ?」


 階段口に向かいかけた足が、すぐピタリと止まる。

 本当に、それだけで良いのだろうか。

 自分は何か、致命的ちめいてきなことを見落としているのではないか。


「ふぅム?」


 あごに手をけ、黒主はあらぬ方向を見つめる。

 しかし、その右目と左目は、それぞれちがう方向を向いていた。

 しばらく黒主はかんがんでいたが、やがて「あ、そうカ」と手を打つと。


「イヤァ、ボクとしたことが大事なコトを忘れていたネ」


 そうつぶやくと黒主は、再びタッチパネルの画面に指をすべらせた。

 くちびるを弧にして操作する黒主の姿を、タワーの照明が照らし続ける……。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 棄京ききょう中心部に到着とうちゃくしたおれは、目の前にそびえる巨大きょだいなタワーを見上げた。


「……ここに、黒主がいるわけか」


 黒主の位置を割り出すのは簡単だった。

 式神の正常な挙動を呪歌リートで反転させ、情報網じょうほうもうの向きを『逆さ』にしてしまう。

 つまりは末端まったん管制塔かんせいとうとなり、管制塔かんせいとう末端まったんとして情報を提供させるようにしたのだ。

 そうなると、どうなるか。


端末たんまつの式神に送られてきた情報によると、ヤツはこのとうに居るらしいが」


 本来なら情報網じょうほうもうの最上位に居る者の情報が、末端まったんでも簡単につかめてしまう。

 すなわち今回の場合は、式神部隊を操縦する司令官――黒主の場所が分かる。

 

「頭の黒主さえつぶせば、この襲撃しゅうげきは収まる」


 今でこそ式神のコントロールをうばったが、所詮しょせんは相手の制御せいぎょを逆手にとっただけ。

 もし黒主が対応すれば残った兵隊を阻止するすべはなく、虐殺ぎゃくさつも再開されてしまう。


「そうなる前に、黒主をつ。それに……ヤツには聞きたいことがある」


 黒主は10年前に瑞原みずはら襲撃しゅうげきした張本人。

 帝国ていこくは『反逆』を理由としたが、それがウソであることを、里長さとおさの子の記憶きおくを持つおれは知っていた。


「なぜ、瑞原みずはらおそったのか。いったい、だれが命令したのか」


 黒主の独断かもしれないが、黒幕がいる可能性もあった。

 ヤツを問いただし、黒幕がいるなら情報をかせる。


「……殺すのは、それを聞き出した後でも良い」


 いずれにせよ、瑞原みずはら殲滅せんめつした張本人には、死をもってあがなってもらおう。

 この混乱と黒主の出馬は、その絶好の機会だ。


「最上階……」


 建物内にある昇降機しょうこうきいで、最上階を目指す。

 到着とうちゃくしたところで、おれは死んだ兵士からうばった拳銃けんじゅうを手ににぎった。

 式神からの情報では黒主一人の可能性が高いが、護衛がいるかもしれない。


呪歌リートでも何とかなるが、武器の選択肢せんたくしは多いにしたことは無い)


 到着とうちゃく音で気付かれた可能性もあるので、慎重しんちょうに進む。

しかしすぐに、その必要が無かったことを知ることになった。


「ようこソ。ボクの式神たちをうばったハッカークンは、キミかい?」


 展望室に出ると、両手を広げて黒主がむかえてきたからだ。

 しかしおれはすぐに退くと距離きょりをとり、まず周りを警戒けいかいする。


(――護衛はいない。式神も。外部からの援軍えんぐんもあり得ない)


 辺りに目を配り、気配と物音から結論づける。

 外部の援軍えんぐんが無いのは、昇降機しょうこうきの上行きボタンを銃で破壊はかいしたからだ。

 上から降りることは可能だが、下から上ってくることは出来ない。

 それに式神を使いニセ情報を流させたから、兵士たちはここには来ない。


(ということは、黒主はおれが来ると知っていて無防備に待っていたことになる)


 1対1でもおくれを取らない自信があるのか。

 それとも、他に何かしらの方策を考えているのか。

 ともあれ目の前に黒主が一人で居るのは、こちらとしては絶好のチャンス。

 おれは黒主と正対すると、拳銃けんじゅうをヤツに向けて構えた。


「そうだ。初めまして――――いや、久しいなと言うべきか。神祇官じんぎかん、黒主!」

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