第4話

 二週間、馬鹿みたいに勉強した。

 うーむ、やっぱり訂正。真面目に勉強した。


 その結果好成績を残せるのなら、それは「馬鹿みたい」から「真面目に」へクラスチェンジしてもいいだろう。


 それだけの手応えはしっかりあった。

 ――と、思う。


 間違いなく好成績であることは確信を得ている。

 後は、束音との勝負に勝つだけだ。

 試験期間最終日、全科目を終えると同時――。


 確かな出来を感じた俺は興奮していた。

 ミスが一切見つからないのは、中学生以来。

 クラス内は当然のごとけんそうに満ちている。


「朋瀬、どうだった? この勝負は頂いちゃうかもね」

「言っていろ。勝負は最後までわからない」


 近付いてきた束音に、俺は自信を示さない。

 威勢が良い分……後々負けた時に色々煽られる事を知っているからだ。


 だが、勝負の後のことなんて気にしない。

 ただ束音を侮ってはいけないと本能が言っている。

 いつだって予想の上を競争してきた仲だ。


 ――ちくしょう。


 そんな日々も、これで最後になるのかな。

 束音はこれから遠くの存在になってしまうだろう。

 こんな楽しかった日々は、本当にこれで終わりか?


 大げさに感じるのは、何故だろう。

 2週間勉強漬けだったからかな。

 目をそらしてきた分の反動かもしれない。

 ずっと心の穴は広がらず閉じずの停滞状態だった。


 いつもは束音の方こそ自信の程を装ってきた。

 酷い時は、点数半分くらい取れたと言いながら……実際に9割の成績だった事もある。


 それが、今回自信に溢れている。

 最早勝てる確信があるとしか思えない言動。

 冷や汗が出てきそうになる。


「束音、朋瀬と試験で勝負しているんだって? 何賭けてんの?」


 張り合う俺達の間に後ろから声をかけられた。

 試験終わって早々トイレに逃げた周太だ。

 雰囲気を台無しにされたのが不服だったのか、束音は顔をしかめて一言呟いた。


「秘密ぅ。足りない脳みそで考えな?」

「いいじゃん、俺も混ぜてよ」

「はあ? しつこいんですけど! デリカシーないわー。だからフラれるんじゃない?」


 何をムキになっているのかわからない。

 俺の前で険悪なムードはやめてほしい。


 ただでさえ俺の心はズタボロで。

 なのに、グループまでギスギスとか勘弁してほしい。


 こんな時ちゅうさいしてくれるもう一人の親友は何処だ?

