第28話

 ――作戦を立てた翌朝。

 梶田の下駄箱に手紙を入れるために早く登校したのだが、この瞬間が最も寒気を感じた。

 誰にも見られていないとしても、怖気はあったのだ。


 その後は教室へ向かわずに図書室へ。

 中々来ない場所だが、こんな朝から図書委員は働いているらしい。


「おはようございます。朝、早いですね」


 とはいえ、そこにいた図書委員の数は一人。見かけない顔の女子だ。

 少なくとも容姿が悪くない……俺の学年ではないと思った。


 顔が良いだけで目立つし、大体の女子は俺も名前まで憶えている。

 なら、この子は先輩か後輩……三年は受験期に入るため委員会活動に参加できないので――。


「ああ、後輩か?」

「はい、私は一年生なので、先輩が上級生なら先輩です」


 図書室を見渡すと閑古鳥が鳴くようなガラガラ具合だったが、それでもサボらないのは偉いな。


「じゃあ先輩だな。なあ後輩、朝って誰も来ないの?」

「まったく来ませんよ。先輩が初めてだと思います」


 ここへは身を隠すために来たのだが、朝の図書室はとても有効的に使えそうだ。


 思わぬ収穫。

 他に人が来ないなら、多少声を出しても問題ないだろうしな。


「ありがとう。後輩、名前は?」

「辻本佳澄です。なんですか~もしかして、私の事気になってしまいました?」


 少し懐かしい気分になって、名前を訊いてしまった。

 俺には、小学生の頃に仲良くしていた一つ年下の後輩がいたのだがよく似ている。


 あの子は、中学校でも会うことがなかったが今は何をしているのだろう。

 とりあえず今は、俺も辻本も手持ち無沙汰に見えたため、お喋りでもしようか。


「朝から真面目に仕事している後輩には気になったよ。俺は神田朋瀬だ」

「神田先輩ですか。ふーん、神田先輩は褒め上手なんですね。あれ。神田先輩って、2年の神田先輩ですか?」


 一回の台詞で4回俺のこと読んだけど、そんなに言い心地が良かったのかな。

 確かに、俺は前の中間試験で学年1位も取ったし、知っている後輩もいるのかな。


 そんな思い上がりを心の中に閉じ込めて、何食わぬ顔で訊いてみる。


「ん? 2年だけど、どうしたんだ?」

「ああ、やっぱり2年の神田先輩ですか……って言っても、実は下の名前で思い出しました。後輩の中でも人気ありますよ、神田先輩。だから知っていました」


 まあ俺の名前特徴的だしな。

 思いだすならそっちからだよな……それにしても、辻本は独特のペースで話してくる。


「名前だけ知られているだけなら、多分人気じゃないと思うぞ」

「そんなことはありません。彼女がいない先輩だからこそですよ」


 人気があるのに彼女がいない先輩男子って、少し違和感あるよな。

 おかしくはないけど、わざわざ言葉に出すと妙に感じる。


 もしや、哀れな先輩として知られていたのかな。

 そうなら期待した分ショックだな。


「いや、なんか申し訳ないな」

「あれ、そこは怒ったりしないんですか?」

「怒らせたかったのかよ、性格悪いな。普通にショックは受けた」

「そうですか。ところで、反応から色々考えてみたんですけど、一つ訊いてもいいですか?」

「反省の色が感じられない……いいよ、匂わせたのは俺だし、大体察しがついている」

「彼女いないんですよね? 最近出来たり?」

「秘密な」


 俺を知っていて束音の事を訊いてこないのなら、学年の壁がある程度噂を遮断してくれていると考えていいか。

 なら態々嘘を吐く必要もないだろう。


「へー、中々やりますね。でも、隠れて作るなんてファンが知ったら怒られちゃいますよ」

「ファンとかいないだろ。適当言うな」


 俺のファンとか聞いたことない。

 いるとしても、照れくさいから名乗らないでほしい。


「いますって、話題に上がりますよ。そうだ! 話題に上がると言えば、最近だと丹羽先輩って知っています?」


 丹羽さんが人気あるのは知っていたけど、俺が同列に扱われるのはよくわからないな。

 とはいえ辻本の目は興味津々といように輝いている。

 素直に答えてやるか。


「同じクラスだよ」

「そうだったんですか。私、丹羽先輩に憧れていて……あの孤高とした感じ良くないですか?」

「孤高って、そんな感じするか?」


 丹羽さん……外見は良いしお洒落も上手いけど、性格悪い部分も――――いや、俺の前ではあまり見せていないか。

 むしろ、俺の勘違いで丹羽さんを勘違いしたことだってある。

 妙な感じがする。


「先輩だって孤高……じゃなくなったんですっけ? 独り身でカースト上位にいるのって孤高だと思います!」


 褒められているのだろうか……別に俺は一匹狼じゃないんだけどな。


 辻本はそのつもりで言っているようだが、独り身って性格に難ありとか思われるところだと思った。

 いや待てよ、俺が束音と付き合うのを確約できるのなら自虐ではない。


「そういうことか。でも、その丹羽先輩も最近は彼氏ができたという噂がある」

「え、そうなんですか?」

「ああ、知らなかったのか?」

「うわぁ、そこ指摘するのは良くないですよ。でも、丹羽先輩に彼氏できちゃったら困りますね」

「……困りはしないだろ」


 一応、その彼氏が俺なので、そういうことを言われると俺の方が困る。


「困りますよ。あんな清廉潔白なのに……その彼氏は誰なんですか?」

「不明。まあ、どっかのイケメンだろ。それにしても、清廉潔白って……俺の認識と随分違うんだな……後輩にはそう見せてるのか」

「判ってないですね~。あっ、そうだぁ! 今度ここに連れてきてくださいよぉ」

「いやなんで俺が丹羽さんと気軽に話せると思ったんだよ」

「先輩の認識と違うって、寧ろ丹羽先輩のことよく知っていないと言えないことじゃないですか~……意外と親し気だったり?」


 適当言ったにしては、悪くない提案かもしれない。

 元々、俺も朝の図書室は使いやすそうだと思っていたからな。


 辻本は丹羽さんの彼氏について訊くだろうけど、事前に伝えておけば対応できるだろう。


「一応言っておくが、俺のいるグループとその丹羽先輩がみるグループは仲が悪い」

「え、神田先輩って敵だったんですか?」


 敵ってなんだよ……憧れなのは判ったが、考えが極端すぎる。

 それは、憧れじゃなくて熱狂的な信仰だ。

 後輩なので、面倒にはならないだろうが……訂正しておくか。


「そう身構えるなよ。敵だったらわざわざ言わないだろ」

「むむむっ、確かにそうかもしれませんね」

「だから、万一連れてきたとしても秘密にしてくれないか?」

「秘密はお安い御用ですよ、神田先輩! 代わりにちゃんと約束守ってくださいね」


 よし、条件を付けることで場所を確保する事ができた。

 辻本は、まあ後輩だし話を聞かれなければ大丈夫だ。

 案外ちょろそうだし、万が一にも何とかなりそうだしな。


「さて、もうそろそろ予鈴の時刻だ。話に付き合ってくれてありがとうな、辻本」

「神田先輩……何しに来たんですか?」

「気分転換だよ。特に意味はなかった」

「変わっていますねー」


 俺は辻本を置いて教室へと向かう。

 梶田は他クラスなのでしっかり手紙を受け取ってくれてか確認できないが、すぐに反応はあった。

 用意したアカウントにメッセージが届いていたのだ。


 とはいえ俺は優等生なので、授業中は既読無視を貫いた。

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