【1-06】式神(ドローン)の急襲

 やがて拍手はくしゅの代わりに、聴衆ちょうしゅうたちが小声でささやき始める。


「『百人一咒ひゃくにんいっしゅ』って何だ?」「うんうん」

呪歌リートというのを集めれば、それが出来るんじゃね?」「うんうん」

「でも完成したら理想郷が生まれるって、意味が分からんよな?」「うんうん」

「我らが神祇官じんぎかんさまは、いつもオチャメで酔狂すいきょうだからなぁ」「うんうん」


 突拍子とっぴょうしもない演説なので思わず聞き入ったが、冷静に考えると雲をつかむような話。

 そう受け止めていく群衆たちの中で、ひとりおれだけが歯をみ鳴らす。


(黒主が虚構きょこうにくむ、だと?)


 この最悪のうそつきめ、笑わせる。だったら最初に、お前が死刑台しけいだいを登ればいい。

 白々しいうそかためた理由で、瑞原みずはらの里をほろぼしたくせに。


 つい憎悪ぞうおあらわに、おれは上空の魔人まじんにらみつける。


 むなしい一人拍手はくしゅを収めた黒主は、歯並びの悪い歯をいて笑い続けていた。

 しかし、やがて不意に急に笑顔えがおを収めると、今度は面を改めおごそかに告げる。


「さて。呪歌リートを集めるため、まずはキミたち棄京ききょうたみに協力願いたイ」


 これまでの芸人じみた笑顔えがおせ、代わりにかぶのはすごみのある視線。


「この棄京ききょうの市中に、呪歌リート宿やどした者が居るという情報を得た」


 その表情の変化を感じ取ったのか、民衆みんしゅうたちの表情からも急にみがせる。

 いびつな冷気に当てられたかのように、何人かが身をふるわせた。


呪歌リートの所有者ヨ、今すぐ正直に名乗り出ればヨシ。さもなくば実力でうばい取ル」


 黒主が、短く冷徹れいてつに告げる。

 しかし当然のように、応じる者はいない。


 もし誰かが名乗り出たとしても、黒主にそれを気づく術はあるのだろうか。

 おれは疑問に思った。もしかすると、ヤツは最初から答えなど期待してないのでは。

 だとすれば――とおれが考えをめぐらせる前に、黒主が早々に答えを口にした。


「応じる者はナシ、と。では、これより呪歌リートの回収作戦を始めル――」


(――作戦? 今、コイツはそう言ったのか?)


