第25話

 家に帰り、自分の部屋に帰ると暫くして束音から電話がかかってきた。

 内容は、今から俺の家に丹羽さんと来る……とのこと。


「いやいやいや、何考えているんだよ」


 流石にこの時間に女子二人して俺の家に来ても問題は殆どないのだが、俺の家には母親がいる。

 俺の母親は専業主婦なのだが、インドアな人で基本引きこもり。


 尤も、怒る時は他の家と同じく面倒臭い一面もある。

 束音とプリンで争った時などがそうだった。


 恐る恐る様子を見に行くと、母親は自分の部屋の机で本を読んでいた。

 邪魔をする様で悪いのだが、後々何か言われる前に事実を伝えておく。


「母さんさ、これからか束音とその友達が来るみたいだけど気にしないでね」

「わかった〜」


 様子からして、このまま夕飯まで自分の部屋で引きこもっているだろう。。

 そう判断して玄関の鍵を開けておくと、丁度束音が到着した。


 元々束音とは家が近いので、そう時間はかからないと思っていたが、急いだな。


「入る。京子さんは?」


 京子さんというのは俺の母親の名前だ。

 束音は返事をする前に堂々と中へ入ってくる。


「部屋。絶対開けるなよ」

「お邪魔します」


 そして、束音の後ろから付いてきた丹羽さんも入ってきた。


 束音は幼馴染として慣れているのはわかる。

 しかし丹羽さんの場合は、平然と男の家に入ることができるというのは、経験豊富だからなのかな。


「リビングでいいか?」

「ダメ、朋瀬の部屋がいい」

「私も、男子の部屋行ってみたいです」


 束音は家主でもない癖に偉そうだ。

 丹羽さんに、自分が何度も来ている事を示しているのかな。


 対して丹羽さんの方は、気に留める様子もなく、ただ俺の部屋に興味を持っているご様子。


「仕方ないな」

「最初から部屋って約束したでしょうが」


 俺の部屋に早く行きたいというよりも、丹羽さんに見せつけたいという出来心の方が強い気がする。

 丹羽さんはそれに気付いているのか、微笑ましそうに束音を見る。


「結構綺麗に片付いていますね」


 部屋にあげて開口一番の台詞は、驚きの感情を孕んでいた。


「俺が生活力の無い人間に見えたのか?」

「実家なのに……生活力ですか? 私は一人暮らしなんですが、自分の部屋と比べてそう思ったんです」


 反論できない……正論は、やめてほしい。

 丹羽さんの言う通り、母親が整理してくれる部分があるから、割と綺麗ではある。

 揚げ足取りじゃなくて素で言われると、ちょっと傷付く。


「果乃ちゃん、男子の部屋行ったことないの?」

「ある訳ないじゃないですか。なんか、疑われています? 束音さん」

「二人は、仲良くなったのか?」


 いつの間にか二人は名前で呼び合っていた。


 どうした……?

