第10話

 この状況、どうすればいいのだろう。

 俺が迷う間に、にょじつに近づいてくる丹羽さん。

 束音は……涙をきとりながらその行動を見ていることしかできなかった。


「急いで帰るというのは、嘘だったんですか?」

「ごめん、適当言った」

「そうですか。許しましょう。お詫びに、一緒に帰ってくれませんか?」

「は?」


 言葉の意味は理解できる。

 だが束音の目の前でその提案は、ダメだろう。

 丹羽さんが空気を読めないとは思えない。

 なのに、あまりに喧嘩を売るような提案だ。

 俺の立場も考えてほしい。


 俺との接点がない筈の丹羽さんの登場。

 それが何を意味するのか、束音は察していた。

 束音は頭が良い。

 ここまでくれば自ずと答えを見つけられる。


「待ってよ! 何なの? もしかして、丹羽さんが朋瀬の彼女?」

「はい。ご明察の通りです」


 動揺しながら大胆な事を言う束音。

 対して丹羽さんはさらりと答えた。

 何故、そんなにも平静のままなのか。

 俺と話していた丹羽さんとは、別人のようだった。


 先ほどの会話で克服した?

 いいや、違う。

 敵の存在がトリガーとなる意識の変化だろう。


「朋瀬くんとは、先程お付き合いをしました」


 そして彼女は俺の腕に自分の腕を絡める。

 多少こそドキドキしてしまうものの、それ以上の険悪な雰囲気におののく。

 俺にだってわかる。これは――修羅場だ。


 詳細を除けばばくぜんとした事実。

 が、それだけでも知られることはいいのだろうか。

 俺の口から言っていいのかどうか判断しがたいから。


「果乃、隠さないのかよ」


 真実をひた隠しにしつつの名前呼び。

 丹羽さんに話を合わせる事を合図した。

 もぅ彼女に事態の収拾を期待するしかない。

 すると丹羽さんが俺の顔をいちべつしてほほむ。


「ええ、朋瀬くんの友人ですし、知っていた方が良いことでしょう。さっき、危なかったみたいですし?」


 彼氏としての振る舞いを期待されている以前に、目立たれては困るのだろう。

 《うわさ》噂好きの連中は非常に面倒くさい。

 とはいえ俺はまだ返事をしていない訳で。

 そんな何かを疑う目線で見られても実際困る。


「それに、彼女はみだりに広めたりしないでしょう。寧ろ、隠すのに協力してくれるのでは?」

「よくわかっているじゃない。私がそう広めてしまったら、その交際を認める上に色々面倒な事になる」


 色々面倒になる……か。

 現在の学年内カーストに亀裂が入る事のねんか。

 俺達のクラスには、二つの陽キャグループがある。


 おいぬまはるという女子を中心とする俺達のグループ。

 丹羽さんとはらおんが中心のギャルグループ。


 そして二人の話の通り――他クラスに比べて俺のクラスは影響が大きい理由が存在する。

 千春と茅原が険悪なおかげで、きんこうが出来ている。


 ゆえに俺達のクラス内では対立こそしないが、にらみ合っているのだ。

 そこに俺と丹羽さんの交際の話なんて出たら、きんこうは崩れる。


 丹羽さんがこちらのグループに来ても、俺が向こうのグループに行っても、問題しかない。

 そもそも、グループのカラーが違う以上そんな事はありえない。


 他クラスの連中からすれば突きやすいすき

 目立っている俺達のことが気にわない連中もそれなりにいるということだ。


 最初に突かれるのは、千春のグループだろう。

 茅原は持ち前のコミュ力で交流が広いから。

 そのため、交際が判明した時点で、なみかぜ立てずに事を終える事には無理がある。


「それで、丹羽さん。まずは訊いていいの? いいえ、私には抗議する権利くらいあるよね」

「私は早く朋瀬くんと二人きりになりたいので、手短にどうぞ」


 もぅ喧嘩売るような言い方は止してほしい。

 まるで本当に取られたくないというように組んだ腕にぎゅっと力が入るのがわかった。

 多分、演技なのだろうけど、ますます理解し難い。


 秋のころもえでながそでになってしまった。

 肌に触れられない布越しの感触。

 それでも丹羽さんが近くて、感覚が鋭くなった。

 空気を伝うようにして首元が温かくなる。


 これは、丹羽さんの吐息の熱だ。

 近くなったことで当たっていた。

 ただ温かいだけでなくちょっぴりくすぐったい。


 ……俺の気はそっちに夢中になりそうだ。

 対して、まるでどろぼうねこを見るような目の束音。


「私さ、試験二週間前から告白予告していたの。だから、丹羽さんよりも私が先」

「先かどうかなんかが重要なんですか? 良いですよ、認めましょう。告白の予定は雪村さんの方が先でした。言いたい事はそれだけですか?」

「認めたね? なら、チャンスは同様にあるって事だ」


 淡々と束音は言う。

 対して丹羽さんは、「しまった」と言いたげな顔。

 失言に気付いたようだ。

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