第6話

 そこで見たものは表現しがたい。

 まるで、キャンパスに彩られた絵画のような美しさを垣間見た。


 ――たん

 俺の名前を呼んだ相手。

 近くで顔を見るのは久しぶりだ。

 まさか俺も目を奪われるとは思わなかった。


 以前、周太の目はふしあなだと思っていたが、俺が間違っていたかもしれない。

 きっと俺の心がバラバラで、不安が沈殿しているような状態だから、美化されているだけだろう。

 俺の固い信念が邪魔をする。


 綺麗な絵画を見て、どうして感動できないのか。

 美しい音色を聴いて、どうして疑うのだろうか。

 よどみのない声は、去年聴いた音色と同じだった。


 同じクラスなのに、ギャルグループの会話なんて興味がなくて、声すら久しぶりに聞いたのだ。

 今も、こんなに丁寧な言葉遣いができたのか。

 俺は即座にポーカーフェイスを作って、彼女に向き合った。


「あぁ丹羽さん……俺に何かな? あ、待て……もしかして告白か?」


 勉強に集中していながら、頭のすみにおいていた思い当たること。

 丹羽さんといえば、学年一位を仮の彼氏にするらしいと、周太が言っていたことを思い出す。

 咄嗟に口に出してしまった。

 それほどに、俺は無心に近かった。


「え、どうして知っているんですか?」


 丹羽さんは、きょとんとした顔で驚いた。

 そういう反応をされるとは、思っていなかった。

 流石に先走り過ぎたか。

 少し反省して説明する。


「周太……同じクラスの如月に、そんな事を言ったんだろ」

「それは、はい。そうですね」

「あっ、周太がペラペラ話したんじゃなくて、俺が無理に訊きだしたんだ。そこは悪いな」


 実際には周太が全面的に悪い。

 ただ成績のことに同情してフォローした。

 丹羽さんの前で、愚痴のような物言いをしたくなかったのかもしれないが。

 ……なんだかぼーっとした頭で話してしまう。


「それは、はい。如月くんにしか言ってなかったので、そうですよね。ああっ、恥ずかしー……ですね」


 喋りながら急に顔が真っ赤になる丹羽さん。

 そのまま彼女は手で顔をおおった。

 俺が知っている丹羽果乃じゃない。


 俺が彼女に興味を抱いていなかったので当然の話なのだが、だからって違い過ぎる。

 意外な一面の発見に、少し……心の穴が何かで埋まったような感覚を覚える。


「まあ、落ち着けって。丹羽さんのタイミングを無視して話切り出して悪かったよ」

「いっ、いえ。神田くんは悪くないです。それで、この状態でとてもしにくいことなんですけど、付き合っていただけませんか?」


 最後の一言だけは真剣な声色だった。

 紫色の瞳が俺の目を覗く。

 なんか、丹羽さん喋りやすいな。


「悪い、今日はダメだ」

「へ?」


 丹羽さんはきょとんとした顔で俺を見つめる。

 喋りやすいついでに、冗談を混ぜてみた。

 ちょっと馴れ馴れしかったかな。

 この子は束音じゃないのに、俺もどうかしている。


「明日の午後なら、時間はあるんだけどな」

「お付き合いは、交際を意味しています!」


 今度は力強く廊下に響き渡る声。

 丹羽さんのこんな声は初めて聞た。

 彼女の顔は、声は、とても新鮮なものだった。


「如月くんから話訊いたんじゃなかったんですか? 告白の流れでしたよね!」

「悪い。そんな怒るとは思わなかった。でも、周太から仮の彼氏だって訊いているぞ」


 俺だって、丹羽さんの告白というものが真剣だったら真剣に話を聞いた。


 だけど違うだろう?

 相手を勘違いさせるようなことをしてほしくない。

 なんだが、手のかかり方は、束音に接するようだ。

 こんな時さえ、どうしようもないな、俺は。


「あと、大声出して大丈夫だったのか? 誰かに聴こえただろ、多分」

「それは……一大事ですね。ちょっと来てください」


 丹羽さんは左右に人がいないことを、見渡す。

 確認し終えると俺の制服のすそを掴み走り出した。

 教室の方向とは逆側。

 学校に幾つかある階段の一つ。

 あまり使われない階段を上がり、踊り場に着いた。


「では、もう一度真剣に話しましょう」


 体制を立て直し、再び丹羽果乃は話し出す。

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