第13話

「どうして……」

「気付いてやれなかった事もそうだけど、さっきのお前に対する態度は失礼だったと思う」


 幼馴染というあいだがらであっても、俺達は互いにやっていい線引きをしてきた筈だ。


 束音はしつこくされるのが嫌いだから、俺はそうしないように気を付けてきたように、最低限のラインは守ってきた。それこそ、異性だからこそ注意したことはいくつもある。


 今回のことは、人としてざんこくだった。

 束音の好きな人の正体を知った時点で、即座に頭を下げるべきだった。

 これじゃあ、むくわれないにも程がある。


「それは、私だって……朋瀬の心に耐えられないことをしたみたい。そうじゃなかったら、あんなに怒ってなかったもんね」


 束音も、二人きりで話し合った時は冷静さを欠いていた。

 けれど、思い返してみれば俺の感情にも理解がいったのだろう。


 ああそうだ……俺は2週間以上、お前に苦しめられてきたのだ。

 それは俺の先入観による思い違いがあったかもしれない。


 けどそれ以上に傷付いた……お前の言う通り、俺はおろかな男だった。


「ああ、それなら……お互い様だよ、な。俺達は、あんまり喧嘩しない仲だったから、久しぶりで、限度を忘れていたんだよ」

「うん、だから……」

「だから束音、返事は保留にさせてもらっていいか?」


 いわゆる、キープというやり方に束音はいやが差すかな?


 俺は、ラブコメ主人公にはなれないのかもしれないけど、不幸の数を増やすより何倍もマシなやり方だろう。

 そして、待たされた分の小さな復讐だ。


「勝負をしよう、束音。俺達は、いつだってそうやって決めてきた筈だろ?」


 いつもと同じやり方、収拾がつけられないのなら、さきばしにして解決を図る。


 その方が俺達には合っているだろう。

 お願いだから、そうあってほしい。

 俺の気持ちもまた、報われなくなってしまう。


「もし、俺と果乃の関係が広まったら、その時点で俺は果乃をフる」

「っ……!」


 その提案に一番に驚き声をあげたのは丹羽さんだ。

 当然だ……自分の都合を途中でにされたら一番困るのは丹羽さんだから。


「それは、私が広めたらそこで終わりだね」

「視野が狭いな。俺は果乃と別れると言っただけで束音と付き合うとは言っていない」

「……」


 これは、暗に広めたりしたらお前を嫌うと伝わったかな?

 きっと、束音なら判る筈だ。

 黙って考え込む顔が理解を示している。

 ズルいかな? そうかもしれない。


 誰よりも束音の事を知っているのは、俺なんだ。

 そうだよ……これは真剣勝負などではなく束音にとっては運ゲーとそんしょくない。


「そして、もう一度俺をれさせてみせろ! この舞台で、束音の役割は観客だ」

「そう、わかった。チャンスがあるなら、引き受けるよ。私が断らないのをわかって言ったでしょ。狡いなぁ」


 今まで、俺が提案した勝負に束音が乗らなかったことは全くないのだ。


 当然、俺だってわかって提案した。

 けれど、干渉は許さない。

 ただ俺と丹羽さんの結末を見守っていればいい。

 束音にしてほしいのは、俺を信じる事だけだ。


 元通りになることを、信じてほしい。

 その気持ちが本物だと、俺にもう一度示してくれれば、きっと俺はまたお前に恋することができる。


「果乃、期限は?」

「……1週間。こんな事になるなんて、身勝手な人……気にすることが増えたじゃないですか」


 訊いた期限は言わずもがな、丹羽さんが父親と会食するまでの時間。


 期限が過ぎれば、どの道別れるだろう。

 問題を解決したら本当の彼氏にしてくれと、たんを切ったのはいいものの、実際の丹羽さんは軽い女の子じゃなかった訳だし、望みは薄い。


 それなのに、浮かべた表情はどこか楽しそうだった。


「私は、舞台に立てる……それだけで、充分ですよ。朋瀬くんの提案を許可しましょう。私も広まるわけにはいきませんからね」

「その辺、危なくなったら束音も協力してくれないか?」

「うわっ、結局私に頼るのはダサいよ。でも、丹羽さんが頭を下げてお願いするなら協力もやぶさかではないかもしれないね」

「その時は、素直に頭を下げます」


 丹羽さんは素直にそう言った。

 喧嘩ごしでないなら、やはり仲良くしたかったのか。

 この子の機微は読みにくいな。


「でも、忘れないで。広まった方が私に有利なのにじょうするのは、関係が広まらなくても勝負に勝てると思っているからだよ」


 そして、束音もまた開き直って丹羽さんに威勢よく言い返す。


 さっきあおられた分の意趣返しにしては生ぬるいと思うが、やっぱり束音は優しい女の子なのだと再認識した。

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