第13羽 あああぁぁぁあああっぁあああああああああああああああぁぁぁっっっっっぁああ!

 続けて、追い打ちをかけるように六体の白衣の骸骨天使は閉じた骨傘を四方八方から合わせ鏡のように突いた。


 どれが本物なのかわからない。


 そしてそのうちの一本の骨傘の石突きが僕の抱きかかえて支えていた高層ビルの上層部のフロアを貫通した。

 そのまま僕の左複眼を貫いた。

 高層ビルと僕の左複眼が串刺しになった状態である。

 それは想像を絶する痛みだった。

 未だかつて人生で味わったことのない暴力だった。


「テラララアアアア!」


 骨傘が引き抜かれようとすると僕は左複眼を石突きで貫かれているので、顔面ごと引っ張られる。結局、高層ビルに引っかかって串焼きのウズラの卵を外すようにズリュッと左複眼が引き抜かれた。

 その次の瞬間、僕の左眼窩から目に痛いほど真っ赤な血液が大量に噴き出す。高層ビルの骨傘の貫通した穴の反対側から血潮が吹いた。

 血の雨が降りしきるなか白衣の骸骨天使は骨傘を差して静観していた。

 骨傘の透明なシールドを血が滑り露先から伝って血がポタポタと落ちた。

 高層ビルを真っ赤に塗装すると、僕はその場に跪いて高層ビルの上層部がだんだんとずり落ちてくる。

 そしてついには支えきれなくなったビルの上層部が僕に向かって倒れると、僕は下敷きとなって押し潰されてしまった。


「……テ……ラ」


 完全に沈黙してしまう僕。

 情けないが僕の心も一緒に潰れてしまった。

 だいたいどうせ勝てるわけがなかった。

 こんなたまたま降って湧いた力を得ても実体は伴わない。

 僕の実力ではない。負けたってしょうがない。倒れたってしょうがない。子供だからしょうがない。どうせ何やったってしょうがない。

 僕は諦めるのには慣れている。

 諦めの達人なんだ。


 地面に這いつくばってビルの下敷きになった僕は血の涙を流しながら顔に泥をつける。

 すごく惨めだ。

 そんな僕の目の前に一輪の名も知らぬ花が超然と咲いていた。


 素直に綺麗だなと思えた。


 するとどこからか声が聞こえてきた。

 まさか花が喋るわけがない。

 音の発生源を辿ると、それはタクシーの後部座席の広告モニターから流れていた。日本中から僕宛ての応援メッセージが届いていた。誰かがSNSで僕がボコボコにやられている動画をアップしたのだろう。またたく間に日本中、いや世界中に拡散されたのだ。


「負けるな!」

「がんばれ!」

「立ち上がれ!」


 求めることに夢中でそのくせ何も生み出せなかったあの頃の僕とはもうおさらばしよう。

 だって、まだベストを尽くしていない。

 まだ終わってない。

 まだ何も成し遂げていない。

 まだ僕に助けを求める人がいる。

 まだ僕を必要としている人がいる。

 ならば、立ち上がらなければならない。

 まだ僕にできることはあるというのならば。


 立て!

 立ち上がれ! 