 いつも以上に気が立っている束音も問題だが、あいつがいない方が問題かもしれない。


「……当たり強くない? 悪かったよぉ」


 しかし、すぐに周太が折れてくれた。

 胡散臭いしょんぼり顔を見せている。


「ところで、何故に俺が振られたって知っているのか教えてくんね?」

「周太くん、目撃されていたみたいね。女子の中じゃ、もう噂広がっている」


 束音がスマホの画面を見せてくる。

 SNSで繋がったクラスの女子らしき面々の鍵垢。

 そこには写真が添付され呟かれていた。


「おいおい、勘弁してくれよ……」


 どうやら告白を誰かに見られていたらしい。

 写真に写る顔の部分はスタンプで隠されていた。


 だが、はみ出て隠しきれていない青っぽい毛先から呟きの『Tさん』は確実に丹羽さんだし、『同じクラスメイトのK氏』は俺か周太の二択しかいない。

 残りカ行のクラスメイトは女子しかいない為だ。


 さり気なく、俺も巻き込まれてやがる。

 リプライ欄での推測には俺の名前も挙がっていた。

 ……こいつら、マジで誰だよ。


 なんて思ったら、束音自身もそのツイートにリプライを送っていることが見えた。

 ――お前もか、ブルータス。


 内容はこれが周太であることを説明していた。

 だが確かにこれを周太に見られたら困るだろう。

 俺はもういいと手のひらで画面を覆った。


 呟きの日、俺は束音と共にいたからな。

 消去法で割り出せられたんだろう。

 見た瞬間、周太は頭を抱えてしまった。


「会話までは聴かれてないみたいじゃないか。良かったな」

「良くねぇ。これで俺が本当に丹羽さんと付き合ったら、どういう風に見られると思うよ」


 諦められず強く情熱的に告白し直すと惚れました。

 ……なんて美談にはならないだろうな。

 こいつの末路は一つにしぼれないが――。


「脅迫した、かな?」

「だろぉ? 絶対俺さらされるじゃん。こえぇよぉー……」


 そんなにメンタル弱くないだろ、お前。

 というか、もう晒されてはいるし。

 まあこれ以上火の粉がかかるのは確かに嫌だろう。


 どの道、自分でいた種だろう。

 これっぽっちも同情しない。

 だが肩身の狭くなっている周太に、俺は慰めの言葉を伝える。


「心配しなくても、周太が一位はないよ。国語の漢字問題間違えるくらいだし」

「え、本気?」

「本当だよ。『務める』を『勤める』と間違えていた」


 問題用紙の裏にそれぞれ書いて見せた。

 席の後ろから回されてきた回答用紙を見て、すぐに気が付いたのだ。


 中学生のうちに克服すべき部分で躓いているのだ。

 自覚のないミスが多く散乱しているのだろう。


「ちくしょう!」

「ドンマイ」

「そもそも、釣り合いが取れないでしょ。一回振られているのに、諦めてないの?」


 おおう、今日の束音は生きが良い。

 ……少し怖いくらいだ。

 しかし、強く拳を握った周太は、そんなとうが耳に入らなかったかのように言い返した。


「束音は知らないだろうが、そんな機会があるんだなー。知りたいか?」


 周太は開き直って勿体ぶるように訊いてください、と言わんばかりに挑発する。

 対する束音は顔色一つ変えず、スマホをいじり始めた。


「興味ない。あ、この写真の男の子、周太くんってSNSで言っていい? 朋瀬巻き込みたくないし」

「ヤメテクダサイ、ナンデモシマスカラ」


 もう既に言っているのに、煽るのが得意だなぁ。

 今の言葉から、まだ断定されていないと察したか。


 なんて腹黒いのかときもが冷えた。

 希望を持たせているが、既に手遅れなのに。

 でもまあ束音のツイート以外は割り出せていない。

 それが逆に効果的になってしまったようだ。


 どうやら、束音はいつも以上にお怒りらしい。

 本当になんで?

 俺の氷解しない心の沼とは真逆で、束音は落ち着いた顔に切り替わる。


「また賭けずして、勝ってしまったか……」

「束音、周太を虐めてやるなよ。可哀想だし、勝負に混ぜようぜ」


 瞬間、周太の顔が真っ青になったのがわかる。

 さっき自分で望んだくせに、弱いなぁ。


 調子のいい束音を相手にしたのは災難だったな。

 俺は、慈悲から自信を取り戻してやるために、チャンスを与えなければと思った。


「良いかよく訊け、周太。この勝負に勝てば、束音にギャフンと言わせることができる。ついでに俺もギャフンと言う」

「待って、束音に成績で勝ったことないよ」

「何自信無くしているんだよ。一位取るより簡単だろ」

「それは確かにそうだ」


 一瞬で開き直った……単純か?

 このまま話に乗ってくれるかは交渉スキルによる。

 俺の中では、周太に負けること考えられない。

 ……流石にな。


「まあ、なんだ。俺が負けたら、何でも一つ言うこと訊く権利をあげよう」


 譲歩という名の美味しい人参を与えてやろう。

 自信を取り戻した周太なら、まず引っかかる。

 その可能性は、続く束音の言葉で跳ね上がった。


「うーん、私も朋瀬と同じでいいよ。セクハラしたら訴えるけどね」

「何でもじゃねぇじゃん……っていうか、好きな人教える方が楽じゃないのか?」


 限定的にしないと、もしもの時危ないだろう。

 自信があっても、気を抜き過ぎると心配になる。

 それでも、束音はドライに答えた。


「だってこいつ口軽そうじゃん」

「はは、そうだな」

「二人して、勝った気になっているけど、俺が負けたらどうなる?」

「一回パシリ券で手を打とう」

「私もそれでいいよ」

「まあ、そのくらいなら勝負を受けようじゃないか。ギャフンと言わせてやるよ」


 強気になった周太に、俺達は最後までニコニコ笑顔を崩さなかった。

 一匹カモが釣れたようだ。


「ああ、納得してくれたみたいで何よりだ」


 束音の告白は防ぎようがなさそうだ。

 故に告白する予定についてまでは口をつぐむ。

 俺に口を出す権利なんてない。


 ――ああ、もう少しで束音が離れてしまうのか。

 ……どうして、束音のことが頭から離れないのだろう。

 素直に祝福してやれそうにない。

 そんな自分が、とても汚く思えた。

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