【1-05】"黒公卿" 黒主は演説する

 先ほどの件を依頼人いらいにんに報告を済ませ、おれは再びやみ市場の通りを歩く。

 すでに道化どうけの仮面は外してあり、今はこしにぶら下げていた。


 一緒いっしょにいるアーテイ氏が、依頼人いらいにんのことでおれに不満を述べ立てている。


「あー腹立つ! 大道寺だいどうじのヤツ、他人に詐欺師さぎしを実力排除はいじょさせておいて、報酬ほうしゅうこれっぽっち! あの借りた銀貨は全部もらって良いと思うの! だいたいやみギルドなら、らしく自分たちが荒事あらごとで解決すればいいでしょーに! なんでかなでにやらせるの!」


 おれは当初こそ無視していたが、あんまり耳元でさわがれると我慢がまんの限界がある。

 仕方なく独り言をよそおって、このいかれる言霊ことだましずめてやることにした。


大道寺だいどうじの子飼いは出払ではらってるからな。みかじめ料をはらわない流れの詐欺師さぎしの対処なんて、やとわれ用心棒でも問題ないと判断したんだろ」


 大道寺だいどうじというのは、ふとしたえんおれが世話になっている、やみギルドのボスだ。

 表向きはサーカス団という看板ではあるが、その実態はヤクザ、あるいは傭兵ようへい団と呼ぶ方がしっくり来るだろう。朱泉国しゅぜんこくとのパイプもあるらしく、今も主力は表向きは地方巡業じゅんぎょううたいながら、実は帝国ていこく軍の西方遠征えんせいに従軍している。

 ちなみによわい70をえた老人であり、フルネームは大道寺だいどうじ超一徹ちょういってつと言う。


「おーかーねー! あてぃしおカネほしいのー!!」

「お前がカネにこだわる理由がなぞだが、あの銀貨は大道寺だいどうじが造った偽造品ぎぞうひんだぞ?」

「ぎゃー! 通貨偽造ぎぞう! すぐつかまるヤツだー!」

「まあ、こんなスラム同然の市場にまで来るほどひまな官憲も居ないだろうが……」


 それに見せ金にしただけですぐ取り返したし、通報つうほうされることはないだろう。

 もし先ほどのやり取りで、問題が起きるとすれば――。


「でも奏、相手を目潰めつぶししちゃってダイジョーブ? 後でうったえられない?」

詐欺師さぎしうったれば、ヤツ自身の首もまる。それにおれはヤツを信じているしな」

「信じてるって、何の根拠こんきょでー?」


 アーテイ氏が不信の眼差まなざしでおれに聞くので、おれはふふんと胸を張って答えた。


「そう。おれとヤツは、おたがい正々堂々戦うとちかい合った紳士しんしだからだ!!」


 しかし、おれが答えたのに氏の不信の目は変わらない。

 なぜだ。今の答えでは納得なっとくできないのか?


