第31話
梶田とコンタクトを取った翌日の朝、俺は丹羽さんを連れて図書室へと向かった。
約束していたからな。
「おはよう、辻本。約束通り連れてきたぞ」
「っ!? うえっ……ほ、ほほほ、本当にですか!?」
素っ頓狂な声を出す辻本。
さては、本当は俺を信用していなかったんだな……。
因みに束音も誘ったのだが、断られてしまった。
「初めまして……二年の丹羽です」
「あわわ、初めまして、丹羽先輩! もちろん先輩のことは知っています!」
辻本が図書委員の担当を毎朝していなかったら、どうしようかと思った。
それが確認できただけでも十分な収穫だ。
丹羽さんのことは後で好きにさせてあげよう。
「あ、あの……朋瀬くん!?」
「ん、なんだ?」
「私、詳しいこと何も聞いていないんですけど、この子は?」
ざっくり後輩が会いたがっていると伝えたはずなのだが、何故か丹羽さんから警戒の眼差しを向けられた。
俺と辻本を交互に見る丹波さん。挙動不審だ。
「こいつは後回しでいい。先に今日のこと話そうか」
「むむむっ、神田先輩!?」
「辻本、後で果乃を貸すからちょっと待っていてくれ」
辻本との約束は守った。
こちらは呑気に与太話をしている訳にはいかない。
梶田と折り合いを付けるためにも、話し合わなければ。
早速、俺達は一番遠くの席へと移動しようとしたのだが――。
「あれ、何で神田先輩と丹羽先輩はお互いに下の名前で読んでいるんですか?」
「……気のせいだろ」
「確かグループ同士が仲悪いって……」
「あ、あー。まあ、気にするな」
つい癖で……呼んでしまった。
「もしかして……」
「辻本!」
「ひゃ、ひゃい……ご、ご乱心ですか?」
辻本の肩に手を乗せるや否や、妙な勘違いをされてしまう。
言葉よりも先に手が出てしまったようだ。
「すぅーはぁー……落ち着こう!」
「お、落ち着いていないのは神田先輩ですよ!?」
目の前で深呼吸し始めたら、そらそう言われるか。
「流石に気付きますって……お二人は付き合っているんですよね!」
困ったら適当に誤魔化せば済むと思っていたが、存外バレるのが早かった。
辻本相手なら……と気が緩んでいたのかもしれない。
いや、辻本のことあまり知らないけど……取り敢えずチョロそうじゃん?
「いや、ぶっちゃけるとそうなんだけど……忘れてくれない? 秘密なんだ」
「ふぅん……? それはいい事を知ってしまいましたねー」
悪い笑顔を浮かべる辻本。
参ったな……墓穴を掘ってしまったか。
ぶっちゃけ俺は辻本が一年生の間でどれだけ影響力があるのかしらない。
彼女も男子に人気出そうな顔立ちをしているので、決して侮れないところがある。
このように弱みを見せてしまうのは不味い。
「何が目的だ……?」
「と、朋瀬くん……」
心配そうな顔をこちらに向けてくる丹羽さん。
俺だけの秘密じゃない以上、彼女を不安にさせることになる。
「ふふん~、そうですねぇ。秘密にする代わりに、丹羽先輩が何でも言うこと訊いてくれるなら良いですよ?」
「却下だ。いいか? 真面目に訊いてくれ。果乃は今ストーカーに追われているんだ」
やはり丹羽さん目当てだったか。
ある程度は彼女も聞いてくれるだろうけど、「何でも」は欲張り過ぎだ。
「適当言って誤魔化さないでくださぃ~」
「誤魔化してないんだが……」
本当に嘘は吐いていない。
ストーカーとは言わずもがな梶田の事だ。
細かい事は無視して、今重要なのは辻本を説得すること。
丹羽さんは彼女の憧れの先輩みたいだし、どうにか話を煙に巻きたい。
「一応、ストーカーではないと思いますけど……」
「わかりやすい名称が思いつかないからストーカーでいいだろ。そういう訳で、俺達の関係は本当に漏れたら困るんだ」
「むむ、小狡いですね。私の良心を試そうとしているんですか?」
物分かりが良い後輩……もぅ一押しあればいけるかな。
「そういう事だ。後で果乃を貸すから今は大人しくしていてくれ」
「はぁ……かしこまりです。本当に後で貸してくださいよ?」
「約束しよう」
結果、辻本を納得させる事ができた。
後で、丹羽さんに何をやらせようとしているのかは知らないが、大丈夫だろう。
今の話を静観している丹羽さんも了承したと考えたから、後々文句を言われても俺は知らない。
早速、窓近くの席に座った俺達は話し合うことにする。
「今日のいつ頃になるかわからないけど、再び梶田がやってくるかもしれない」
「覚悟はできてます。私がした方がいいことありますか?」
丹羽さんはやる気満々みたいだ。
まあ梶田さえ遠ざけられれば、当分の問題は無くなるからな。
「した方がいいというか……気を付けておいてほしいことはあるかな」