 おれがに思ったのと同時に、黒主が不穏ふおんな号令を発した。


でヨ王佐おうさのリート。混汞こんこう験集げんしゅうの咒、三子さんしれい三墓さんぼこう水銀毒舎すいぎんどくしゃ六汞ろっこう占術せんじゅつ』」


 その言葉と同時に、黒主が映る上空の彼方かなたから、無数の小さな黒影こくえいが現れた。

 それはみるみるうちに数を増し、イナゴの群れのように秋空をおおくす。

 遠目なのですぐに正体は分からなかったが、だれかがさけんだ。


「式神だァ!!」


 すると、そのさけびに応じたかのように、黒主が命じた。


が言葉に忠実なる六汞ろっこうの式神に命じル――棄京ききょうたみどもをくセ!!」


 その言葉と同時に、上空の黒影こくえいたちが一斉いっせいに地上へと急降下してした。

 平面を組み合わせたような独特のフォルムをした、小型の飛行物体。

 みずがね朱色しゅいろの光を放つそれらは急降下すると、様々な手段で人をおそい始める。


 弾丸だんがん凶刃きょうじん、爆発。悲鳴、絶叫、苦悶くもん恐慌きょうこう

 その場に居合わせた群衆たちが、またたに血のパニックにおちいった。


「助けて!!」「げろ!!」「やめてくれえ!!」


 式神の攻撃こうげきでバタバタと人がたおれ、草も木もみなあけしていく。

 群衆がまどう中、上空の黒主は地上を冷たく睥睨へいげいしていた。

 住民じゅうみん虐殺ぎゃくさつを見下ろすヤツの表情には、何の心の痛痒つうようも見当たらない。


「これから兵隊も投入すル。棄京ききょう市中の諸君、死にたくないならリートの所有者を見つけ、ボクの前に連れてコイ。ボクは市内のタワーで待ってるからネ。ハハハ……」


 さながら地でさわ民草たみくさのことを、地をありほどにも思っていない顔。

 黒主はひとしきり冷笑れいしょうすると気が済んだのか、そこで映像がふっと消えた。


 しかし、もうだれも黒主の言葉を聞いている者はいない。

 みな走り、まどい、突然とつぜんに現れた式神の軍勢から避難ひなんしようとしている。


 街のあちこちから悲鳴が聞こえる。

 もはや辺りは収拾しゅうしゅうのつかないほど、阿鼻叫喚あびきょうかん地獄じごくおちいっていた。


「まずいな」


 すでにけだしていたおれは、その混乱に構う気などなかった。

 宿にもどひまなどない。とにかく今は式神の襲撃しゅうげきけ、安全な場所へげねば。


げる――どうげる? どこが正解だ?)


 黒主の言葉からすると、標的は棄京ききょうの人々だ。

 ならば単純な話、人が居ない場所までれば、それ以上は捕捉ほそくされまい。


 四方に目を配ると、すぐ近くにそびえる小倉山おぐらやまの付近には式神が見えない。

 あの山にあるのは墓地ばかりで、住民じゅうみんなど居ないからだ。

 ならば山にめば、木々も障害物となって助かるだろう。


(山まで10分とかからない。そこまでははしける!)


 そう決めて東を目指しけていると、見覚えのある子供を見つけた。

 先ほどの五目並べで、男にカモられていた連中の一人だ。

 どうすれば良いのか分からず、右往左往していた子供が、おれの姿を認めてさけぶ。


「あっ、道化師どうけしのお兄ちゃん!」


 仮面を外しても背格好は変わらないから、すぐ子供はおれのことがわかったようだ。

 一瞬、連れて行こうかとも思ったが、俺も自分の逃走ルートに自信はない。

 うかつに巻き込むわけにはいかなかった。


「早くげろ! ここに居ると式神におそわれるぞ!」


 それだけ言って、そのままけ去ろうとすると。


「でも。薬師のお姉ちゃんが、さっきの男の人を助けて、まだ教会に残って……」


 子どもは自分がげることよりも、あの薬師たちが気がかりな様子で口ごもった。


「はぁ? 教会?」

「うん。止血したばっかりで、走ってげるわけにはいかないって……」

「ちっ……あのベクター娘め、お人好ひとよしにもほどがある」


 そう言えば、あの薬師は詐欺師さぎし治療ちりょうしたがっていたな。

 落ち着いて治療ちりょうできそうな施設しせつということで、近くの教会に移ったのか。

 そこに今の惨状さんじょうが起き、ケガ人を捨て置けずに一蓮托生いちれんたくしょうの状態と。


(そんなこと知るか――と言いたいところだが)


 しかし詐欺師さぎしとはいえ、あの男をケガをさせたのはおれ

 それを長耳のむすめが助け、一方でおれは危ないからげた――となると……。


「まるで瑞原みずはらほろぼした長耳連中の方が、善玉の人間みたいじゃないか」


 つぶやいたおれは、二度三度と激しく舌打ちする。

 理性は無視すべきとさかんに警鐘けいしょうを鳴らすが、感情が強く反対していた。

 ここでげると、ほろびた瑞原みずはらの人々が悪者に堕落だらくする。そんな気がして――。


「どっちだ! その教会は!」


 ――自分らしくもない。そう思いながらも、おれは子供にたずねていた。


「あっ、あっち……」


 その剣幕けんまくにたじろぎながらも、子供が道を指し示す。


「分かった。お前は人の心配などせず、さっさと逃げるんだぞ!」


 そう言うと、すぐさまおれは教えられた方角へ、歯噛はがみしながらもした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る