第8話

 下駄箱につくと、すぐに束音の姿を発見した。

 だるそうにスマホをいじりながら突っ立っている。

 その姿が、ふと……寂しそうに見えた。

 他に人がいないからなのか、さっかくかもしれない。


「ごめん、待った……よな」

「ん? ああ……確かに待ったわね。けど、あんたが何の事情もなしに私を忘れていると思っていないし、理由があるならいいって」


 とうの一言を覚悟したが、許された。

 瞬間、風船が割れるように、ハッとなった。


 ――なんだよ……普通、そこは怒るところだろ。


 優しい言葉が逆に痛い。

 こんなの、束音らしくない。

 優しくされたくない。


 束音に彼氏が出来た時、束音の優しさはそいつのためだけのものになるのだろう。

 悔しい。

 名残惜しみなんて、残したくないのに。


 他の誰かで心を埋めても平坦には戻らないのか。

 俺の中で、きっちり理解した。

 認めるしかない。

 やはり雪村束音は俺にとって特別なのだ。


 悟られてはいけない。

 好きでもない男からの好意なんて、求められてない。どころか、気持ち悪いだろう。


 本物の彼女じゃないけど、俺だって恋人に近しい存在は手に入れたじゃないか。

 期限付きだとしても、それは事実。

 初めての交際にもっと自信を持てばいい。


 ――気持ち、さっさと切り替えろよ。


 束音が彼氏を作って新たな道を進むように……俺もまた丹羽果乃を利用して自分の道を切り開くだけ。

 つまり、これで俺と束音は対等だろう?


 元通りとはいかない。

 けど俺だって後ろを歩き続けている訳じゃない。

 そのことを知ってほしい。


「ちょっと、告白を受けたんだ。それで遅れた」

「は? はあ? 何それ、意味わかんないし。断ったんだよね?」


 驚く顔は、り込み済み。

 だが、それ以降はこつに浮かびあがる束音の表情。


 ――なんでそんなに怒ったような顔するんだよ。


 束音だって、自分の好きな相手に告白したいから、応援してくれって意味で俺に話したのだろうが。

 なら、俺の恋愛だって応援してほしい。

 わがままなのかな。


 そうじゃなくても、だ。

 文句なんて言って欲しくないよ。

 そんなの聞きたくない。

 自分が幸せを望もうというのに、他人の幸せを許さないなんて最低でしょ。


「何が、当然のように断ったんだよね? だよ」

「朋瀬……?」

「ああ、受け入れたよ! いいじゃないか、周太や千春も含めて彼氏彼女が全くいなかったグループから二人も本当にリア充の仲間入りだ」

「……っ、朋瀬は、何もわかっていないよ。なんで……わからないのかなぁ!」


 束音は自らのこぶしを握りしめて俺をにらむ。

 わからねぇよ、お前の気持ちなんか。

 俺は、お前の一番の理解者だったと思っていた。

 けど、それはもぅ過去の話だ。

 恋を覚えた束音の気持ちなんか、一切わからない。


 どうせ、束音の一番の理解者はこれから出来る。

 束音の好きな相手が彼氏になったらすぐにでも。


 幼馴染の存在によって、その一番が埋まっていたら、彼氏になるそいつに対して失礼だろう。

 そんなに意固地になることじゃない。


「俺が幸せになることに文句があるなら、先に帰る。賭けの件は今度でいいよ。そんなに感情的なお前とこれ以上話したくない」

「ここまで待たせておいて、何それ……本当に私のこと見捨てるの?」

「は? 意味わからねぇよ。待たせたことは正直悪いと思っているけど、被害妄想も甚だしいだろ」


 少し強い言葉を使ってしまっただろうか。

 束音の顔は真っ赤でふっとうしそうだ。

 否……もう沸騰しているととらえるべきか。

 なんで、最後まで俺がさとしてやらないといけない。

 まるで、かいもくわからない。

 けど、幼馴染として少しは付き合ってやろう。

 喧嘩わかれだなんて真似はしたくない。


「安心しろよ。俺が保証してやる……お前は好きな相手と結ばれるよ。きっと、そいつは俺なんかとは比べ物にならない良い奴で、絶対にお前を見捨てたりしない」


 お前が幸せになるのと同じ。

 俺も幸せになれるよう頑張るさ。

 ――それで、いいだろ。


 俺は何処か間違えたことを言っているか?

 確かに言い方は冷たかったかもしれない。

 でもそれは、相手が束音だからだ。


 俺達は、互いに話すことに慣れている。

 その筈なのに、自分の気持ちが伝わらなくてやりきれない気持ちが浮上してくる。


「私の好きな人は、全然良い奴じゃないよ。自分の幸せのために私を見捨てるような愚かな人」

「は? そうか、それは……残念だったな。でも、れた弱みなんだろ? 俺は何も邪魔しないよ」


 少し……嫌な予感が当たったようで不快になる。

 恋は本当に人を盲目にさせるのか。

 自覚を持っていても抗えないほど好きだというその男へしっしそうになる。


 本当に愚かなのは、束音の方だ。

 哀れで仕方ない。

 そんな束音を見ていられなくて先に歩き出す。


 どうしてそんなに――――後悔した顔をするのか。


 俺には…………わかりたくなかった。

 今更希望なんて、抱きたくない。

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