第14話

 丹羽さんと途中まで共に歩いた後は、いつも通り束音と二人きりの帰り道となった。

 しばらく無言を貫いていた束音は、何かを訊きたそうに何度か俺の方に視線を送ってくる。


 これは何かを求めるシグナル。

 このまま無視して歩き続けるのは……気まずいな。


 俺が、訊かなければならないらしい……きっと、束音は待っている。


「はあ……なんだよ。どうした?」

「……これは、もし、もの話だけど……」


 言いづらそうな途切れ途切れの言葉。

 俺はそっと構わないという表情でうなが


「――丹羽さんの告白が無かったら、朋瀬は私の彼氏になってくれたのかな? って」

「…………」


 俺達の絆は、勘違い一つで崩れてしまったと思っているのだろう。


 今まで信じていたほど強固ではなく、互いが守ってきた境界線に過ぎなかった事を理解したはずだ。

 互いに適切な距離を歩むことは、充分かけがえのない絆と呼べるものだと俺は思うが、束音にとっては違ったのかもしれない。


 それは、信じ続けた想いに裏切られたと感じるから……かな?


 連鎖するように思い込んでいた事を疑ってしまう。

 あんな事があった後だ……俺が結局束音を好きだったのかどうか、確信に思っていたことだが、そこに不安を抱いたのだろう。


 あるいは……。


「もしかして、本当は振られてしまう未来があったとしたら、今回の件でそれが無かった事になったと安心したいのか?」

「……うん」


 いつになくくつになった束音が心配になる。

 でも、ここで抱きしめてなぐさめる事はできない。

 俺は、束音ではなく丹羽さんの彼氏だから……勝負を無視して勝手な真似は、俺の矜持が許さない。


 でも、俺達には言葉がある。

 言い争いは、いつもしていることだ……いつもは、抱きしめたか? いいや、言葉を介して仲直りしてきだだろう。


「言っただろう。もう一度だって……束音の推測は当たっているよ。俺は束音のことが好きだよ」

「現在進行形で?」

「ああ。今だって、そうなんだよ」

「どうして、ちゃんと言ってくれないの? はっきり言うところでしょ」

「恥ずかしいから。俺らしくないって思うかもしれないけど、恋愛は初めてなんだよ」

「言って……」


 素直に本心を打ち明けたら、今度は命令してきた。どうやら、俺に拒否権はないらしい。


「束音のことが好きだよ。これは告白じゃないからな」

「そういう寂しいこと、言わないでくれるかな」

「ごめん、余計だったな」

「で、いつから?」

「最近。この恋心に気付いたのは、お前が俺を不安にさせたからなんだよ」


 落ち着いて恋心を確信する。

 隣に束音がいる毎日がどれだけ素敵なことだったのか、よくわかったよ。

 打ちひしがれそうな絶望にも、ちゃんと意味はあった。


 だから、俺だって束音のやり方を否定しない。

 あの勝負が無くて、いきなり告白されたら――。

 どうかな、俺は冗談に聞こえてしまったと思うよ。

 束音は、残念そうに目線を下げてつぶやいた。


「じゃあ、これは因果応報なのかもね」

「不運なだけじゃないのか」

「不運に理由が、あった方がいいじゃない」

「それはまた……どうして?」

「何を恨んで、何にすがればいいのか、わからないから。女の子はさ、デリケートなんだよ。あんたは知らないだろうけど」


 確かに、俺には女子の感性がわからないのかもしれない。

 しかし、その必要がないから知ろうとしていないだけだ。

 俺が知っているのは、お前だけでいいから。


「束音のせんさいさなら、知っているよ。でも、それじゃあ苦しいだろ」

「苦しさを正当化しているの。また同じ苦しみを味わうことのないように」

「そうか……束音がそれで納得できるなら、そういう捉え方はありだ」


 メンタルケアをしたい訳ではないが、いつまでも過去に縋りつこうとする束音を見ていられなかった。


 因果関係なんて、あったかな? と、思わなくもないけれど。

 単純に運が悪かったと考えられないのは、俺の知らない背景があるのかな。


 疑問に思っていると、小さくも強い感情を、はつさせた。


「納得……できる訳ないでしょ。あと少しだったのに……別に、丹羽さんを恨む訳じゃない。私は、やり方を誤った自分を責めたいの」

「周太や千春にも相談していたんだろ? お前が一人で抱えることじゃない。それこそ、あいつらに文句を言ってやればいい」


 自責の念がその後悔に繋がっているのなら、それは間違っている。


 本当に辛いなら、他人に当たっていいんだ。

 俺達に遠慮する必要はない……今までだって、なかったじゃないか。

 なんなら、全部で吐き出してしまえばいい。

 きっと、束音にはその方が楽なのだろう。


「私が文句を言いたいのは、私とあんただけ。あの二人は、良かれと思って相談に乗ってくれていたに過ぎないと思う」

「なら、俺にだけでいいから言ってみてくれよ」


 そうしてほしい。

 束音らしい束音を見て、俺は安心したいのかもしれない。


「そうだね……朋瀬にぶつけていい?」

「ああ、聞くよ」


 束音は俺の方に少し寄ってくる。

 少しでも視界に入ると、溺れてしまいそうな可愛さに顔だけは見つめられなかった。


 視界に意識が無ければ、今度は空気を伝わった彼女の熱が、少し冷たくなった俺の手に安らぎを与える事にどうが高鳴る。


 俺の傷を深掘りするものだと理解していたから、ずっと我慢していたのだろう。


 丹羽さんの目の前で、そんな事をしたら付け入る隙を与えねないし、言い難かった部分もあるだろう。


「意気地なし……好きな人が取られそうになったのに、放っておくなんて馬鹿じゃないの」


 決して強く感情が込められた言葉じゃない。

 弱々しい声で、絵本を読み聞かせるように伝える。

 独り言のような言葉でも、ちゃんと突き刺さる。

 いいさ、その怒りを受け入れよう。


「勉強に逃げ続けているだけ……情けない」


 やっぱり気付いていたのか。

 束音も試験勉強にはかなり集中していたように思っていたが、俺の事をずっと見てくれていたのだ。


 愛情が……刺々しい。

 情けなかったよ。

 何かを変えられたはずで、あるいは真実を解き明かせたはずで、そんな機会を見つけ出すためには十分な時間があったはず――なのにな。

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