第24話

 束音は……結局、こんな俺を赦してしまったからな。

 それこそが、惚れた弱みだとあいつは言ってくれたけど、俺の心は責められる事を欲していたのだろう。


 飛んだボールを拾ってカゴに投げ入れた俺は、話を始める。

 喜劇にならなかった――未熟な少年の決断を。


 壁沿いの椅子に二人して座り、俺は内情を暴露しきった。

 静かに話を聞いてくれた千春の感想は、一言。


「そっか。死んだ方がいいね」

「それはただの暴言だろ」


 俺が束音と丹羽さんに告白された時のことを話した。一点、丹羽さんとの関係が本物ではないことは秘密にしておいた。

 それは、束音ですら知らない事実だ。


「朋瀬の気持ちもわかるよ? 二人からの想いどちらを汲み取るべきか……難しいと思う」


 複数の恋情が一人に向いた時、叶わなかった恋情は失恋に辿り着く。

 選ぶ事は、同時に見捨てる事である事を忘れてはいけない。


 俺は、束音の恋を踏み躙りたくなかった。

 同時に、丹羽さんの希望も踏み躙りたくなかった。

 だから、丹羽さんの希望を叶えた後に束音の恋を叶える道を選んだ。


 この選択で誰を優先したのかは言わずもがな丹羽さんであって、束音の意思は否定されている。


 俺の中では丹羽さんとの交際関係に期限があるが、束音はそれを知らない。

 丁度一週間……されどその長さを俺は痛いほど知っているじゃないか。


 試験が始まるまでの期間、俺はずっと苦しみ続けたじゃないか。

 半分であっても、耐えられそうにない苦しみだっただろう?


 今度は、俺が束音に同じ苦しみを強いている……押し付けている。

 最低だ。そんな男、誰だって軽蔑する。

 その間に、束音が俺への恋情を忘れるか、俺以外の男を選ぶ可能性は充分ある。


 ――イヤだ。そんな可能性考えたくもない。

 結局、俺は自己中心的で、限りなく人間のクズだった。


「でも、束音を選んで欲しかった……丹羽さんを裏切って、束音と結ばれた方がいいじゃないかって、私は思っちゃう。ごめんね、私の理想を押し付けたい訳じゃないの」


 正解なんて、判っていたさ……何度もあの日の決断を反芻して、何度も後悔している。


「正論だな」

「やっぱり、朋瀬も判ってはいるんだ。そのことに」

「でも、俺は感情を優先した……女々しいよな」

「そうだね。女の子みたい……かわいいと思うよ」

「やめてくれよ。千春まで惚れさせたら、周太に殺される」

「そんなちょろくないですー。調子に乗るな」


 冗談を言うと、強気にそう返された。

 束音と感じていた友達としての距離感がすぐに縮まってしまったので少し怖いが、千春には周太がいるから、大丈夫だろう。


「でもね、朋瀬の選択は甘えなんだよ。優しさでは、決してないよ。それは間違えちゃいけないでしょ」

「そうだな。――甘えた」


 それは千春が自分に言い聞かせている様にも捉えられた。

 次いで、彼女は声を如実に震わせながら、小さく呟く。


「私にも……関係あるから」

「え?」


 俺と束音の関係が、どんな影響を及ぼすのだろうか。

 束音の告白後から、妙に気にしている様だったが、関係があったからなのか。


「二人を見ていると、私が周太に告白しても上手くいかない可能性を見据えちゃう」


 同じグループでも……いや、だからこそか。

 他人の出来事……とは、ならないらしい。

 俺たちのグループは4人構成で、確かにその分結束が強かった。

 あまり気にしていなかったが、これはもし丹羽さんとの関係が広まってしまえば、本当に不味い事になるかもしれない。


「お願いだから、もっと雰囲気を取り繕うとかじゃなく、朋瀬も束音も、ちゃんと幸せな姿を見せてよ。そうしないと、不安で、不安で、胸がはち切れそうなんだよ!」


 自分の居場所は、天か地の二択ではない。

 そんな極端には、俺はなれっこない。

 千春の声が荒れるのを聞いて、気持ちの大きさを知る。


 俺なんかとは比較にならない……その想いは、本当に最近浮上してきたものなのだろうか。

 とてもそうは思えない。長年の、悲願にも聞こえる。


「選択は覆らない。後に残るのは、朋瀬の意志だけだ」

「最終的にハッピーエンドなら贖いはいるか?」

「いるよ。それも生きた軌跡には大事な感情論だ」


 ……選んでもいいのか。

 その感情論は他者を踏み躙るとしても、俺の勝負とも言える。


 正論か感情論かで、イデオロギー対立は起こらない。

 そんな事は判っていても確かめる事はできないから、困っていた。


 しかし自分の感情論を受け入れてもいいだろう。

 別に、正論で生きていたわけじゃないのだから。

 生きた軌跡……自分の選択から生まれた禍根を肯定してはいけないと思っていたが、まだ手遅れにはなっていない。


「ありがとう、千春。効いたよ……さっきのボールよりもずっと強かった」

「そう、なら……歯を食いしばってね」


 その後、体育館に凄まじい音が響いた。

 千春の平手打ちが、頬に当たったのだ。

 本当、容赦なさすぎるだろう……でも、贖罪には悪くない。

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