 俺が千春とキャッチボールをしている間に、随分と仲良くなったらしい。

 次に、束音は俺のベッドに座り手を広げて占拠し始める。


「おい、何勝手に寛いでいるんだよ」

「いいじゃん! 果乃ちゃんも隣どうぞ!」

「それでは、失礼します」


 俺の言葉を無視して、二人とも俺のベッドに座った。

 机の椅子の他に椅子を用意していなかった俺の落ち度か。


 ――俺の落ち度か? 元々は部屋にまで上げるつもりなかったしなぁ。

 なんて思いつつ、部屋を探られる前に、出来るだけ素早く飲み物を準備して部屋へと持ってくる。


 折り畳み式のテーブルくらいはあったので、グラスの置き場にした。


「果乃ちゃん、茅原さんには敬語じゃないし、言葉遣い無理しなくてもいいよ?」

「いえ、あれはグループでいる時に浮いちゃうからなので、こちらの方が普段の口調ですよ」

「梶田……だっけ? が教室に来た時も、崩していたな」


 梶田という男子のお陰で、俺も面倒を被られている。


「はい。どうでもいい人にも、崩した話し方をしていますよ」

「基準がわからないな」

「ある程度、心を許したってことですよ。」


 人差し指を立てて、理由を説明してくれる。

 そんなものだろうか。

 一番仲がいいであろう茅原にも崩した話し方なので、区分けと捉えるのも難しい。


「束音に最初話しかけた時は?」

「最初って……多分、昨日のことですよね。あれは朋瀬くんがいたからですよ」


 まあ粘着するように言ってこないのなら、こちらが気にする事でもないだろう。

 丹羽さんの態度には興味深くなってしまい、続いて逆の場合を問う。


「俺がいなかったら?」

「どうでしょう。今はもう、無視できないですから……」


 それは恋のライバルとして……?

 それとも、単純にこれからも仲良くしていきたいという事なのだろうか。

 わからない俺の顔を見た丹羽さんは、再び俺の顔を見てあざとく微笑む。


「もしかして、砕けた口調の方が好きですか?」

「いいや、ギャップ萌えって感じで良いと思う」

「朋瀬、オタクみたいなこと言うけど、それときめかないよ」


 束音にはギャップが無いからな。

 言われても自覚が無いから、わからないだけだろう。


「そうなのか?」

「私は、嬉しかったですよ」


 丹羽さんに尋ねると、少し顔を赤らめてそう言われてしまった。

 よくそう恋する乙女っぽい顔ができるものだ。

 ……凄まじいな。

 それに対して、束音は戸惑いながらも俺へと尋ねてくる。


「えー、そうなんだ……私は?」

「何でだよ、ギャップどころか萌え要素がないだろ」


 束音の女の子らしい要素を考えれば、軒並み平均以上といった感じで、無駄な属性がない。

 単に性格が真面目と言えなくもない。

 まあ模範的な生徒ではないと思うけど……部活を頻繁にサボるところとか、な。


「もっと、表裏がないところとか褒めろし!」

「束音はそういうのじゃなくて、昔から一緒に育ったし、全部が自然なんだよ」

「何よ、言えるじゃない!」

「今ので褒めたことになるお前の基準がわからん」


 言葉と共に顔を逸らす束音の仕草は、俺の方がドキッとする。

 俺にだけ見せてくれるその顔は、確かに好きかもしれない。

 理解者への道はまだまだ険しそうだけど、それでもいいくらいには。


 因みに、束音にも言っていない秘密だが、俺は金髪が好きだった。

 束音が金髪に染めて、尚且つ髪を束ねたりなんかしたら、襲ってしまうかもな。


 何度も家に出入りしている束音なら金髪好きは知られているかもしれない。

 髪色はともかくなんで束ねるのかって? 束音っていう名前なら、そりゃしてほしいじゃないか。


 昔、そうしてほしいって言った事あったけど、多分覚えてないだろう。


「二人は、本当に仲が良いんですね。妬いてしまいます」


 そして、丹羽さんは俺達の言い合いを憧憬の眼差しで見てくる。


 この子はこの子で、よくわからない。

 丹羽さんは、彼氏を本気で作りたいとか思っているのだろうか。


 恋に恋する気持ちは、俺もわからなくもない。

 俺達の学年は比較的カースト制度の風潮が強い分、彼氏彼女持ちの生徒も多いからな。

 丹羽さんにも、憧れの一つはあるのかもしれない。


 あとは、周太が言っていた丹羽さんの噂の通り、彼氏候補には絶対的な基準があって中々見つからないとか? 等の疑問は残っている。


 俺の場合は、学年一位が条件だったようだが、与えられたのが偽物の彼氏といったところから、求めていた条件は満たしていないように見受けられる。


 でも、まあ俺が恐れるのはお門違いか。

 丹羽さんにも少しずつ興味を持ち始めた自分がいることには気付いている。

 けど、今度こそ甘えた決心は許されない。

 俺は、紅茶を飲んで一旦落ち着いた。

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