第15羽 シマトネリコの木
その次の瞬間、星ヶ丘町の十字交差点の中心で僕の超変の肉体は弾けた。
拳に生えた翼の羽根がバラバラに抜け落ちる。
肉体は手足から順次無数の白い繭となり季節はずれの雪のように地上に降り注ぐ。
最後には詰まっているのかもわからない脳味噌までが繭に変わり果てた。
その雪に混じって翼をもがれた僕は生まれたままの姿でマシュマロのようなふかふかの繭の上に自由落下した。
見えない糸に引かれるように。
もう二度とはぐれないように着床した。
そんな僕の下に暗くてよく見えないが、おそらくは西の交差点からクロクロウに跨がったダイアが駆けて寄ってきたのだと思う。
「トウタ! 生きてっか!」
ダイアはバイクを豪快に乗り捨てたのち、繭の山を登って僕の元へと来た気がする。
来た気がするという確証の持てない変な言い回しになっているのはダイアの声が近くから聞こえはするものの、真っ暗ではっきりと見えないのだ。
目蓋を開けているはずなのにおかしいよね。
「心配かけやがって。元気そうじゃねえか」
ダイアは言った。
「トウタ、7年前のこと思い出したぜ」
「……7年前」
といったら僕らが7歳の頃だ。
「ああ。俺たちがガキの頃に二人で描いた漫画があったろ? 憶えてっか?」
「あーなんかあったね。たしか夏鬼山で拾ったノートに描いたんだっけ?」
僕は回顧するように言った。
「僕が原作でダイアが原画担当だったよね」
「ああ」
えっとその漫画のタイトルは何だったっけな。
僕が思い出せずにいるとダイアは呟いた。
「超完全変態テラアース」
「そうだ……それ。テラアース」
どうして今まで忘れてたんだろ。
すると、芋づる式に超完全変態テラアースの概要を思い出してきた。
「作画ダイアモン。原作トウタマン」
「ずいぶんと懐かしいペンネームを……」
ダイアは照れたように言ったが、構わず僕は続ける。
「ある日、地球を襲ってきた巨大な宇宙人を倒してその場にいた二人の幼馴染みそれぞれ特殊能力を植え付けられるんだよね。ひとりは人心掌握するゼノウの右手と貨幣通貨と物をその場で交換できる虚力。そしてもうひとりのほうは洗脳解呪のセクトの反手をそれぞれ手に入れるんだよね」
って、あれ?
自分で言ってて気づいたけど、まさに今の状況そのまんまじゃないか。
その次の瞬間、シュービラビラ! と、チラシが風に吹かれるような音がした。
かと思えば、ダイアが叫ぶ。
「なんだ! この気持ち悪りい紙はよ!」
「紙……まさか!」
あのカタシロは半分に破ってもなお動けたのか。
僕がそう気づいたときには僕の左手に白蛇のように巻き付かれる感覚があった。
そしてギュルンと突き刺すような痛みが皮膚を貫いて体内に侵入する感触があった。
痛みは一瞬だった。
そこではじめて気づいたが僕の左手にカチャリと慣れない感触があった。
力を込めれば割れてしまいそうな……おそらくこれは眼鏡だろう。
すると、同時に隣からダイアの抵抗する声も聞こえる。
おそらくカタシロの半身ずつが、僕とダイアをそれぞれ襲ったのだろう。
「クソが! この馬鹿野郎が!」
続いて、パチンパチンと蚊を叩くような高い音が響いた。
「やっと捕まえたぜ。手こずらせやがって」
ダイアは汗ばんだ声で呟いてからガサゴソと衣擦れの音をさせたのち、ジジィカチッというセミの断末魔のような独特の摩擦音が何度か聞こえた。
「この生意気な紙小僧、ライターで炙ってやるぜ」
「え? なんでライターなんて持ってるのさ?」
「拾った」
「ロールプレイングゲームのごとく拾うね、きみは」
昔からダイアは誰かが捨てた物を遊び道具に変えてしまう。
捨てる神あれば拾う神ありの天才なのだ。
メラメラジュワッと火炙りの刑のようにカタシロの半身は足下から火が昇っていっていることだろう。
僕がどこか胸騒ぎを覚えていると、それは的中した。
突如、ダイアは呻き声を上げた。
「――チッ! 灰が右目に入りやがった!」
ダイアは舌打ちしてから、
「あーあ」
と、口を開けて唸っていた。
おそらく上昇気流に乗った灰が右目に入り染みたのだろう。
あるいは人間は肺呼吸をするため空気中に紛れた灰を呼吸器官が吸い込んでしまったのかもしれない。
あたりが暗くてよく見えないが。
いずれにせよ、僕たちはそれぞれカタシロを体内に取り込んでしまったわけだ。
これがもし逆だったらこれから先に起こる悲劇は避けられたのかもしれない。
いや、結局は同じ運命を辿ったのだろう。
僕たちは同時に理解した。
この能力をどう使うべきかを。
そして、もうふたり一緒にはいられないのだということも。
「たしかそのテラアースの漫画はダイアと一緒にシマリスネコの木の下に埋めたんだっけ? あのカブトムシとクワガタが何百匹も集まる」
「正しくはシマトネリコの木だ」
文字数は合ってるからよくないか?
……まあ、よくないか。
「で、けっきょく最後どうなったっけ?」
「俺とおまえが方向性の違いで喧嘩して未完だったはずだ」
「そうだっけ? 喧嘩しすぎて憶えていないね」
「テラアースが白衣の骸骨天使を倒して世界を救って能力を得るところまで描いたはずだぜ。そしてテラアースの一話を脱稿したあと、あの白いノートがヤバいことに気づいたんだ」
そうだそうだ。
僕も思い出した。
「たしかあの白いノートをめくってもめくっても終わりのページが存在しないことに気づいて怖くなった僕たちはイリオモテヤマネコの木の根元に埋めて封印したんだよね」
「シマトネリコの木だっつの」
それはまるでパルプフィクションみたいで、お伽噺のような子供の頃の思い出話だった。
僕は繭の山に寝そべり重力の働く向きとは逆向き、つまり仰向けになって夜空を見上げた。
「ダイア、今日は星が出てないね」
「なに言ってんだ?」
ダイアも夜空を見上げたのだろう――一拍開けてから答えた。
「満天の星だぜ」
「あ……れ?」
ここで初めて僕は気づいた。
いや、本当は気づいていたのに気づかないふりをしていたのだ。
先ほどから明言を避けていたのは確信が持てなかったからだ。
とどのつまり、現実から目を逸らさずにいえば――
僕は目が見えなくなっていた。
僕は咄嗟に右手を自身の顔の前で振ってみたが、空気の流れが鼻先に触れるだけである。
なにも見えなかった。
いつからだろう。
昔はふたり同じものを見ていたはずなのに。
今は……。
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