「そんな約束したっけ……」

「した。対局者に対し、五目並べルールに関連しない行為こういを禁じる、と」

「でも、あんなことされて守るわけないじゃん」

「ふっ、男同士のたましいちかいに二言は無い!」

かなで、いい性格してるよね……」


 傍目はためには独り言な会話をしながら、舗装ほそうされた通りを歩く。

 長く補修されていない道路は方々でひび割れや穴が目立ち、状態は悪い。

 この地が荒廃こうはいした都――すなわち【棄京ききょう】と呼ばれるのも納得なっとくできた。


「……それに、おれには力が無いからな。詐欺師さぎし一人をつぶす程度の事すら、あんな不器用な方法でしか解決できない。報酬ほうしゅうは相応さ」

「ヘンなところで謙虚けんきょなんだからー」

「もっと大きな変化を起こす力があるなら、別だがな」


 小さく息をつきながら、空を見上げる。

 いつもどおりのあかくもぞら。太陽の光もロクにまない、のろいでよごれたあかねぞら

 しばらく宿に向かい歩いていると、往来の通行人の会話が、耳に入ってきた。


「おい。そろそろ黒主さまの説教が始まるぞ」

「もう神祇官じんぎかんさまが現れる時間か」


 「黒主さま」という言葉が聞こえ、おれは足を止めた。

 先ほど長耳の少女と遭遇そうぐうしたときのように、またも心に波風が立つ。


 突然とつぜん、空から軽妙けいみょうな音楽が鳴り始めた。

 あざやかな美しさと耳障みみざわりな無機質感が同居した、奇妙きみょうな音楽が辺りにひびわたる。

 やがて派手なファンファーレ音に合わせ、上空に大きな人影ひとかげの映像が出現した。


「来た」「始まった」


 申し合わせたように、通行人の様子が一変する。

 みな、上空を見上げていた。

 いや、通りの人々だけではない。

 建物の窓辺に現れた住人が、いつもは遊び回る子供が、果ては野良猫のらねこまでが。

 あかねぞらに映しだされた、大きな黒い人影ひとかげを見上げていた。


 かれらの視線を追い、おれも現れた人影ひとかげの姿を凝視ぎょうしする。



 その人影ひとかげかみは、禍々まがまがしさを帯びた汞色みずがねいろ金色こんじきで。


          その両眼は、血にせられたようなあけの色。


 漆黒しっこくはだは、太陽のいかりにれた罰当ばちあたりなカラスより、なお黒く。


      墨染すみぞめの狩衣かりぎぬは、かれが高貴な階級に連なる者と告げていた。


「黒主……!」


 その姿を見たおれは、思わず名を口にする。


 しゅ泉国神祇官じんぎかん、黒主。

 10年前に瑞原みずはらの里をおそった、不倶戴天ふぐたいてん仇敵きゅうてき

 そして――……。


 おれにくしみを視線にめると、黒主の映像をにらみつけた。

 しかし黒主はまるで気づく様子もなく、意気揚々いきようようと演説を始める。


「諸君! ボクはうそつきを憎ム!」


 開口一番、黒主が述べる。

 不快な抑揚よくようかなでる声が、続けて上空から街中に降りそそぐ。


「あらゆるウソつきどもを死刑しけいにしたイ、そう切に願ッていル!」


 黒衣の神官の演説が始まり、それまでにぎやかだった大通りが、しんと静まった。


「ウソが発覚した者! 他人をだました者! 偽善ぎぜんを唱えし者!」


 人も空も、草木も鳥も、みなが黒主の弁を前に静まりかえる。


「流言! 虚報きょほう! でまかせ! イカサマ!」


 いつもは寒風ふきすさぶ空も、風を止めていた。

 この胡乱うろんな弁士は本体ではなく、ただの立体映像にすぎないのに。


詐欺師さぎし! ホラき! 二枚舌!」


 不気味なほどの大衆の傾聴けいちょう

 まるで映像を見た者が瞬間的しゅんかんてきに洗脳されたかのような、注目ぶりだった。


「国民が日々疑い、疲れつかれ辟易へきえきする、無数の欺瞞ぎまん! ボクはこれがキライなンダ!」


 黒主が任とする神祇官じんぎかんとは、文字通り神の祭祀さいしつかさどる官職。

 同時にまやかし・のろいにもける。

 ならばヤツは映像という幻術げんじゅつに、洗脳という幻術げんじゅつも重ねたのだろうか。


「だかラ、かつて極東のこの地にあった旧国家の、まいとならぬよう!」


 まぼろしの映像と分かっているのに、万人ばんにんが見入る。ってしまう。

 そんな麻薬まやくめいたなぞ魅力みりょくが、この不快な演説からはただよっていた。


「かつテ、この地で虚業きょぎょうおぼれ現実にほろびた国家と、同じあやまちをおかさぬよう!」


 そこまで言うと黒主は地上を見回し、晴れやかな笑顔えがおで宣言する。


「ボクら畿内きない朱泉国しゅぜんこくは『百人一咒ひゃくにんいっしゅ』の力で、嘘つきの居ない理想郷を創り出ス!」


 いかにもおのれいことを成すのだと、そう言わんばかりに。

 あたかもおのれ民衆みんしゅうの望みをかなえる聖人だと、信じるように。


「さあ、正直なあかき泉のたみたちヨ! 世界に散らばる100の呪歌リートを見つけ出し、すべてを集め『百人一咒ひゃくにんいっしゅ』を完成させよウ! そうすれば理想の世界が誕生すル!」


 黒の魔人まじんはそう高らかに呼びかけると、盛り上げるように一人で拍手喝采はくしゅかっさいした。


 ――――応える拍手はくしゅは、無かった。

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