第5話
――ああ、この日がきてしまった。
遂に、勝負の時。
俺と束音、ついでに周太が集まり卓を囲む。
――成績順位を見せ合う時がきたのだ。
昔は全員の成績が廊下に張り出されていたらしい。
だが、今は自分の成績まとめと学年及びクラス内順位が示された紙が一枚渡される。
成績自体は学内ホームページからも発表される。
が、順位を一斉に見せる方が性に合っていた。
まだ見ていないその紙が裏返しのまま机の上に。
束音との最後の勝負、最後の時間。
名残惜しくて仕方ない。
紙がひっくり返されると同時に、すべてがひっくり返ってくれないかと願った。
もぅ耐えきれない……。
それなのに、束音はいつだって止まらない。
「せーのっ」
束音の一言で各々の紙はひっくり返された。
俺の成績は……学年及びクラス内どちらも1位。
そして、横に見えた束音の成績はどちらも2位だった。
……勝った。
はははっ、何が嬉しいのかわからない。
けど、とにかく勝ったのだ。
そんな事実だけが俺の中でいっぱいになる。
「うっそ!」
「この勝負俺の勝ちだ!」
二の句が継げない様子の束音。
彼女を見て俺の気分は更に良くなった。
何か、高揚のベクトルがおかしい気がする。
1位になったらなんかなかったっけ?
……忘れた。
「ちょっと待って、2点差!」
「たとえ1点差であっても、勝負は俺の勝ちだなぁ」
「悔しい!」
束音が唇を噛んで、悔いの念を表現する。
実際惜しかった訳だし、気持ちはわかる。
でも、そんな束音の顔が俺の心を
――
やっぱり俺は、束音のこと好きだったのだ。
……初恋にて失恋の瞬間だった。
気を紛らわすために、横にいる周太に目を向ける。
こいつの気持ちなんて、束音以上にわからない。
周太は関係ないし、俺1位だし、わかるはずない。
魂が抜けたかのように口をあんぐりと開けた周太。
視線に気付いたのか、次には文句を言い始める。
「ほらー、やっぱり二人強すぎだろ。今までの試験で手を抜いていたってことだし、卑怯だ」
周太の順位は学年で31位、クラス内で9位。
悪くない成績なのだが、俺達には到底届かない。
点数にして50点差あれば、学年全体では高順位。
でも、俺や束音からしたら低い部類になる。
俺は、前回の試験でさえ20位以内だ。
恐らく本気を出さなくても多分周太には負けない。
だから、手を抜いていたと訴えられても困る。
「あ、周太はパシリ券一枚ね。期限は永久」
「今すぐ朱印押して持ってきて」
「人でなし共がぁ!」
周太は逃げ帰ってしまった。
まあ、朱印付きだとすぐには用意できないだろうし、後日でいいか。
……そうだ。俺が勝ったのだから、束音にも賭け金を支払って頂こう。
「それで、束音の好きな人を教えてもらえるんだっけか?」
「あー、うん。でも、今は恥ずかしいから帰り道でいい?」
「いいよ。じゃあ、帰ろうか。あ、俺ちょっとトイレ行く」
「わかった。先に下駄箱で待っているね」
近くの男子トイレは階段とは逆にあったため、教室で一旦別れた。
束音は、照れ臭そうな顔をして逃げるように早歩きで行ってしまった。
自分の好きな人の話をするのだし、それは顔も赤くなるか。
「……………………」
彼氏が出来たら、一緒に下校もしなくなるだろうし、寂しくなるなぁ。
束音の好きな相手というのが、俺だったら良かったのに……。
メーテルリンクの青い鳥を思い出す。
近くにある幸せには、気付けないんだったか。
束音は、俺の身近な幸福だったようだ。
幼馴染だから……そんなハリボテの根拠でずっと一緒だと思っていた。
「はぁ……ばかばかしいな」
今すぐ消えてしまいたい。
束音から相手を訊くのが酷く怖い。
勝負に勝って気分が良かった筈なのに。
……人生ままならねぇよ。
俺は束音の好きな人が誰なのか、何人か候補を頭に浮かべながらトイレを済ませた。
「全員、死ね」
打ち込んでいるスポーツに集中したいという理由で元から彼女がいないイケメン。
最近彼女と別れたというイケメン。
――全員、気に喰わない。
イケメンでいいなら、俺でも良かったはずだ。
自称するのはおこがましいとわかっている。
けど、そう噂されたことを訊いたことがあったので謎の自信があった。
束音は清濁併せ吞むような性格だから、どんなクズでも受け入れてしまうだろう。
怖いなぁ。
実際に裏があるイケメンだっている。
俺が知らないとなると、やはり束音が男を顔で選んでいそうなのが心配だ。
明確に名前が判明しないのは、そいつの人徳とカーストがあるからだろう。
カーストはちょっとしたことで変わらないしな。
「ぐぅぅぅ~~~~~っ! あぁ~~~ッッ!!」
握りこぶしを作り、やるせない気持ちを壁にぶつけた。
洗面所に写る俺の顔は、あまりにも惨めだ。
束音から話を訊いた時点で何か対策を講じていれば、現状は変えられたのではないのか?
俺だって元から成績優秀で容姿も悪くない。
学年全体で協力者を募れたかもしれない。
そうすれば、束音の気持ちを変えられるだけの行動が起こせた……筈なのだ。
そうでなくては、俺の心がもう持ちそうにない。
――会いたくないなぁ。
――知りたくないなぁ。
――辛い……なぁ。
廊下に出ると同時に帰ろうと足を早めた時、横から声をかけられた。
「あの、神田くん。ちょっと、いいですか?」
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