第29話
家へと帰った俺はコーヒー片手にパソコンを開き無視していたメッセージを確認する。
――ここからが正念場だ。
予想通り、梶田の文句が書かれていて安心する。
手紙を無視されると、手の施しようがなくなってしまうので第一段階はクリアだ。
最も効いたのは、ラブレターなんて時代錯誤だと書いた部分らしい。
何度も書いて丹羽さんに渡しているから、拘りがあると思っていたが、その予想は当たっていたらしい。
『学校が終わった後ですみません。僕は、梶田くんと同じく茅原さんに恨みを持つ者です』
『あ? 勘違いすんな。茅原に興味はない。ふざけた手紙寄越しやがって、何のつもりだよ』
『そうですね……勘違いでした』
返信はとても早かった。
言葉からピリピリしているのが伝わってくる。
不遜な態度が気に障るが、我慢だ。
梶田の気性が荒くなっているのは、余裕の無さだと受け取ろう。
ある程度の事情は、手紙にも書いておいた……冷静に対応すればいい。
『協力したいんです。話は大凡把握していますよ? 丹羽さんの彼氏を探したいんですよね?』
『だから、お前は何が望みなんだよ。ただで協力が求められるとは思ってない』
お、きちんと取引できる精神はあるらしい。
俺も最初から態度が悪かったが、協力してやろうっていうのに梶田は急ぎ過ぎだ。
確かに、ここで何も求めないのは不自然だが、こちらには真逆で余裕がある事を示しておいた方が良い。だから何も見返りは求めない。
『いえいえ、梶田くんに協力する事こそが茅原への意趣返しになります。強いて言うなら、このまま匿名で協力する事が条件です。理由はわかりますよね?』
『ちっ、ビビってんじゃねーよ』
『茅原は手ごわい相手なので、慎重に動かないといけないんですよ』
茅原を打倒したいというだけの目的を持つ俺の立場は、学年カーストへの叛逆者になってしまう。
ここで重要なのは、そして攻める姿勢。
兎に角信用させれば勝ちの簡単な勝負……決して詐欺ではない。
相手は沈みゆく船なのだから、最後に夢を見せてやろうじゃないか。
『信用したくねぇけど、今は余裕がない。良いぜ、手を貸せよ……何て呼べば良いんだよ、お前。アカウント名の乱数は呼びにくいぞ』
『そうですね。強いて言うならば、僕は――アンチと名乗っておきましょう』
特に、何か意味のある名前ではない。
適当といえども名前まで付けると、本格的にこの暗躍活動が楽しくなってきた。
ボロだけは出さないように気を付けよう。
『けっ、しけた名前だぜ。んで、肝心の丹羽さんの彼氏には目処が付いているのか?』
『いいえ。でも、そうではない人物は纏めておきました。それぞれの除外できる理由も書いてあります。誓って嘘はありませんよ』
俺は、予めまとめておいた資料のファイルを送る。
この中に、俺の名前も入っていない。
最早、自作自演し放題なのだが、少しでも疑われたくないので、ある程度の情報は真実に基づいている。
しかし俺の名前はまだ入れない。少しでも信用を上げてからではないといけないのと、まだ準備が整っていないのだ。
梶田は結果に執着しているから、前提を疑うことのないように慎重にことを進める。
結果を偽るのではなく、前提を偽ることで、信じやすい瞞着になる。
故に――信用勝負。
結局、俺を信じさえしてくれれば、推測すればするだけ帰納的に情報の信用性が高まる仕組みなのだから。
『ファイル確認した。確かによく纏まっている。お前、パソコン慣れているんだな』
『はい。まあ、僕のことはいいでしょう。それで、僕の協力を受けてくれますか?』
おっと……ボロではないが、俺の特技の一つを知られてしまったようだ。
しかし今の時代、高校生は当たり前にパソコン使える時代だろうし、俺と同等以上に使える奴など幾らでもいるだろう。
『お前は怪しいけど、役に立つのはわかった。誓いを信じて頼らせてもらう』
案外、折れるのが早かった。
茅原が梶田に言い過ぎだったことは確かなので、人間不信になりかけていても仕方ないとまで考えていたが、嬉しい誤算だ。
『俺は丹羽さんに告白したことのあるやつだと思っている。それを纏めてくれないか?』
そして、早速俺に協力を求めてきた。
最初の依頼は、ある意味では俺を試す事にもなる。
だから表向きでは従っておく……のではなく、更に良い案を提示する。
『わかりました。でも、纏めることはするとして、良い案が思いつきました』
『一応、訊いてやる』
『ありがとうございます。告白した人物の中にいるのかどうか、大勢の前で丹羽さんに訊いてみるのはどうでしょう? それだけで大分絞れますよ』
丹羽さんが答えてくれるかを言われてしまえば、俺も説得が大変だが、メリットの大きさも理解できるだろう。
デメリットは梶田が再び衆目に晒される事だが、あれだけの固い意志を持ち今も尚諦めていないのなら必ず乗ると踏んだのだが――。
『お前は、自分と同じ被害者を増やしたくないんじゃなかったのかよ。それは、また茅原に言い負かされろって言っているのか?』
おや、弱気な返答だ。
信用させるために梶田に都合の良い提案をしてみたが、返って疑われてしまったかな。
確かに、俺のことは自分を晒し上げたいだけの愉快犯に見えるかもしれない。
『いいえ。タイミングを揃えれば、そんな心配そもそもいらないでしょう? 茅原がトイレにでも行った時を見計らえばいいです』
『……そうか、疑って悪かったな。アンチの案に乗ろう。それが成功すれば、確かに大きい』
俺が冷静に返すと、今度こそ納得してくれた。
てか、お前謝ることなんてできたのか。
まあ学校で意固地になっていたのは観客がいたからだよな。
『タイミングは任せます。僕はゆっくりでもいいですよ』
『茅原がいなかったら明日にでも訊きにいくよ。アンチは来ないのか?』
どうやら、茅原を相当怖がっている様子……それもそうだよな。
『正体を探ろうとしているんですか? 困りますよー』
だから、少し冗談っぽく返してみる。
ある程度緩みある性格を率直に伝えた方が、友好的だろう。
『いいや、よく考えたらお前に興味はねーよ。顛末が気になるかと思っただけだ』
『はははっ。もしかしたら、クラスに紛れているかもしれませんね。まあ情報は耳に入るので心配しないでください』
タイミングが梶田に委ねられている以上、正体不明のアンチが他クラスなら変な動きをするはずだろう。
丹羽さんと同じクラスという線を疑っているように感じたので、はぐらかした。
メッセージのやり取りはそこで終わった。
同時に束音から電話がかかってくる。
あいつから電話なんて、珍しいこともあるもんだと、思ったが通話に出ると――。
『なんだよ』
『家、前いるから』
一人でパソコン打つだけで寂しく感じていた頃だ。
俺は何も訊かずに玄関を開けて招き入れる。
やっぱり人と話すのは対面の方がいいし、何より相手が束音なら断る理由は何もない。
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