第7話
「率直に言うと、仮の彼氏として父に会っていただきたいんです」
それが、丹羽さんの事情というやつなのだろう。
瞬時に理解した。
元々、今更
鼻からおかしな話だと感じていた。
手を胸に当てながら切実に要求する丹羽。
真剣な彼女を前に、俺はわざと
「ん? つまりは、本当に一時的な関係って事か」
「そうです。お話が終わり次第、関係は終わりです」
やはり、元から彼氏候補ですらない。
お試し期間という解釈は間違いのようだ。
周太は本当に一位取らなくてよかったな。
彼女は
俺の中で丹羽さんの
けど、それでも話を続けてしまうのは、きっと穴埋めなのだろう。
――外道め。
彼女のやり方は間違っていると思う。
でも真っ向から言い返したり、説教したりしない。
なぜなら、事実として丹羽さんが可愛いからだ。
男性というものは妙なもので、
「じゃあ、他の人に交際を隠した方がいいのか」
「はい。最悪、如月くんみたいな人でも学年トップの肩書きさえ有ればよかったんですよね」
丹羽さんの彼氏になりたくて勉強した訳じゃない。
ゆえに彼女の思う「学園トップがついで」という感覚は、理解しやすかった。
肩書きは丹羽さんの父親に見せつけやすいからか。
事情の詳細はまだ
が、父親を納得させないといけないのはわかった。
なるほど学年1位。
一言で優秀と
彼女の話にはそんな打算的な裏が見え隠れする。
けれど、俺が話をきちんと内容にまで耳を傾けて訊いているのには理由があった。
「大体わかった。でも、俺のメリットは?」
「父との会合では、美味しい高級な料理が食べられます」
故に交渉だった。
が、思いの
直接渡される報酬ではないが、対価として申し分ないと言える。
そもそも、まともに会話の
「交渉成立だ。けど、周太にはわかっちゃうんじゃないか? 交際」
「仮の彼氏って言いましたけど、そうですね……」
考え込む丹羽さん。
周太を黙らせようとすれば、それなりの対価が必要だろうからな。
「一時的とはいえ交際関係なので、私の彼氏らしい振る舞いを期待します」
「つまり?」
「対処をお願いします」
「人任せかよ!」
俺は丹羽さんを勘違いしていたのかもしれない。
責任
今のは、良く言って「頼りにしている」だが――。
悪く言って「なんとかして当然でしょ」だ。
後者の意味もあるとは思えないが、含みがあるように聞こえる。
――大丈夫か? こいつ。
現代のギャルとかって、こんな性格悪いの?
疑いたくなるが、丹羽さんだけだろう。
分別がつく
丹羽さんが本当にクズなのか、あるいは――。
「これでも私、神田くんに興味を抱いてます!」
「……はい? そうか」
「相応しいと思ったら? そのっ……本当の彼氏にしてもいいかもしれませんね」
「贅沢は言わないよ。関係が終われば、元の他人だ」
なるほど、読めた。
こういった可能性を
大抵の男子は言うこと
小悪魔のような
……ちょっぴりだけ、周太に同情してしまう。
でもまあ、俺には関係ないか。
全く違うことばかりが、頭を埋め尽くす。
――束音にも彼氏が出来たら、髪を染めてこんな感じになってしまうのだろうか。
「……っ」
束音のこと思い出したら少しムカついてきた。
誰に? 本当に誰なのだろう。
……これは、八つ当たりだ。
しかしここまで言うからには、もう確定だろう。
丹羽さんは、恐らくかなり余裕がない状態らしい。
本当に余裕がないのは間違いなく俺の方だ。
数週間ずっしりと詰み続けた重みは消えていない。
今だって意識すれば
八つ当たりで束音の振る舞いを――後悔させてやりたいと思った。
――外道相手だ。外道になってもいいじゃないか。
「……なぁ。もし後腐れない状態まで解決させたら、本当に彼氏にしてくれよ」
俺の言葉に、丹羽さんは目を見開いた。
「後腐れない状態って――私は複雑な事情があるなんて一切話してないですよね?」
「わかるよ。深い事情を話したがらないのは、説明したら協力してもらえないと思ったからじゃないか?」
父親に彼氏を紹介するだけが目的じゃないだろう。
それなら学年一位なんて肩書きいらないはずだ。
説明不足には、裏がある。
交渉のテーブルに出さないのは不利な情報か。
――だが見
俺は決して、人畜無害でいてやらない。
やるからには徹底的にだ。
それが彼氏という役割だろう。
「そう……ですね。でも、本当にそれだけで――」
「本当に?」
「は、はい……神田くんに期待することは、横に座って彼氏らしくしてくれればいいんです」
「……じゃあ大人しくするけど、一人で無理しすぎると無意識に他人へ迷惑かけているぞ」
忠告するように伝えると、曇った顔の丹羽さん。
どうやら自覚はあるらしい。
俺達の関係が判明してしまうのは不味い。
それは決して悪い面ばかりではないだろう。
けど、より良く予め改善するべきだ。
だから多分――忠告は丹羽さんのためじゃない。
あくまで俺のためのだ。
「危なくなったら、頼ります」
「そうすべきだな」
「あ、言いましたよね? 彼氏としての振る舞いを求めると」
「言ったな」
「わかりました。提案を受け入れますよ」
……マジか。
ぶっちゃけ覚悟を見たかっただけなのに。
俺が思っている以上に決意は固いらしい。
「解決してくれたら、本当に交際しましょう。ただ――」
「ただ?」
「神田くんはもぅ私の彼氏です」
「……そうだな」
一時的ではあるが、それはその通り。
そういう意識でいるべきだ。
しかし、ここまで言ってくれるということは――出過ぎた真似も許してくれるということだろうか。
どの道、俺はもう丹羽果乃の彼氏になった。
でも、俺と丹羽果乃は愛し合っていない。
はっきりと、その区分けだけは刻んでおく。
「よろしく、果乃」
「え……」
右手を差し出し握手を求める。
気持ちはもぅ入れ変えた。
頭はもぅ切り替えた。
対して丹羽さんは驚いたように声を漏らす。
その調子で大丈夫なのだろうか。
「名前呼びしないと、疑われるぞ。演技下手か?」
「……少し様になっていると思っただけです」
照れ臭そうに目を逸らしながら俺の手を取る。
そうか、そうだったか。
丹羽さんも……彼氏は初めてだったか。
そこは、対等で良かったと思う。
そうであると何となく……安心した。
皮肉にも、束音と同じ状態だからかな?
――これから、俺達の偽の恋人期間が始まる。
「ふぅ…………ん?
ここで、俺は思い出した。
何か忘れている気がして振り返る。
そういえば束音を放置したままだ。
あいつには会いたくなかった気持ちが渦巻いていた所為で忘れていた。
流石に怒っているかもしれない。
いや、少し待て。
……どうして、
俺のものにならなかった女相手だぞ?
むしろ、ここまで苦しめられたんだ。
俺には束音を責め立てる権利すらあるだろう。
……そうだ。今の丹羽さんとの関係を利用しよう。
束音を「ざまぁ見ろ」と後悔させることくらいはできるんじゃないか?
腹黒い……?
上等だ。それだって丹羽さんとの共通点になる。
「すまん、果乃。俺、これから急いで帰らないといけない」
「えっ、ええっ……!?」
困惑する丹羽さんを置いて、下駄箱へと急ぐ。
ふと、最後に見えた丹羽さんの顔は、少しだけ面白かった。
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