「何かあった時用に合図を決めておくとかも、必要だと思います」
「じゃあ危険だと思ったら、髪を弄ってくれれば何とかする」
「わかりました」
何とかする、なんて出来るかもわからない。
けど、丹羽さんの提案から察するに彼女も多少不安を抱えているようだ。
目に見えないからって、全部彼女に任せっきりにするのはダメだろ。
少なくとも、今は俺が丹羽さんの彼氏なんだから。
「それで、気を付けておくべきこととは?」
「今まで告白された相手の中に彼氏はいるか訊かれると思うから、否定してくれ」
「いいんですか? 余計、候補を絞られてしまいますよ」
疑問は尤もだ。
だが、そこが計画の要になる。
「それはいいんだ。因みに、今まで何人くらいから告白された?」
「……22人です。女子は含めていません」
断言するという事は、今までの数を覚えていたということか。
それでも両手の指の数を超えているのは……流石人気があるようだ。
結構、暗い噂もあったはずなのにな。
けど、納得はできる。
丹羽さんは見ているだけで不思議と安らぐ顔立ちをしているし、気付けば惚れる男子も多そうだ。
逆説的にわからないことがあるとすれば――。
「女子もいたのか……」
男子人気の高い丹羽さんのことだから、グループ外の女子には嫌われていると思っていた。
実際に訊いた話ではないが、好きな男子を振ったことを目の敵に思う女子も少なくないと言う。
そういったいざこざが無いのは、まあ悪い事じゃないけども。
「同性の恋愛に興味があったりするんですか?」
「ない。たださ、それって付き合い悪くなったりしないのか?」
女子同士の恋愛は、元々仲の良い関係だった可能性が高い。
当然、今まで付き合った人がいないのなら断っているだろう。
断ったという事は仲の拗れるような事例があってもおかしくない。
「しないですよ。今も同じグループに一人いますし」
「……マジか。それは驚いた」
あのギャルの中に、今もいるのか……。
あのグループって丹羽さん以外は彼氏持ちだった筈だが、どっちも良いという事か。
誰だろう……流石ギャルというべきなのか、ちょっと興味が湧いた。
「むっ」
「どうした、俺の顔に何か付いてるか?」
急に丹羽さんが俺の顔をまじまじと見てきて、照れそうになる。
「他の女を考えている男子って、わかりやすいですよね」
「そ、そうなのか……」
勘が鋭い。
好奇心で探ろうとするのはやめた方が良さそうだ。
結局のところ、丹羽さんが同性目線からでも魅力あるということだろう。
「話を戻しますけど、告白してきた人の数がどうしたんですか?」
「や、利用しようか迷ったけど、やめた」
あまり本腰を入れすぎても良くないだろう。
「では、計画の全体を教えてくれますか? 流石に何もわからないままだと――」
「わかってる。アドリブでミスが怖いからな」
――早速、俺の案の全貌を聞いてもらう。
大筋は束音が考えた内容。だが、俺の加えた部分もある。
殆どは丹羽さん任せになってしまうが、予め方針は定めておきたい。
「――どうだ?」
「文句無しです。後は、私に任せてください」
「頼りにしているよ」
快く返事をしてくれた丹羽さんに、本心から期待する。
このままでいい。何も問題ない。
相手は短気な性格だし、怖がる事なんて微塵も存在しない。
「ふふっ、なんだか恋人というより相棒って感じがしますね」
「実際は恋人じゃないし、本当の関係はそんな感じじゃないか? 束音も含めてな」
丹羽さんは束音と大きく違う。
でも、近くにいて接しやすい子だと思った。
よく顔を見れば、安心するし、もの柔らかな表情は、とても心を落ち着かせる。
朝の日差しが薄く入ってきて、暖かく包まれるようだ。
――そんな安寧の時間を解いたのは、予鈴のチャイム。
同時に、仏頂面の辻本がやってきた。
「せんぱ~い」
「あ」
「もしかして、約束を反故にされました?」
辻本の存在を完全に忘れていた。
そりゃ気持ちはわかるし、流石に申し訳ない。
……見るからに頬を膨らませておかんむりだ。
そんな時、丹羽さんが辻本の前に立ち、膝を曲げて彼女の背丈に合わせた。
「佳澄ちゃん、明日も来るからそこで言うこと訊くのでいいですか?」
「丹羽先輩がそういうなら……仕方ないですね。神田先輩は反省してくださいねー?」
「ごめんって」
丹羽さんが上手く納得させてくれて助かった。
でも、それは明日大丈夫なのだろうか。
俺の責任だし、心配だから明日も早起きして同行しよう。
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