第23話

 ああ、広い空間に二人きり……それでも伽藍洞に感じないのは千春の存在感の大きさが原因だ。

 一通りのストレッチを済ませて、千春がボールを投げてきた。


 ハンドボール用の柔らかいボールが、凄まじいスピードで投げられた。

 俺が両手を使ってキャッチすると、体育館に音が響いた。


 痛くはないけれど、加減をしてほしい。

 俺は鈍っていないと思っていたが、普通に身体が思うように動かない。

 反射神経が鈍っているみたいだ。


「周太なら、片手だよー!」

「あいつは、慣れているんだよ!」


 周太は偶に千春とキャッチボールをして慣れていた筈だ。


 それと比較されるのは、理不尽に思う。

 俺も負けんじと力を込めて投げると、千春が平然と片手で取った。


「軽い球だね! まあ、無理もないか!」

「……っと、ふう。仕方ないだろ!」


 軽い球と言われるのは、結構効く。

 そんなに腑抜けたつもりはない。

 やはり気持ちの強さが物理エネルギーに変換される感覚こそがスポーツであり、清々しい運動というものだろう。


 全力で……というのは、身体の限界を引き出すことではなく、身体の限界を超えた自分を想像してそれを実現させようとすることだ。


 速い球を投げる身体の動かし方を思い出しながら、俺はもう一度千春の懐中を目掛けて投げ返す。


「っとと、さっきよりいいじゃん! ところで、さあ!」

「なんだ? ……って、話すなら加減しろよ!」


 この一撃は千春も両手で対応してきた。

 だが千春も同じように、それなりに強い……まっすぐな一撃を打ち出してきた。

 話しながらでその威力は、反則だろう。


「首突っ込むようで悪いんだけど、私も煮え切らないから知りたいと思ってさ……朋瀬と束音の関係に、丹羽さんが関わっているわけ?」

「…………」


 投げたボールの様に直球な質問だった。

 千春からしたら、俺が束音の告白を受け入れない理由がないと考えたのだろう……それも誰かと付き合っていない限りは。


 口をつぐみながらボールを返すと、千春はそのまま話を続ける。


「何となく、私は察しているけど、流石にそれは……朋瀬を許せなくなりそうだから考えたくないな」

「…………」


 そうは言いつつ、ちゃんとボールのスピードは上がってきている。

 痛くはない……が、掴む時に発生する音は徐々に大きくなった。


 千春は、もう既に無意識で気持ちの強さが腕の力に加重される領域にいるのかな。

 それでこそ、女子バスケ部の主将といったところか。


「もう少し、加減してくれないか?」


 流石に威力が強くて、俺にも限界がくる。


「私なりの、荒療治だよ!」


 ……そんなこと、とっくに気付いている。

 言葉を解するのが難しいなら、運動で……千春らしいやり方だよ。

 軽蔑しないだけ、優しいよ。


「千春こそ! 周太とは、どうなんだ?」

「なっ……危ない落とすところだった。油断大敵だね」


 話を逸らしたくて、千春対策の常套手段を用いてしまった。


 千春だって、周太との間にあることをずっと話してくれないのに、こちらばかり根掘り葉掘り質問攻めに合うのは割に合わない。


「周太とは、何にもないよ。他の女の子に鼻伸ばしているのは、ちょっと気になるかな!」

「ああっ!」


 俺は遂にボールを取れなかった。

 目視で認識できていたし、さっきよりも弱く取れない筈がない速さ。


 今度は、言葉とは裏腹にあまり気にしていないということだろうか。

 千春の言葉に驚いたわけでもないのに、ボールを掴めなかったのは何故だろう。


 きっと、俺と束音はお互い――そんな距離感でいたかったのかもしれない。


 けど、もう手遅れだ……俺が束音と付き合えない理由を話した時、あいつの顔は全然見たこともないものだった。

 あの瞬間、理解者でいられなくなったのだと思い知った。


「はい、朋瀬の負けね。じゃあ、聞かせてもらうよ。決して口外しないから、本当の事を教えてくれない?」

「そんな勝負決めていなかっただろう」


 そのために、キャッチボールを提案したのかな。

 いいや、それは違うか……千春は今だって俺と束音の関係に丹羽さんが関わっていることに半信半疑な筈だ。

 ――さっき俺が無言を貫いたのは間違えだったな。


「今決めたから。ボール取れなかった時の朋瀬、思い詰めている顔していたよ?」

「だから、吐き出せと? 軽蔑するぞ」

「軽蔑するよ。朋瀬がそう望んでいるなら……」


 相変わらず強引なやつ……千春は土足で他人の家に上がるような度胸をするが、結局家は汚れないのだ。


 荒療治は、これからだったのか。

 そうか……俺は軽蔑されたかったのかな。

 普段はカースト上位のグループにいる以上、他人に悪口なんて言われなかったから、自分が間違っていることなんてわからない。


 誰かに、責められて初めて教わるのだ。


「話すよ」

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