【1-04】薬師の少女にユズを食わせろ

だれだ?」


 おれくと、女の姿を確認かくにんする。

 相手はまだ子供っぽさの残る体格と容貌ようぼうをした、長耳の先がとがった少女だった。

 彼女かのじょの細く長い耳を見て、おれは不快さで眉根まゆねを寄せる。


(ベクター……)


 10年前に瑞原みずはらの里をおそった長耳の兵士たち。

 『ベクター』と呼ばれるヤツらと、同じ耳をしている。


(ずいぶんと若いな。おれより年下か?)


 細身で色白。夜を映すギヤマン細工みたいな、ヘーゼルゴールドの色をしたひとみ

 春めいた菜の花マハのような金髪きんぱつと、むらさきリラの髪飾かみかざり。

 金色のかみを引き立たせるような、黒色をしたケープ。

 彼女かのじょの容姿だけを見ると、そとくにからやってきた渡来人とらいじんむすめのように思える。


(何者だ?)


 おれが仮面の下でおれ当惑とうわくしていると、少女が不機嫌ふきげんそうに続けた。


たおれてる人をらないでよ、早く手当しないといけないでしょ?」


 おれは少女の耳を一瞥いちべつする。

 細く長く、先のとがった耳。10年前を思い出す、イヤな耳。

 その特徴とくちょうのある耳を見た瞬間しゅんかん、思わず皮肉が口をいてしまう。


「医者か? 詐欺師さぎし相手におやさしいな。最近の医者は悪党を助けるのが仕事か?」


 ところが娘も気丈きじょうなことに、すぐさま皮肉で応戦してきた。


「薬師よ! だったら道化師どうけしは、人を笑わせず苦しめるのが仕事だと言うの?」


 少女が一歩も引かずに言い返してきたので、おれは仮面の下で軽く舌打ちする。


(どうやら可憐かれんな見かけによらず、なかなか気が強いようだ)


 おれは鼻白んだが、確かに少女の言い分も道理ではあった。

 それにおれとしては、この場を無難にけられれば、それで良い。

 少女が介抱かいほうし、男が素直すなお治療ちりょうを受けるなら、それでも構わなかった、が――。


 だが――おれは少女の耳を、もう一度見る。

 細く長く、先のとがった耳。里をおそった兵隊どもと同じ、あのまわしい耳。

 ヤツらと同じ耳をした少女に従う気になれず、おれは意固地になって言い返してしまう。


「ほう、薬師さまと。しかしケガ人を任せるのに、自称じしょう薬師の子供ではなあ……」

「ぐっ……私は子供じゃない! これでも18さいだし宮廷きゅうてい薬師するほど頭いいし!」

「へえ、いかにも子供のウソっぽいな。ヨシヨシ頭いいね、薬師先生だね~?」

「ばっ、バカにするなあ!」


 見かけは年下だし、この少女の幼稚な対応を見るに、そう頭が良いとも思えない。

 それに男の仲間という線もある。これはホンモノかどうかためした方が良さそうだ。


「本当に薬師と言うなら、薬草学の知識があるだろ。この実の名を言ってみろ」


 そう言って、おれは自分の砂時計のわきに置いていた、黄色の果実を見せつけた。

 きょをつかれた少女は一瞬いっしゅんおどろいた顔をしたが、すぐ真剣しんけんな表情にえると。


「ユズの実ね。効能は免疫力めんえきりょくの向上、血流の改善、消化の促進そくしんなど。風邪かぜやむくみの症状しょうじょうに効くし、免疫力めんえきりょくも高まる。それにユズ風呂ぶろはだの健康に、香りはストレス緩和かんわが期待できる。古来より食材としては皮の砂糖さとうけ、調味料、ジャム、ジュース、カステラなどに使われてきた。ミカンの仲間で、この近くにも産地があるね」


 ペラペラペラペラペラ。

 たずねたのは名前だけなのに、効能やら用途ようと、さらに産地の情報まで答えやがった。

 こいつ何者だ。本当に子供先生なのか。

 たじろいだおれ戸惑とまどっていると、少女はほこったように――


「なぁに道化師どうけしさん? この程度は知識のうちにも入らないけど?」


 ふふん、と鼻で笑いやがった。


 くっ、ムカつく。

 どうやら薬師なのは確からしいが、このまま引き下がれるか。

 こうなったら道化師どうけしらしく、口車で一矢いっしむくいてやる。

 この手の机上きじょうの知識自慢じまんには、実践じっせん奇襲きしゅうに持っていくのが一番だ。


「ほ、ほほう……なかなか知識があるな。だが残念なことに、その知識は間違まちがいだ」

「……え?」


 おれが言い返すと、薬師の少女がまゆをひそめた。

 だが自信がゆらいだ様子はなく「コイツ何いってるの?」という、当惑とうわくの顔だ。


(ふん――その自信、今からへし折ってやるぞ)


