第17話

 扉の方向から響いた声に、つい耳を傾ける。


「果乃〜、まーたラブレターもらったん?」

「紫苑、おはよう。この封筒は相変わらず梶田くんだ」


 茅原紫苑――金髪に派手なメイクが目立つクラスの中心人物。


 てか、やっぱりこの口調が本来の丹羽さんの口調だよな……俺の気のせいではなくて良かった。

 俺や束音相手にはどうして丁寧語なのだろうか……理由でもあるのかな。


 俺の横を通り抜けて、丹羽さんの元まで行くと渡された手紙を受け取り見るも、引いていた。


「うっわ、あいつ何度目?」

「7回目? 中身読んだ方がいいと思う?」


 いや、それは読んだ方が良いと思うけど、そんな軽く済ませていいのだろうか。

 でも、そうか……確かに丹羽さんは本気で好かれているようだ。


 7回もアタックするなんてよっぽどだが、丹羽さんが具体的にした返事に問題があるかもしれない。

 そして、茅原は何か閃いたようにニヤリと口元を三日月の形にして笑った。


「思わないね。千春のところ入れていい?」


 嫌がらせにしては大胆としているが、茅原と千春の不仲はみんな知っていることだ。


 下手に正義感出せば、いじめをするほど下品ではないが、避けられる対象にはなるだろう。

 カースト上位が持つ影響力とは、そういうものだ。


 特に、不明瞭な事に関する噂は学年生徒には真実として伝わる。

 例えば、そこまで成績が悪くなくても、そういう噂が立てば誰もがそいつを貶めそういう目で見るようになるだろう。


 成績なら、明瞭にできないこともないので証明することもできるが、噂を払拭するためだけのために努力をするだろうか。


 元から成績の悪い生徒で実力を隠していましたなんて展開はほぼありえない。

 努力しない人がちょっとやる気を出したところで、慣れていない以上苦難でしかない。


 実際に、そういったことが起こるのである。

 特に、情報が簡単に飛び交う現代でそれは顕著なことだった。


 しかし、例外はある。

 それは、同じカースト上位である千春や、その仲間である俺だ。


「後ろ」

「……あー」


 俺が靴を交換しているのを茅原に目撃された。

 見るなよ……近くだから話も聞こえているよ。

 俺の存在を教えた丹羽さんもどうかと思うが、いたずらを食い止めることになるなら、俺が耐えることなのかな。


 いや、できれば俺だって関わりたくないから余計なことをしないでくれ。

 朝の挨拶くらいしてもいいと思うけど、俺と茅原には交流が皆無と言っていいほどにない。


 この状況で気さくに話しかけたら、煽っているように思われるかもしれないしなぁ。

 でも、茅原の視点からは、腰巾着の俺に見られているから、その行いが広まってしまう訳で、注意するのは当然だ。


 それは、千春に突かせる穴を自ら作ってしまうわけであり、リスクしかない。


「冗談だってば。捨てときな」

「うん、そうする。確かにもう読む必要はないよね」

「ん? あれ、それってさ……以前言っていたアレっしょ? 彼氏できたら全部無視しますってやつ」


 そうだったな、丹羽さん性格悪かったことを再認識した。

 というか、彼氏できたら……というのは何だ? ラブレターを無視することが、彼氏が出来たことに繋がる合図なのかな。


 え、広まっちゃうよ? と、身構えたが……よく考えたら茅原だってクラスを崩壊させるようなことはしたくないだろうし、丹羽さんに彼氏が出来ること自体には明らかに好意的だ。


「はい。まあ、ここまで熱心でしたし、報告のような役割かな。読まなければ、もう興味がないと伝わるはず」


 どうやら、告白してきた相手にも、ラブレターを読まないことをトリガーに伝わることがあるらしい。

 その言葉を聞いた茅原はとても悪そうな顔をした。


「果乃、本当性格悪いな〜。完全に煽ってんじゃん。で、誰よ?」

「秘密」


 成る程、相手までは知らせないと……それは、茅原も秘密が伝わってはいけない対象であるという認識でいいのだろう。


 いや、これからも関わらないだろうし、問題ないけどね。

 でも、茅原なら平気で探ってきそうだし、きちんと頭の隅っこに記憶しておいた。


「ちぇ〜、冷たい。でも、そう……遂になのね」

「ええ、お察しの通り」

「なら、これ以上口出ししないから〜頑張りな」

「紫苑にそう言われると、頑張らないわけにはいかないよね」


 茅原の台詞から察するに、丹羽さんの家の事情を知っているらしい。

 まあ、二人は1年前からずっと一緒にいるし、信頼できる仲なのだろう。


 二人が教室へ向かうと同時に、俺も一定の距離を保ちながら後ろを歩いた。

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