第14羽 カタシロ

 不測の事態。

 それは僕の翼の拳が骸骨天使の肋骨に衝突しようとした瞬間、なんとスーッとすり抜けてしまったのである。

 体重を乗せた攻撃だったので拳だけではなく、僕は体ごと白衣の骸骨天使をすり抜けるというより――すれ違ってしまった。


「テラ……ッ?」


 僕が振り返ると、骸骨天使の綺麗な頭蓋骨が見えた。

 顔の筋肉のない無表情な顔つきで白衣の骸骨天使は僕に振り向いた。


 ここまできて触れないなんてことあるのか?

 最初から勝負になっていなかったってことか?


 僕は絶望しかけたが、そこで違和感を覚える。


 触れないなら白衣の骸骨天使はなぜ骨傘で防御する必要があった?


 何か妙に引っかかる。

 それに白衣の骸骨天使は今もなぜか攻撃してこようとしない。


 というか骨が綺麗すぎないか?


 突然何を言い出すのかと思われるのかもしれないが、駄目だ。

 綺麗すぎる。

 心配しないでいただきたい。

 僕は別に洗脳されたわけではない。

 白衣の骸骨天使の白衣や白い骨が僕と戦闘したにもかかわらず綺麗すぎるのだ。


 正確には僕は左複眼を貫かれて血を噴き出したにもかかわらず、骸骨天使の


 そうだ。

 あのとき僕の血が付着していた箇所はひとつだけだ。

 それはたしか……。


 僕は白衣の骸骨天使にぐいっと接近すると、その新品のガードレールのような顔に目と鼻の先まで近付いた。

 それから肉の付いてないすべすべのなめらかな色白の顔にゆっくり手を伸ばした。

 白衣の骸骨天使は抵抗するように僕の腕を掴もうとするが、僕は無視する。

 大丈夫。

 心を強く持て。

 僕は自分に言い聞かせると白衣の骸骨天使の手は僕をすり抜けた。

 やはり何も起こらない。


 こちらが触れないということは向こうも触れないということ。


 僕はそのまま白衣の骸骨天使の眼鏡にカチャリと触れた。

 触れることができた。

 まさか眼鏡が本体というオチではあるまいな。

 とか思いつつ、ついでに僕はその眼鏡を奪う――というと人聞きが悪いので、拝借した。


 視力2・0の僕は眼鏡をかけると、そこはまったくの別世界が広がっていた。


 一言で言えば見えすぎる。

 明らかに情報過多だ。

 ここが同じ地球とは思えない。

 いち水素原子までがくっきりと見える。

 他にもWi-Fiの電波や放射線や菌やウイルスやニュートリノなどであふれかえっていた。

 すべてが可視化された世界。

 写真には写らないほとんどのものが写っていた。

 夜であるはずなのに白夜のようにどこまでも見える。

 それは地球の裏側のブラジルまで透けて見えてしまうほどだ。

 向こうの今は昼前らしく紫外線の雨が噴水のように降り注いでいた。

 地殻やマントルなどの境界に当たるモホロビチッチ不連続面や内核なども視認できた。

 打って変わってどこを見渡しても白衣の骸骨天使の姿は見当たらない。

 僕は入念に白衣の骸骨天使が立っていた座標をくまなく探した。

 そしてついに気になる物体を発見したものの、しかしそれは白衣の骸骨天使とは似ても似つかないものだった。


 一言でいえばペラいちの紙である。


 人型を保ってはいるがカタシロのような体長20センチほどのただの紙だ。

 そのカタシロはクリオネのようにヒラヒラと浮いていた。


 まさかこれが本体なのか?


 そりゃ攻撃が当たらないわけだ。

 妖精というにあまりにも薄くて妖精の翅と呼んだほうが正確だろう。

 つまり白衣の骸骨天使はまったくの張りぼてで幻覚だったのか。

 だとすれば僕の目が貫かれたのはいったい何だったのか?


 今ならなんとなくわかる。

 それはたぶん僕が傘の石突きで目を貫かれてダメージを負った――と、僕がそう思い込んだからだ。


 かの有名なこういう実験がある。

 とある実験対象者に赤く熱せられた火箸を見せたあとに目隠しをする。

 その後熱せられた火箸とひんやり冷たい火箸とを入れ替えてから冷たい火箸を対象者の首筋に当てる。すると驚くべきことに対象者の首筋には火傷の症状が現れたのだという。

 プラシーボ効果と認知バイアス。

 経験からくる受け取り側の問題。

 思い込みはときに驚くべき成果をもたらす。

 ブレインウォッシュ光線によって人を操っての攻撃が多かったのもそれが理由か。

 自らは直接手を下せなかったのだ。

 敵ながら小賢しいことを。


 僕はカタシロの肩を摘まんで進路調査のプリントのようにビリビリと真っ二つに破る。

 あっけない幕切れだった。

 僕は顔を上げて改めて町を見渡した。

 それはきっと眼鏡をかけたせいなのだろう。

 超変する前よりも僕の町が小さく見えたのは。

 こんなにも小さな町に僕はいたのだ。

 そしてそれが僕が見た最後の町になろうとは思いもしなかった。

 すると町の中をダイヤモンドのようなキラキラとした輝きが走り抜けてこちらに迫っていた。


 ダイアだ。


 そして、それが僕が親友を見た最後であり、本当の地獄の始まりはこれからだった。

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