第37話
多額の負債があっても、果乃と添い遂げる覚悟があるのか。
その質問は、肯定するのが正解だとは限らない。
大事なことは、そこでどういうアプローチをするべきか。
――俺は今、試されている。
「答えを急かしているのが、見え見えですよ。その質問に意図があるとすれば、借金というワードを聞いて動揺するかどうか見極めたかった……というのが自然ですね」
敢えて強気に出てみる。
この男の反応を観察すべきだ。
「なるほど、それが君の答えでいいのかい?」
覚悟のない者を炙りだしたい?
そうできたとして、次にどうする?
目的がわからない以上、俺は一歩引いてみる。
「いいえ。鼻から期待なんてしていないんでしょう? 負債だなんて話、大抵の子供はビビりますよ」
「そうかな?」
「はい。その部分を承知できるかどうかは問題じゃない。ここで俺が覚悟を示したとしても、貴方は俺を認めていない」
話を急ぎ過ぎているのだ。
俺に興味を持っていたら本題から話さないだろう。
覚悟の有無だって関係ない筈なのだ。
少しばかり手の内を探るように生意気な言い方をすると、良い反応が返ってきた。
「妄想だな。しかし大した推測だとは言っておこう」
一瞬、表情に険しさが見え隠れした。
……一段階、警戒を強められてしまったかな。
「大抵の場合、大人の言うことは信じやすいのかもしれませんけど、俺には通用しないことを示したまでです」
「はっきりとしないな。借金よりも愛を優先するとでも言いたいのかい?」
「結局俺の考えは同じですよ。これは覚悟の問題じゃない。だから、回答しないことが俺の回答です」
未来のことに正解があるとして、だ。
果たしてその通りに上手くいくのか。
予期せぬ他の問題があるかもしれない。
それは問うだけ、無駄な質問だと思った。
俺の回答が面白かったのか、敦さんは俺の前で初めてわかりやすく表情を作る。
愉快そうな顔で笑うが、目までは笑っていない。
しかし、不快に思っている様子でもない。
「ははっ、君は大物だな。そこは親の借金を子供に押し付けるのか? とか啖呵を切るところだろう」
「通用すると思っていませんよ、それに……貴方が感情的になると果乃が怯える可能性があった」
「……ふむ」
隣の果乃を見ると、安堵の表情。
不思議と俺に勇気をくれる。
視線を果乃の父親へと戻すと、少し困った顔を隠そうともしなくなった。
「なるほど、君は予想以上に賢いようだ。それで、何故そう思ったのかな?」
「別れさせる事を強要するようなやり方は、少なくとも娘に対する感情ではない。それなら、貴方なりの理屈があったと考えるのが妥当でしょうね。貴方には、別に目的がある」
果乃が余裕を無くすほどの事情だ。
娘の彼氏を認めないだけなんて陳腐なわけあるか。
――でも、だからこそわかる。
俺を追い出す事が、この男に必要条件ならば……。
果乃が偽の彼氏を作る理由を考えれば……。
「果乃のお見合い相手でも、用意していたのでは?」
「流石だな……愉快になってきた。その通りだよ」
さっきまで愉快ではなかったとも聞き取れる。
本性を隠さなくなってきた。
だが、次の言葉に俺は驚愕する。
「相手は君達と同じクラスだから知っているだろう? 船越くん。私も写真見てパッとしないと思ったけど、親同士で仲が良くてね」
――船越くんって誰だ?
クラスメイトだと……?
ダメだ。
確かに船越という名前に憶えはある。
なのに、本当に顔を思い出せない。
俺を引っかけたいだけの出鱈目とは考えにくい。
だとすれば、カーストの層で考えて3軍の生徒で間違いない。
梶田の一件で、2軍以上の男子生徒は一通り目を通し直したからな
――いや、マジでふざけるなよ。
俺が名前を思い出せない奴だぞ?
クラスの隅でじっとしているような陰キャだろう。
どうしてそんな朴念仁に果乃を渡さなければいけないのか理解できない。
そんなラブコメ……俺は許せない。
冴えない男子に、突然美少女の婚約者が出来ました〜なんて展開は現実にないのだ。
大体、そんな奴に果乃が惚れる訳ないだろうが。
「俺は――人は、見た目が結構大事だと思ってます。例えば、今日貴方がシワシワのシャツを着ていたら俺は最初の質問で躓いていたかもしれない」
「……確かに、一理あるね」
「果乃が学校で人気なのもお洒落をしているからです。あなたは、パッとしない船越くんに、自分の娘が釣り合っていると思うんだですか?」
ついぞ本音が出てしまった。
相手が打ち明けたことで、俺の気も緩んだのか。
しかし、果乃の父親は寧ろ愉快そうにしている。
「言うじゃないか。自分は船越くんと違うと?」
「違うから、言えるんですよ。好きな子がその辺の奴と恋をするなんて許せない」
感情論に聞こえるだろうか。
だが、この男が認めないというのも今のところ感情論にしか思えなかった。
なのであれば、この訴えは伝わるはずだ。
「知っていますか? 果乃に対して結構情熱的にラブレターを送り続ける輩もいるんですよ。果乃は、選べる立場にいる子だ。決して選ばれてはいけない。そんな事、学年男子全員が納得しない」
普通の学校ならわからないが、それでいきなり底辺が下剋上なんてあり得ない。
大体、本当にコミュニケーション能力があったら底辺やってないんだよ。
「君は差別的だな。あの学校は、娘に合っていないと感じさせる」
すると言い返しにくいことを言い出した。
言い過ぎたかもしれない。
墓穴を掘ったか。
とはいえ、俺は自分を貫いて見せる。
「恋のライバルになりそうなら蹴落とすのは、恋愛において基本でしょう。曖昧な言葉で誤魔化さないでいただきたい。そして、俺は選ばれた」
挑発するように言い切る。
そうだ、自信を持て……俺は選ばれたのだから。
果乃に懸想する有象無象の中で頂点に立っている。
「いや、まったくその通りだ。経営者にとっても、競争とは足の引っ張り合いでね」
経営者だったのか。
次第に、彼がネクタイを緩めていることに気付いた。
「中々上手くいかない……非情なやり方でもしなければ、ね。社内外問わず、競争はあるから大変さ」
借金を負うって本当だとしても、経営破綻とかその辺りだろう。
そうじゃなかったら不正を疑う話だ。
まあ、そんな事はどうでもいいのだ。
俺の意見を肯定してくれるのなら、本筋の誤りを突き付けよう。
「あなたの望むような展開は、フィクションの中だけで勝手に盛り上がっていればいい」
「かもしれないね。君の推測は概ね当たっている」
そう言うと彼は水を一杯口に含ませ、飲み込んだ。
「――気に入った。話に夢中になってしまったけれど、食事を始めようか」
「本当に、空腹になってしまいそうでした」
果乃が横で安堵の息を吐きながら悠長なことを言い出す。
そういえば、果乃が話さなかった事情ってお見合いを止めることだったのかな。
――するとなんだ?
食事を許可された時点でクリアってことなのだろうか。
まあいい。気付いたら解決していたなんて味気ないかもしれないけど。
一先ず、認められたらしいのだから。
「いただきます」
俺はお重の蓋を取り、鮮やかな食を楽しんだ。
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