「残念ながら、ユズが食材に適するというのは昔のデマだ。果実には毒があり、ヒトが食べるとアレルギーを引き起こす。症状しょうじょう、じんましん、めまいなど。いけませんなあ、薬師先生ともあろうお方が、市井しせいのデマを信じられては」


 ペラペラペラペラペラ。

 もちろん、ユズに毒があるというのはおれの出任せ。

 実際にはデマをいているのはおれの方だが、よどみなくすずしい顔して述べ立てる。


 おれの反論を聞いて、少女が言い返した。


「は? そんなの聞いたことないし」

「いや、ユズの実は食べられないぞ? ちゃんと勉強しましょうね、子ども先生?」

「バカにしないでよ! ユズは食べられるわよ! ちゃんと調べたもん!」


(――かった)


 その「ユズの実は食べられる」という言葉を、待っていたんだ。

 おれはニヤリと笑うと、手にした果実をポーンと少女にわたす。

 少女が反射的に受け取ったところで、おれはニヤニヤと笑いながら言った。


「じゃあ、実際に食べてみろよ。毒は無いと自信を持って言うなら、食べられるだろ?」

「は……?」

「ほら。周りの連中が証人だ。ケガ人を早く助けたいなら、早く食べろよ」

「えっ……えっ、ええっ?」


 わたされたユズを両手にかかえ、今度は薬師の少女が当惑とうわくする。

 もう野次馬やじうまの金銭争奪戦そうだつせんは終わっていて、残った連中がおれたちの争いを見守っていた。


「ミカンの仲間だし、食べられるハズだろ? それともまさか――今のはウソか?」

「そ、そんなことはない、けど……だって、このまま食べるのは、ちょっと」


 少女が、おれとユズの実を交互こうごに見比べる。

 その困惑こんわくした顔を見て、おれは内心でせせら笑った。


(うんうん、言いたいことは分かるぞー)


 ユズの実は食材として使われるが、それは甘く加工した場合の話。

 ユズは確かにミカンの仲間だが、ミカンとちがって生食には向いていない。


 っぱいのだ。「柚酸ユズ」と書かれることもあるほどに。

 とりわけおれが持つ品種は、酸味がきわめつけに強く、食べられたものではない。

 というより、ぶっちゃけ子供の舌では無理ゲ。


 もちろんおれは、そのことを承知している。

 承知の上で、食材としての話題を、果実の生食の話題にすりえた。

 そのすりえに少女は気づかず、つい往来で「食べられる」と主張したわけだ。


「お前が食べておれ間違まちがいを証明しないと、このケガ人はわたせないなー。自称じしょう薬師なだけのお子様にわたしたら、コイツが気の毒だもんなー。ほらほら、本当に早く手当したいなら、さっさと食べな?」


 こちらのあおり口調で作戦に気づいたのだろう、少女がくやしそうな顔をかべた。

 とは言え今さら気付いても手遅ておくれ。出した言葉はめられない。

 自縄自縛じじょうじばくとは、このことだろう。


「こっ、この……くぅ、分かったわよ!」

「皮も食べられると言ってたよな、もちろん皮ごといけるよな?」

「いけるわよ!!!!」


 ヤケになったのか覚悟かくごしたのか、なんと皮まで食べてくれるらしい。

 ちなみに皮は、これまた非常にっぱい。


「ミカンみたいなもんだし、ささ、一気にガブッとどうぞ」

「うう……何でこんなことに……覚えてなさい……」


 少女は涙目なみだめになりながら、手にしたユズをながめていたが、意を決して――。


 ガブッ。


 勢いよく、実の半分ほどに食いついた。

 少女の顔が、みるみるうちに苦渋くじゅうゆがむ。


「~~~~~~~~っっっっ!!!!」

「おお、なかなか豪快ごうかいなかぶり付き。毒が無いならいちゃダメだぞ~?」


 少女は目をつぶりボロボロなみだを流し、懸命けんめいすまいと努力している。

 なかなかに感動モノだ。ぜひ課題を達成してほしいぞ。


(うむ。この感動にめんじて、今のうちに立ち去ろう)


 少女がユズをむまで待っていたら、いつになるか分からない。

 それに相手が目をつぶっている今なら、気づかれずに立ち去れそうだ。


(アーテイ氏、行くぞ)


 かたに乗っかる言霊ことだまにささやきかけ、五目並べの露店ろてんはなれる。

 長耳の少女をユズでからかったことで、少しだけ昔の鬱憤うっぷんも晴れた。

 後は今回の依頼主いらいぬしに結果を報告し、終わったら宿にもどるだけだ――。

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