第15話

 俺の懺悔するような表情をいちべつして、束音はそっと言葉を加える。


「昔見た演劇。あれ、私も好きじゃなかった。どうして母親に立ち向かわなかったのか、理解出来なかったから」


 とうこうは、それはそれで沢山の苦難に満ちあふれていて、社会のきびししさをこれでもかというくらい突き付けていたけれど、彼等はそれ以前に乗り越えるべき事があった。


 俺とは違うところで、いきどおりを感じていたなんて知らなかった。

 教えてくれなかったのは、俺がその点を認めていたからだろう。


 俺の意思を尊重してくれていたのだ。

 鈍感と言われたら、言い返せない。

 いや、鈍感とは違うか……そのことだって、束音に不満点を訊いていれば教えてくれたのだろう。

 つまり、知ろうとしなかった……ただ、それだけ。


「でも、自分の想いを伝えるのって難しいの。大変なの。不安と期待が入り混じって、胸が破裂しそうなくらい緊張するの。それを面白くないなんて言うのは、ごうまんだって思う。もしくは、未熟だよ」


 それは、俺が不満に思ったシーンの事を言っているのだろう。

 束音は、俺とは違いそこに魅力を導き出していた。

 空気を伝わって、束音の体温が更に上昇していることがわかるから、よりその言葉が染み渡る。


 ――そうだ、な。俺は未熟だったのだろう。

 だって、恋の一つも知らないガキが一丁前に批評を垂れているのだから、滑稽じゃないか。


「ああ、お前は正しいよ。正しい事を、したんだ」

「そうだよ……それなのに、朋瀬は酷いよ。私が好きな人を明かした時、まったく喜んだ顔をしてくれなかった」

「それは、果乃が見えて……言い訳にしかならないな。俺は、悪い男だ」


 何度認めても、束音は納得しないのだろう。

 それが、惚れた弱みというものだから。

 でも、弱みがあっても知るべきだ……既に知っているなら、理解すべきだ。


 それでも好きでいてくれるのなら、俺も応える日をむかえられる。


 無言はしばらく続いた。

 言いたいことは言い切ったのだろうか。

 表情を見れば、まだるいこんがあることに気付く。

 でも、これ以上言いたいことはなさそうだ。


 なら、俺も訊いていいかな……後処理で申し訳ないが、知るべきことだろう。


「そういえば、訊いてなかったことがあった。束音は試験での勝負で負ける気だったのか?」


 試験が終わった際に、束音は珍しくやけに自信あり気に見せていた。

 あれは負ける方に自信があったということだろうか。


 下駄箱で束音の言い分を聞いて思った事は、負けた前提での計画だったこと。

 だったのか……もしくは、どちらでも良かったのだろうか。


 束音が勝てば、何でも命令できるのだから、それでも同じことだった。

 どう転んでも悪くない結果にしようというのは、間違っていると言い難い。

 言うなれば、その提案はあんぱいでだったのである。


「ううん。勝とうとは思ったけど、全力でやっても朋瀬に勝てるビジョンは浮かばなかった。同率1位で良かったんだよ。覚えているかな?」

「ああ、中学の時で同率1位になった時は、お互いの要望を叶えあったよな」

「うん。もし、私が勝っていれば朋瀬と丹羽さんを別れさせた……かもしれない」


 まさか……そうだったのか。

 俺の推測はどれも間違えで、束音なりの勝利の形は別にあった。


「私は、同率1位を狙ったんだ。それが、他の障害を受け付けない唯一完璧なシナリオだった。だから、あんたが勝負を提案しなくても私から仕掛けるつもりだったの」

「それは、最初から1位を取った方が勝ちって勝負を、か?」

「そう、本当にあんたは取れた訳だし、あまり変わらなかったけどね」


 変わったよ……俺が、1位を取らないだけですべてが変わる筈だった。


 今頃、笑顔のカップルが足並みそろえて歩いている筈だった。

 想像するだけ、むなしいのはわかっているけどさぁ。


「結局、私の努力が足りなかった。だから、それも含めて因果応報だと思う」


 でもそうか、束音は俺との同率トップだけをえていた。

 それなのに、俺は……なんて視野のせまい人間なのだろう。


 ――何て言って束音をなぐさめてやれるのか。

 誰かが俺にそんな資格がないと言われようと、俺にはそうしてやりたいと思えるのに、残念ながら言葉は思いつかなかった。


 気付けば、俺の家に辿たどり着いていた。

 いつもより歩くスピードは遅かったのに、束音と話していたらあっという間だ。


「あ、着いちゃったね……」

「まだ話し足りないなら、部屋来るか?」

「えっち……もう浮気? 嬉しいけど、やめておく……一人でいたい」

「わかった。また、明日」

「うん」


 もの寂しそうにそういう束音と別れた。

 俺は一人になるも、家に入らなかった。

 扉の横の壁を叩き、掠れた声をらす。


「ちくしょう!」


 求められたのに、束音をつかもうとしなかった。

 そうだ、丹羽さんの事情なんて台無しにして幸せになれたのに……また、誤ったのかな。


 過去の可能性を後悔しても意味はない……でも、だったらこの感情は何処にささげればいいのか。

 長く家の前で立っていれば不審に思われるだろう。数秒で冷静をよそおい家の鍵を取り出す。


 気持ちの整理は後回し、与えられた心の傷は思ったより深かったらしい。

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