【1-07】式神との遭遇、薬師との再会

 先ほどのさわぎの場から、まだ大してはなれてはいない。

 それにケガ人を連れていたのなら、目的地の教会は近いと予想もついた。

 果たしてしてしばらくすると、木造民家の並ぶ一角に教会が見えてくる。

 俺は古びた教会の外観を敷地の外から眺めると、一緒に来たアーテイ氏につぶやいた。


「この教会か? 人のいる気配は無いが」

かなでが来る前に、もうげたんじゃなーい?」

「……だとしたら、おれは単なるピエロではないか」

「だってかなでは単なる道化師どうけしじゃん」

「むう」


 アーテイ氏のツッコミが的確なので、反論も出来ない。

 おれ渋面じゅうめんを作りながら、教会礼拝堂の正面にある、木製のとびらけた。


「……これは」


 礼拝堂の内部には怪しげなあかきり充満じゅうまんしていて、視界を悪くさせていた。

 名状しがたい禍々まがまがしい雰囲気ふんいきを感じ、おれまゆをひそめながら中へむ。


「子どもの話だと、薬師と詐欺師さぎしがいるハズだが……」


 もともとが廃墟はいきょだったらしく、教会の祭壇さいだんよごれていた。

 祭壇さいだんには祭神として、ヘーゼルのつえに巻きつく『二重螺旋の竜神カドゥケウス』の像が見える。

 ゆっくりと祭壇さいだんの側まで歩いてみるが、だれの姿もそこには無い。


「……入れ違いか? もう止血を済ませてげた後、か?」


 つぶやいていると、上の方から奇妙きみょうな機械音が聞こえてきた。

 同時に、背筋に走る悪寒おかん

 危険を感じ、おれかえりもせず、その場から前転してはなれた。


 ヒュウッ、と。

 たちどころにするどく、風をく音がして。

 ボロの祭壇さいだんが大きな破砕はさい音と共に、一瞬いっしゅんにして破壊はかいされた。

 たおんだおれはすぐに態勢を立て直し、すぐさま『襲撃者しゅうげきしゃ』と正対する。


 空中にく襲撃者は半透明の金属板で組まれた、鳥の形状をしている式神だった。

 その式神が人間と大差ない、流ちょうな合成音声を発する。


「住民発見。標的情報ナシ……送信……攻撃こうげき開始……」


 式神の主翼しゅよく胴部どうぶみずがね色に染まっているが、ところどころがあかく光っている。

 どうやら今は羽根の一枚を射出したらしく、その左翼さよくの一部には欠けがあった。


 おどろいたようにアーテイ氏がおれの周りを飛び回り、大声でわめき散らす。


「こんなとこまで式神でた! どーすんの!?」

「ええい、うるさい。こんなものはおれなら何とかなる」

「何とかなるって、どうするの?」

「それは! 今から! 考えるッッ!!」

「ええ…………」


 おれは口でアーテイ氏に余裕よゆうめいた宣言をしながら、内心で素早すばやく対応を考える。


(『弐式にしき朱雀すざく』か。戦闘せんとう式神の中でもメジャーなタイプだな)


 言霊ことだまで動く式神は朱泉国しゅぜんこくの主力兵器であり、様々な種類が存在する。

 最近では民間への流通も始まっていて、おれも興味本位で調べたことがあった。


(主武装は羽根からたれる刃状はじょう攻撃こうげきだんと、口からかれる催涙さいるいガス。空中での旋回せんかい挙動は軽快だが、一方で軌道きどうは画一的。うまく攻撃こうげきさそえば、ける)


