第26話
「で、俺は丹羽さんとの連絡手段を獲得出来れば良いと思っていたんだが、何で家まで来たんだ?」
「直接顔を合わせて話しかっただけですよ? 好きな人相手なんですから、尚更です」
丹羽さんは自信満々にそう言うが、これは束音の前ではデレデレしている姿を見せようという魂胆なのか。
こうして束音に危機感を持たせるようなやり方は、束音と仲良くなりたいという意志に反していると思うのだが……どっちが本心なのだろう。
「顔が見たいなら、最悪ビデオ電話でいいだろ」
「うわぁ、最悪って酷くなーい?」
「それは、直接じゃないのでダメです」
直接でなければいけない理由なんてあるか?
今の時代、電子機器という文明の力は使ってこそだと思うが。
「言い方は悪かったかもしれないけど、これからも対面で会う訳にはいかないだろ」
「それもそうですね。そのために、目下の問題である梶田くんの暴走をどうにかしたいんです」
「は?」
梶田の暴走とは、昼間に彼が言っていた丹羽さんの彼氏を探すことだろう。
確かに放置していたら、いつか俺達の関係に勘付かれるかもしれない。
だから理屈はわかる……が、そもそも解決する事ではない。
――何故なら、見抜かれずに時が過ぎれば、丹羽さんの彼氏はいなくなるのだから。
丹羽さんとのお付き合いは1週間の契約。
その後は丹波さんと俺が距離を取るだけで済む問題なのだ。
なのにこうして話すと言うことは、俺に解決してほしいとでも、思っているのだろうか。
等と考えていると、束音が眉をひそめた。
「あんたさぁ、は? じゃないでしょ。果乃ちゃん困っているのに彼氏としてどうなのよ」
「いや、解決方法なんてあるのかなって……」
束音が丹羽さんの味方をするのが妙だ……これは明らかに庇っている。
二人とも、いつの間に仲が良くなったんだ?
どの道、リアルで話すのにも限界があるから連絡手段が必要だと思うが――。
「あんた、私と勝負したじゃないの。果乃ちゃんとの関係が判明したら、私に負けるんだよ!」
不機嫌な顔を隠さない束音が少し大きな声量で発する。
そこで気付いた。深い意味なんてない。
束音はただ丹羽さんを助けたいだけなのだろう。
彼女の純粋さは、自分の想いを守りながら正しさを貫こうとするものだ。
そりゃ怒って当然だな……惚れた男が困っている彼女を助けないなんて、見ていられない。
「いや、そうだな。まずは梶田をなんとかしよう」
万が一にも丹羽さんは偽の関係が真実になってしまうし、俺は優柔不断が判明してしまう。
それは防がないといけない。
当然のように束音も無関係ではないし、俺との関係を巡って一番被害が出てしまうのは彼女かもしれない。
つなり直接会いたかったのは俺にアイデアを仰ぎたかった訳だ。
俺は相談を蔑ろにすることはないが、そうでない奴が大勢いることも知っている。
というより、面と向かって話した方が、焦りが伝わるからかな?
実際、今の丹波さんの顔を見ずにこう決意はしなかったかもしれない。
「束音とも話しましたが、私は解決策を思いつきません。でも、朋瀬くんに近づく事にすら避けなければいけない状況は、嫌です」
「あっ、ああ」
相変わらず演技でも、度々好意を感じさせる彼女の演技に翻弄される。
嘘でも恋する乙女というのは、確かに可愛いらしい。
しかし、今は考えなければならない。
梶田という奴に見つからないようにする方法はあるかを。
彼の目線に立って考えてみれば、間違いなく学校の生徒を優先的に疑う。
加えて茅原と一緒に行動することが多い丹羽さんの行動範囲を洗って、同学年男子だろうと考える。
最後に丹羽さんに釣り合わない3軍以下の男子、及び彼女持ちの男子を除外するとして、梶田は自らが2軍というカースト層にいるため、同じ2軍以上であると考える筈だ。
梶田が本気であることは以前のことで判っている。
逆説的に、2軍以上には可能性があると考えなければそもそも梶田の思考が破綻することになる。
「そうだな。免罪符が欲しいところだ」
「免罪符? どういうこと?」
「この問題の解決って、梶田が俺を疑わないことにあるんだよ。あいつの意志は相当固そうだし、諦めさせるって方向は無理なんじゃないか?」
茅原の言動ははっきり言って普段よりも強かった。
仲のいい丹羽さんの危機と考えれば当然かもしれないが、言い過ぎだった。
それでも、立ち向かった梶田の意思は固いなんてものじゃない。石頭だ。
「はい、紫苑にあそこまで言われても引かなかったのは珍しいですね」
「方向性は良いと思うけど、具体的な案があるの?」
「もちろん」
ああ、反骨精神というものは斯くも末恐ろしい。
妄執は、人を化け物に変化させる。
……だからこそ、付け入る隙もある。
「自作自演の仲間意識を成立させる。聞こえは悪いが、梶田の味方になってみるのはどうだ?」
「無理でしょ。どう考えても朋瀬の顔見られたら警戒されるじゃん。釣り合う男子の枠にいるんだから」
「そうですよ。朋瀬くんが接触しに行った時点でバレバレです」
否定してはいるのだが、妙に俺を持ち上げてくれているのが照れ臭い。
しかし、普通は堂々と探されている人物が接触しようと思わないから、強いやり方になる。
梶田にとって不運だったのは、探し人が俺だったことだ。
俺は、探されるのを待つような人間じゃない……本気で、逃れるよ。
「リアルとは言ってないだろ。俺だって、リアルで梶田と顔を合わせたくない」
梶田は顔を合わせて話すには面倒臭い部分が多そうだ。
実際に、茅原との舌戦でも引かない態度は俺だって引いた。
はっきり言って苦手なタイプだとも思う。
「束音はSNSとか使いこなしているんだろ? 梶田のアカウントとかないのか?」
「うん、ちょっと待ってね。あー、あった。フルネームは梶田愁だよね?」
「はい。合っています」
――よかった。
ラブレターなんて古典的なことしているから、SNSすらしてなかったらどうしようかと。
まあSNSだと履歴が残るし、それで告白は避けたかったんだろうな。
「正体を明かさずに匿名で接触しよう」
「え、結構難しくない?」
「梶田は今頃感傷的になっているだろう? 表では強気でいる分、ストレスを溜め込んでいる可能性が高い」
「なるほど……まあ、物は試しだよね」
束音は自分がアイデアを出せなかったからなのか、すぐに賛同した。
新規の捨てアカウントを作り準備を整える。
次は、作戦会議だ。
さて、どうすれば梶田に信用させることができるかな。
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