【1-03】流血と決着と少女

「ぎっ……ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 およそ露店ろてんの場にふさわしくない、男のおそろしい絶叫ぜっきょうひびわたった。


 一瞬いっしゅん、何が起きたのか分からず、野次馬やじうまたちもこおりつく。

 男は流血した右眼みぎめを手でさえ、激痛に顔をゆがめ、けものじみた声でわめき散らした。


「てめえ、てめえ、てめえ! ふざけんな、ふざけんなバカやろおおおおおおお!」


 朱色しゅいろに染まった白の碁石ごいしが、男のからこぼれ落ちる。

 理不尽りふじん攻撃こうげきに対する本能的ないかりが、男の精神を沸騰ふっとうさせていた。理性をすべてかなぐり捨て、男がおれつかみかかる。対局中の碁盤ごばんが、その拍子ひょうしたおれた。


(――――勝った)


 おれ素早すばやく身をかわすと、男を逆にさえつけた。予想外の奇襲きしゅうなら反応できないが、み済みの反撃はんげきならば、み済みの対応で問題なく対応できる。


 おれは男のうでめると、仮面の下から冷淡れいたんに告げた。


「『対局者は、碁盤ごばん碁石ごいしそして対戦相手に対して、直接間接を問わず、五目並べルールに関連しない行為こういを禁じる』――お前が出したルールに、お前が違反いはんしている。反則負けだ」

「なっ……何が反則だっ! そっちが先におれつぶしたのが、反則だろうがァッ!」

「『交代で碁盤ごばん上の目に、一つずつ自分の持ち石を置いていく』……お前が石を置いたから、次はおれの手番だった。事前に取り決めたルールでは、碁石ごいし盤上ばんじょうの『』の指定は無い。ばんの上に身を乗り出したお前の目に置こうと、ルール上の問題は無い」

「そんな、そんな理屈りくつがあるかァッ……!」


 地面にほおを張り付かせたまま、男がさけぶ。

 しかしおれが完全にさえんだので、どう暴れようとせない。

 そうなると、後ろにひかえた男の仲間の出番だが……。


「この野郎やろう、よくも!」


 そちらもみ済みなので、おれの対応は早かった。

 おれの背後からおそいかかろうとした相手が、不意に何かに足を取られて転ぶ。


 ――いや、正確には『すべって転んだ』。


 おれさえつけた男の頭を地面にたたきつけると起き上がり、今度はおそってきたサクラのうでを全力でみつけた。このヒョロい小男は、手に刃物はものにぎっていたからだ。


「ぎゃっ!」


 手からはなれた刃物はものうばい、逆にその手のこうに、くぎを打つようにす。

 文字通り地面に釘付くぎづけにされた小男が、ひかれたネズミのような悲鳴を挙げた。


 仲間を処理し、再び大男の動きをふうじにもどる。

 と言っても先の一撃いちげきで気絶したのか、もう男は暴れる気配がなかった。

 その様子を確認かくにんしたおれが立ち上がると、アーテイ氏が拍手はくしゅする。


「おみごと~でも何でサクラの男、いきなり転んだの?」

「これを事前に後ろへいた。暴徒制圧用に開発されたという、旧文明の遺物さ」


 答えながら、こしのベルトに巻いていた透明とうめいつつを外して見せる。

 大きめのつつに入った、粘性ねんせいのある液体を見て、アーテイ氏が首をかしげた。


「なんなのコレ」

おれも原理はよく知らんが、地面が滑るすべるようになる」

「へ~便利」


 おれは男にわたした銀貨ぶくろを取り返すと、さらに男の有り金が入った財布さいふうばう。

 それから大声で、男に負けた周りの連中に呼びかけた。


「おい。負けたヤツは勝手に負け分を持っていけ。おれの取り分からはらうし後の心配もいらない」


 言いながら、男が持っていた財布さいふの中身を路上にばらく。

 辺りの野次馬やじうまと子供たちが歓声かんせいをあげ、わっと一斉いっせいに群がった。


「アンタのおかげだ!」「うおお、すげえ!」「カネだあああ!」


 ――が、喜び方があまりに異常すぎた。

 口ではカネをうばかえしたおれめたり感謝の言葉を並べているが、かれらの目は強欲ごうよくにギラついていた。おかげで、どんな言葉ことばも空々しく聞こえてしまう。こんな白々しい称賛しょうさんで自尊心を満たせるのは、おだてれば木にだって登るブタ野郎やろうくらいだ。


(コイツら負け分のカネどころか、うばえるだけうばってげるだろうな)


 被害者ひがいしゃだった連中が一瞬いっしゅんでハイエナに変わるのをながめ、おれはため息をついた。


(まったく。「善悪とは神の両手にすぎない」、とは良く言ったものだ)


 見ると、カネのうばいまで始めている。こんな連中を、わざわざリスクをおかしてまで助けたと思うと、逆に気分が暗くなりそうだ。


 とはいえ、せっかく混乱を作り出したのだ。すなら今だ。

最後におれは男の反応を確かめようと、その動かない身体を足で蹴飛けとばしてみた。

よし、動かない――と確認かくにんした、そのときだ。


「ちょっと、ケガ人に何するの!」


 決して、周囲のさわぎに対してではない。明らかにおれに向けて、若い女の声がした。

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