 言霊ことだまで編み上げられた式神の動きは精巧せいこうだが、反面で予想がつきやすい。

 プログラムに忠実に反応する点を利用すれば、おれでも対処できるはず。


「……やってみるか」


 おれは勝てると判断すると、ベルトに帯びたヤスリをいて即席そくせきの武器にした。

 ヤスリは商売道具の研磨けんま用に持ち歩いているが、こうした際の護身具でもある。

 アーテイ氏があきれたように、おれに声をけてきた。


「そんなヤスリで、まさか戦う気!?」

「はっはっは、そのまさかだ。なんちゃってスティレット程度にはなるさ」


 アーテイ氏に余裕めいた返しをしながら、作戦を定める。

 『弐式にしき朱雀すざく』の攻撃こうげきだんの射出順は決まっていて、左右のつばさから交互こうごたれる。

 おそらくは制御せいぎょの都合だろうが、次にたれるのが右のつばさからと分かれば――。


「こっちだ、『弐式にしき朱雀すざく』!」


 そうさけぶと、おれは相手の左側面へと走り出した。

 右のつばさからたれるなら、左にまわめば相手は余分に旋回せんかいする必要が生じる。

 そして旋回せんかい後に射撃しゃげきするには、照準を定めるため前後に一定の静止時間が必要。


「さあ、ってこい!」

射撃しゃげき準備……照準調整、完了かんりょう……攻撃こうげき……」


 果たしておれが予想した通りのタイミングで、『弐式にしき朱雀すざく』が羽を射撃しゃげきしてきた。

 み済みの攻撃こうげきおれが簡単にかわすと、放たれた攻撃こうげきだんは背後にれていく。

 ギィンッ、と。

 後ろから激しくねる金属音が聞こえてきたが、おれは気にしない。


ねらい通り!)


 そのまま助走をつけ、教会の長机へ飛び乗る。

 木製の机はちてはいたが、おれが乗った程度ではこわれない。

 そのまま三角びの要領で、今一度の跳躍ちょうやく


(このまま、たたとす!)


 つばさをへし折れば、この飛行するタイプの式神は無力化できるはず。

 空中でおれはヤスリを構えると、攻撃こうげき直後の『弐式にしき朱雀すざく』にねらいをつけた。


 しかし、その直後だった。

 跳躍ちょうやくし、まさに攻撃こうげき仕掛しかけようとしたおれの上から、『何か』が降ってきた。


「なに!?」


 何が落ちてきた――と、思うひまもあらばこそ。

 いきなりの衝撃しょうげきと共に、態勢をくずしたおれゆか墜落ついらくしてしまう。


(やってくれる!)


 すぐさま起き上がろうとして、何が起きたのかに気づく。

 天井てんじょうに備え付けられていたペンダントライトが、上から墜落ついらくしていた。

 落ちてきた照明に当たったおれは態勢をくずし、反撃はんげきの機会をのがしてしまったのだ。


(計算づくの跳弾ちょうだんか!)


 偶然ぐうぜんではないだろう。先ほどの『弐式にしき朱雀すざく』の攻撃こうげきおれに当たらなかったものの、何かに当たって跳弾ちょうだんし、天井てんじょうのペンダントライトをるす部分を破壊はかいしていた。人間では不可能な芸当だが、言霊ことだまの計算で動く式神なら、性能次第しだいで出来るわざだ。


(まずい)


 ゆかたおれこんだおれが見上げると、すでに『弐式にしき朱雀すざく』が照準を合わせていた。


射撃しゃげき準備……照準調整、完了かんりょう……攻撃こうげき……」


 げるにも、周りの長机がジャマ。

 かといって反撃はんげきできる体勢ではなく、身を守るたても無い。


(――――――――!!)


