第30話
入ってきた束音は制服から着替えており、少し着飾っている。
何用だろうか……俺は彼女が来てくれるだけで嬉しいけど。
「この前は、丹羽さんがいたから……久しぶりに二人きりになりたくて」
「そうか」
なんか、可愛い理由だった。
そんな理由で訪れて来てくれたことが内心凄く嬉しくて堪らなかった。
俺は……やっぱり束音のことが好きだ。
芽生えてから何年越しに気付いたのだろうか、やはり束音しか俺の心の穴を埋められない。
「ごめんね? 面倒臭いこと言って」
「いや、丁度人恋しかったところだよ」
二人きりにしては塩らしい態度。
俺はそっと彼女の背中を撫でた。
「何それ、あんたもそんなことあるんだ」
「どういう意味だよ。梶田のことは順調だ」
「そっちは心配してないよ。ただ、あんたの顔を見たくて……」
誘惑しているのかと勘違いしそうだ。
俺はもぅ何もかも投げ出したいくらいなのに……突いてこないでほしい。
このまま、束音を押し倒すことが出来たら――。
「俺も、束音の顔を見ることができてよかったよ」
「私さ、あんたのこと諦めていないから……でも、だからこそ訊きたくて……」
「それは、一体何だろうな」
束音の不安なら、すぐにでも払拭してやりたい。
緊張し過ぎて、手が震えてきたくらいだ。
しかし、次に問われたことは、今抱いている感情を更地にした。
「果乃ちゃんのこと、本気で好き?」
「…………」
ハッと煩悩が晴れたようだった。
このタイミングでそれを訊くのか。
いや、ずっと思っていたのだろうかな。
俺は、丹羽さんの事どう思っているのか……正直、あまり考えたことはない。
可愛い女子だとは思っているし、面白い部分もある。
でもやっぱり俺の中では、束音に敵う部分がまだ見つけられない。
一日二日で判った気になっている方がおかしいけれど、きっと変わらないと思っている。
「そんなに、好きじゃないかも」
「だよね。私は、朋瀬が果乃ちゃんの告白を受け入れたから、心まで移り変わったのかと思ったけど、そうじゃないんだよね。でも、彼氏なら好きになってあげなよ」
「は?」
――何だよ、それ。
俺はまだ、お前を諦めていないのに……。
恋情は数日程度で色褪せる感情じゃないだろ。
目を見開き驚くと、束音はすぐに言葉を続けた。
「勘違いしないで。誤解してほしくなかったから、私は諦めてないって予め言ったのに、そんな顔しないでくれない? ただ、私が果乃ちゃんの立場だったら、苦しいよ? 連絡、取ってないでしょ」
――違うんだって。
束音は俺と丹羽さんの本当の関係を知らないから。
ただ驚いたのは……俺が丹羽さんと積極的に連絡を取ろうとしなかったことに気が付かれていたこと。
無理に連絡を取ろうとしなくてもいい状況が、梶田の一件で都合よく連絡を取らない方が安全になったとはいえ、束音の察しが良すぎる気がする。
「どうして、俺が果乃と連絡取っていないことをお前が知っているんだよ」
「本人に教えてもらったからに決まっているじゃん。私と果乃ちゃんは恋のライバルだから仲良くしないと思っていたの?」
「え?」
いやいや、仲良くすること自体は疑ってない。
でも、相談内容がおかしいだろ……普通はそこまで教えないし、丹羽さんだって、別に俺の事は好いていない筈だ。
さらに言えば、連絡先を知ってから一週間が経っているとかならわかるけど、過敏だろ。
なら、どういうことだ? 丹羽さんの演技に、束音がすっかり騙されているだけ?
考えた末に、一つの仮説を考えてみる。
丹羽さんは、間違いなく俺が束音のことを好いているという事に気付いている。
なら、束音に本当の関係を気付いてもらえるようにしている?
ヒントを小刻みに出すことで、そうしようとしているのなら、辻褄が合う。
「いや、気にし過ぎたのかもしれない。忘れてくれ」
「へー、何か隠し事をされている気分」
鋭いな。いや、俺がわかりやすいのか。束音相手に気が緩んだか。
とはいえ、間違っていないから困りものだ。
もしかしたら俺は見抜かれてほしいのかな……?
自分の気持ちが纏まらなくて、答えられない。
「束音に隠し事をしても、多分見抜かれる」
「そうだよ。だから、あるなら白状したほうが後味悪くないよ」
「いや、だから隠し事はないよ」
「そう。とにかく、果乃ちゃんを気にかけてあげなよ」
「ああ」
渋々肯定してしまった。
束音は、嫌な顔一つしていないのだ。
もっと、悔しそうにしながら言ってほしい。
……俺は、お前のそんな優しさが大好きで、大嫌いだ。
そんな強い想いに胸を締め付けられる。
嫉妬するなら、ちゃんとしてくれないとこっちが不安になる。
――全部終わらせた後で絶対お前を幸せにするから、今を苦しめよ。
――満足しないでくれ。
――辛い未来を見据えろよ。
――過去を泣きじゃくって叫べよ。
こんな感情、本当に好きならしない。
でも、俺は狂おしいほどに好きなのだ。
……だから、その気持ちは形を成していないだけの本物であると信じている。
「束音は、俺が他の女子に構うのを嫌にならないのか?」
「嫉妬すると思った? すべての女の子がそういう感情を抱くわけじゃないよ。少なくとも、私は果乃ちゃんのことも好きだし」
「そうか……」
どうなんだろう。
あまり束音の言葉を信じられない。
友愛でそう言えるだけなのかもしれない。
けど、束音と丹羽さんは知りあって僅かしか時間が経っていないじゃないか。
いや、それを言ったら俺もだけどさ……そうじゃなくて、そう簡単に好きになるものかな。
……俺と丹羽さんの関係の方が他からすればよっぽど奇妙な筈だ。
「果乃ちゃんのことも、私と同等には扱ってあげないとダメだよ」
それは、厳しい頼みだな。
束音は、俺の中での自分の価値に気付いていない或いは過小評価している。
丹羽さんに興味はある……でも、積極的に知ろうとは思わない。
まして、お前と同等の扱いなんて無理に決まっているだろう。
……一緒にいた時間が段違いなのに。
「それだけ、だから」
俺が黙ると束音は帰ろうと準備を始めた。
手を伸ばそうとして、口を開こうとして、身体を動かそうとして、結局何もできなかった。
そのまま、束音は帰ってしまった。
心に秘めたどす黒い感情が、また俺を苦しめる。
辛い未来を恐れているのも、過去に泣きたくないから逃げているのも、俺の過ちなのに押し付けようとして、本当に――気持ち悪いことだ。
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