第20話
「今までは、ずっと会ってくれたじゃないか。その度に何度も匂わせておきながら、結局これかよ」
「梶田くんの妄想だね。少し構っただけで勘違いして……モテない男子はいつもそう」
冷たい言葉は続く。
もぅこれは、公開処刑だ。
見せしめに行われた失恋劇は、梶田の評判や立場を落とすだけでなく、見ている人への牽制にされている。
「もういい! わかった、それなら俺が直接ケリをつける」
「はい? 何を言っているの」
「丹羽さんにできた彼氏が誰かは知らないけど、見つけ出して決闘する」
瞬間、教室内のクラスメイト達がざわつく。
不味い……いや、相手が俺だと見抜かれなければどうって事ないが、流石に気付くか。
俺というか、周太と思われても不味い。
最悪、勘違いで誰かを生贄にすればこの話は解決するが、その手立てはない。
困ったことになったが……。
「はあ、ここまで脳筋だとは思いませんでした」
「下半身で物事考えているんでしょ。もし、喧嘩で勝ったとして、果乃の気持ちは変わらないのにね」
遂には茅原も丹羽さんも呆れ顔になってしまったのだ。
周囲の生徒は、興味ある話題があっても刺激のある出来事に注目してしまうものだ。
そして、自分の立場が梶田よりは上であると信じて安心したいから、梶田を貶す。
「八つ当たりとかだっさ……」
「だから2軍なんだよ……」
「クラスで飼い慣らしておけよ……」
周囲の女子達だけじゃない。梶田と同じ2軍の男子生徒も、不安の声をあげる。
流石に懲りたのか、やや小さくなった声を零す梶田。
「また手紙送るから……」
「もういらないよ」
「……わかった」
ここまでくれば効いたのか、教室を去っていった。
割と酷いことを言っているのだが、形勢からして丹羽さんが責められることはなかった。
これも茅原が舞台を整えたからだろう。
褒められたやり方じゃない。
保身できる体裁を整えてここまで印象操作をするのは、匿名でネットの他人を侮辱するようなやり方と何も変わらない。
でも、学校という名の狭い箱庭に詰められた同じ時間を共有する人々は、仲間ではない。
元々は皆が他人。個人の中に大まかな人の優先順位が無意識であろうと出来上がってしまうものだ。
仲間でき、グループに見られ、カテゴリー分けされ、カーストが出来上がった。
それらの一区画であるグループは、個人が寄り添って出来上がるもの。
無制限にクラス全員が仲良くできるグループなんてないのだから、仕方ないことなのかもしれない。
より影響力を持った上の立場の奴が作る。
――それが子供の社会だ。
小さな社会に生きる人々の殆どは総じて同じ。
重要なのは、環境への適応力である。
例えば、賢い者は自らが虐げられないために、他人と距離を置くか、虐げる側に立つ。
後者が正しいやり方だとは、到底思わない。
けれど、虐げられる環境は統計学の数字に出ている。
データがある以上、知る者は矢面に立つことを恐れ、強い者の側に寄るものだ。
俺達は黙って聞いていたのだが、梶田が去ると千春が興味深そうに話し出した。
「へぇー、丹羽さん、遂に彼氏出来たんだね〜。対して、私達は本当できないね〜、はははっ」
「そうだな。はははっ」
「あれ、朋瀬。そういえば……」
「あーあー、この前借りた500円な。返すよ」
まだ説得が済んでいなかったので口を滑らせようとした周太に賄賂を渡して黙らせた。
周太ならば、俺の事情も概ね察しが付くはずだ。
隠したいという俺の意図に気付いたのか、周太は更に欲張る。
「あれ、600円じゃなかった?」
「……はいよ」
俺は今朝千春から受け取って制服の胸ポケットに入れていた100円硬貨を取り出し、周太の額目掛けて指で飛ばした。
「いって! 危ないじゃないか」
「あはは、やっぱり腕鈍ってないな〜、朋瀬」
褒めるなら、腕じゃなくて指だけどな。
千春が喜ぶのを見た周太は、俺へ反逆はせずに、100円硬貨を自分の財布にしまう。
周太は本当にわかりやすい。
こいつの中では、間違いなく千春が第一なのだ。
だからこそ、困った話である。
周太が素直になって千春に告白すればカップル誕生なのだが、残念なことに他の女子に惚れすぎなのだ。
それもまた、本物だと言って訊かないから厄介極まりない。
でもきっと、告白しない理由はこのグループの全員わかっている。
結ばれたとして、周太は自分自身が千春に――冷めたくないのだ。
だから、適切な距離をとり続けている。
一度、他の女子を好きになる理由訊いたことがある。
周太は、矯正だと言っていた。
でも、それは千春にとって辛いことじゃないだろうか。
他人の恋路に口を出すのは良くないと思い言葉は謹んだが、周太は間違っている……と思う。
それはそうと、お金、後で返してくれるかな……?
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