 くるまぎれに道化どうけの仮面をベルトから外し、たての代わりとする。

 しかし、こんなことで祭壇さいだんをもくだ一撃いちげきを、防げるわけもなく――。


 やられる。そう覚悟かくごしたときだ。

 りんとした少女の声が、この古びた礼拝堂にひびわたった。


「『さかかぜ』――!」


 その声と同時に、異変が起こった。

 こちらに照準を定めていた式神が、いきなり制御せいぎょを失うと墜落ついらくする。

 まるで言霊ことだま制御せいぎょが切れたような『弐式にしき朱雀すざく』の姿に、おれ戸惑とまどっていると。


「今よ、道化師どうけし!」


 再び少女の声がして、おれはハッとする。

 見ると床に落ちた『弐式にしき朱雀すざく』は体勢を立て直し、また空中にもどろうとしていた。

 おれは仮面を投げ捨てると起き上がり、浮揚ふよう中の式神にせまると。


「――――せいっ!!」


 手応え。全力でんだヤスリが、式神の翼部よくぶをへし折った。

 式神が飛行能力を失いゆかに落ちたところで、トドメとばかりにみつける。

 バキッと割れるような金属音がして。


「ピッ――PK125、化野あだしの教会ニテ対象発見……データ転送……」


 そんな声を最後に上げると、ようやく『弐式にしき朱雀すざく』は完全に沈黙ちんもくした。


たおせた、か……?」


 大きく息をつく。どうやら決着はついたようだ。

 しかし、なぜ急に式神は墜落ついらくしたのか。

 その点だけを疑問に思っていると、少女に声をかけられた。


「あなた、さっきの仮面の道化師どうけしよね? やったじゃない」


 ヘーゼルゴールドのひとみと、菜の花マハみたいな金髪きんぱつ。あの薬師のむすめだった。

 これまで姿が見えなかったが、どこにひそんでいたのだろうか。


かくれていたのか」

「その式神が、やってきたからね」

「ふん……お前、この式神に何かしたのか?」


 おれたずねると、薬師の娘は少し目を泳がせて答えた。


「えっと……手持ちの薬品を、ちょっとかけた……だけ?」

「……なるほど?」


 どうだか。いかにもうそっぽい。

 しかし深く知りたいわけでもないので、おれはとりあえず納得なっとくした。

 ともあれ助けられたのは事実なので、薬師に対して礼だけは言う。


「どうやら、お前に助けられたようだな。ありがとう、貸しが一つできたな」

「どういたしまして……って、それ言うなら借りでしょ、なんで貸しになるの!」

「はっはっは、ちなみに利子はトイチだぞ」


 薬師が抗議こうぎするが、おれは聞く耳を持たない。

 こんな長耳の小娘こむすめに借りを作っただなんて、認めたくもなかった。


「せっかく人が助けたのに、ふざけんな道化師どうけし!」

「せっかく人を助けたのに、そうおこるなよ薬師」

「あんたの対応の問題でしょーが!?」


 相変わらず、からかいがいのある女だな。わざわざ助けに来た価値はあったか。

 だが、一緒いっしょに居たハズの詐欺師さぎし男はどこに行ったのだろう。

 そのことを気にしながら、俺はこの娘に現状を教えてやる。


「それはそれとして、今は非常事態だ。外にこんな式神しきがみが大量に現れて、人をおそっている……あの詐欺師さぎしが見当たらないが、アイツはどこに行った?」

「……え、と。げた……うん、げた」


 問われると、みょうに口ごもりながら彼女が答える。

 なぜ、そんなに言いにくいのかは分からないが、おれとしては詐欺師さぎしが居ないと助けに来る理由が無くなってしまう。


げた? 手当てをした恩人のお前を見捨ててか?」

「どっちでもいいでしょ。それよりアンタは何しに来たのよ」


 薬師が話題をけたがるので、おれも話を引きずらずに再考した。


(この際だ。骨折り損にならないようコイツだけでも助けて、恩を着せるとするか)


 この娘だけを助ける義理など無いが、救ったら救ったで悪い気分では無い。

 この長耳の小娘こむすめきらいだし気に食わないが、おれ彼女かのじょげるよううながした。


「ここに居ると危ない、お前も早く避難ひなんしろ」

「あら。それって、助けに来てくれたってこと? 意外と親切なのね」

「意外は余計だ」

「ふふ。じゃあせっかくだし、用が済んだら一緒いっしょげましょ。あなた、名前は?」


 こちらの悪印象とは裏腹に、薬師は急に好感をいたように微笑ほほえんだ。

 名前か。正直、おれの名前はあって無いようなものだが……。


かなで七城ななしろかなでだ」


 おれがそう名乗ると、薬師は少しおどろいたような顔をする。

 それから胸に手を当てると、笑顔えがおで自分も名前も教えてくれた。


七城ななしろかなで……ふぅん、えんのある名前ね。私はマハ・ベクター、よろしく」


 それは春を告げる『菜の花マハ』の名にふさわしい、晴れやかなみだった。

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