第11話

 束音はこういった引き合いが上手い。

 恐らく丹羽さんは……束音が告白したように勘違いしている。

 今のやり取りで、俺が告白を受けていない可能性を排除させたのだ。


 更に俺が告白を受けていないから、話は終わりだという逃げるための反論をふうじた。

 次いで、自分の方が先に告白するはずだったのに割り込んできたという罪悪感を与える。


 どうやら丹羽さんの塩対応は裏目に出たようだ。


「朋瀬は、丹羽さんと付き合うことに決めたかもしれない。でも、それは偽物の愛情から生えた気持ちだよ」


 ただ愛想が良くて親しみやすいだけなら、カースト上位にはいない。

 俺達は自分が常に優位に立つための処世術を持っていた。


 束音の場合、性格に似合わずめで、現状をかんして勝ち筋を導き出すタイプである。


「どうして、そう思うんですか?」


 丹羽さんは、やや冷や汗をかきはじめたのか、震えた声になる。

 そこには、メッキが剝がれるようにぎこちない顔が浮かんでいた。


 果たして見抜かれたのだろうか。

 そんな筈がないとわかっていても、落ち着いた束音の言葉は真実味を増し、動揺をうながす。


「告白予告はしたけど、私が朋瀬にすると言っていなかったから、朋瀬は勘違いしちゃったんだよ。私が離れると思って失恋したかのように悲観したの」


 それは、反論を封じた上での事実関係の説明。

 ここで俺をもてあそんだなどの非難することはできるが、束音にとって織り込み済みだろう。


 というか、俺のことよくわかっていて嬉しくなる。

 こんな状況でなければ、もっと喜べていたかもしれない。


 しかし、相手が悪かった。

 安心したような顔を浮かべ、主導権イニシアチブを取られる危機を抜け出した丹羽さんは半音高く反応を返す。


「成る程。ああ、だから朋瀬くんは何かに絶望したような顔をしていたんですね。丁度私の入る余地が出来て良かったです」


 口調は丁寧なのに、滅茶苦茶あおり倒すやり方をする。

 上品にも、とげのあるその煽り方は、彼女もまたカースト上位に立つだけの器を持つことの証左だろう。


 趣向を凝らしたやり方だ。

 3人の明確な相関図の中で、束音との繋がりが断ち切れたことを、自分という代用のピースを用いることで効果的に見せつけた。

 束音はそとだと言いたげである。


 自分勝手な束音のやり方を非難する訳でもなく、ただただ自分にとってごうの良い部分だけ口に出す。


 それは、客観的に見れば運が良かったことの自慢だが、伝える相手には想像以上にダメージがある筈だ。


 しかし、束音もまた強くきもわっている。

 舌戦で打ち負かされた訳でもない現状で、折れるほど柔じゃない。


「丹羽さんがどう考えてもいいけど、私は朋瀬に言っているんだよ。ねえ朋瀬、考え直してみない? きっと、すべてが判った今なら、正しい選択ができる筈だよ」


 その言葉に、丹羽さんは真顔になった。

 彼女が喜んで優位に立っても、それは丹羽果乃と雪村束音の間にある対立についてのみであり、俺という存在の判断を介在させてしまえば優位性は砂上の楼閣と言える。

 芯のあるやつだよ……束音は。


 今にだって俺は――お前の強さに惹かれてしまう。


 ゆるされるなら、束音を選ばない理由がない。

 それなのに、迷ってしまうのだ……本当にどうしようもない最低な男でごめん。


 それでも、選ぶにはまだ心がまともじゃない。

 だから、最後に教えてほしいことがある。


「束音、正しい選択って何だよ。わかんねぇよ。俺は、まだすべてなんて判ってないんだよ。理解できていないんだよ。整理しきれないんだよ。だから、一番知りたいことをく。どうしてこんな回りくどいやり方をしたのか……教えてくれよ」


 返答によって何が変わるというのだろう。

 しかし、俺はその軌跡を知らなければならないと思った。

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