 たとえ翼が折れても心は折れない。

 どんな絶望が世界を覆い尽くそうとも何度だって立ち上がる。

 透明人間のように何者でもなかった僕を世界が呼んでいる。

 世界はいつまでも変わらないと思っていた。

 僕は応援を糧に仰向けのまま倒壊したビルに力を込める。

 すべて幻聴かもしれないがいくらか誹謗中傷も混じっていたので逆に本当っぽいなとも思う。

 だけど空耳でも別に構わない。

 だってダイアが背中を押してくれた。

 それだけでいい。充分だ。


 いつもどうせしょうがないって諦めていた。

 でも、だけどそうじゃない。

 全部、僕なんだ。

 全部、僕しだいなんだ。


「テッ……ラァ!」


 生き埋めにされていた僕は高層ビルの両サイドから圧力を加えて打ち砕くと立ち上がった。

 砂埃が舞うなか、六体の白衣の骸骨天使と対峙する。

 隻眼となり視野が半分になってしまったが、どうせ幻覚を見るのだからちょうどいい。

 僕は透明刀ニジノシンキロウを地面から引き抜くと逆手に構えた。

 六体が六体ともにじり寄ってきて斬った張ったの大立ち回りを演じるも、まったくといっていいほど手応えがない。

 どれが本物だ。

 その中でひとりだけ違和感のある個体がいた。

 その白衣の骸骨天使は血の付着した眼鏡のレンズを白衣の裾で拭おうとしていたのだ。

 僕はすぐさまピンときてその白衣の骸骨天使に斬りかかった。

 その骸骨天使の喉仏に迫ったニジノシンキロウは肉薄して刃に捉えたはずだった。

 少なくとも僕の目にはそう映った。

 片目だけなのでが遠近感しっくりきていないだけなのかもしれない。

 僕の一刀は間一髪で避けられてしまっていたようで、骸骨天使は上体を後ろに反らして僕の水平斬りをかわした。


 しかし僕が優勢なことにはポジションには変わりない。

 僕はそこを見逃さず上体を反らした白衣の骸骨天使の胸骨にニジノシンキロウを突き立てようとした――まさにその瞬間、僕の肩甲骨に激痛が走った。

 

 痛い痛い痛い。

 イタいイタいイタい。


 なんだ、これは。

 そこで僕はハタと気づく。

 この痛みは肩甲骨からじゃない。


 これは……翅だ。


 僕は背中を後ろ目で見ると片翅の翅脈に血が昇っていた。

 みるみるうちに浸食されて蝕まれてブラッドシフトしていた。


 嘘だろ?

 ここまできて時間切れ?

 僕はもう翔べないのか?


 白衣の骸骨天使はその一瞬を見逃さず攻勢に転じるとシュバッと骨傘を開いて、風圧とともに僕を吹っ飛ばした。

 その際にニジノシンキロウも吹っ飛ばされて、ブンブンと8の字を描きながら空を舞ったのち夏鬼山に突き刺さってしまう。


 しかし僕はそれどころではない。

 駄目だ。

 苦しい。

 息ができない。


 僕は膝を突きながら自身ののどを押さえる。

 行ったことはないけどまるで宇宙にいるようだ。

 深海に沈んでいくような浮遊感に包まれていた。

 横腹の気門からコポコポと空気が漏れている。

 まさか地球で溺れることになるとは僕も嫌われたものだ。

 無酸素状態アノキシアでは、もってあと一分が限界だろう。

 僕は立ち上がった白衣の骸骨天使に向き直る。

 そして意識を集中させて初めて覚悟した。


 相手を倒すということを。

 殺すということを。

 命を奪うということを。

 生きているのかもわからないガイコツだけど。


 すると突如、今まで閉じていた翅がリンリンと羽ばたきだした。

 桜の花びらとともに白い鱗粉が舞って僕の左拳に集中する。

 そしてなんとその鱗粉は左拳の甲に翼を生やした。

 僕は白衣の骸骨天使の眼鏡の奥を見据えて宣言する。



(ごめん。僕がきみを淘汰とうたする)



 それから僕は地球を踏みしめながら接近した。

 白衣の骸骨天使は骨傘を開いて応戦した。

 僕はかまわずありったけの力を翼の拳に込めて、右足いっぱい地球に踏み込んだ。

 そして重い一撃を突き出した。


「テラァ!」


 翼の拳は骨傘の透明なシールドと激しくぶつかった。ファッと白い羽根が舞い散ると、無敵のシールドが激しく波打ち光の屈折を起こした。

 花びらのような波紋が同心円状に広がる。


(あああぁぁぁあああっぁあああああああああああああああぁぁぁっっっっっぁああ!)


 僕は心のかぎり叫んでいた。

 息の仕方も忘れるほどに。

 この一撃でくたばってもいい。

 もうどこにもけなくてもいい。


 ――死んでも、いい!


 神経がブチブチと断ち切れていく。

 感覚が無くなり世界との繋がりが消える。

 結ばれた縁が切れる。

 いやだ。

 やっぱり死ぬのは怖い。

 死にたくない。


 命が惜しい。命が惜しい。命が惜しい。


 往生際が悪くて、何が悪い?

 死んで花実が咲くものか。

 破れかぶれの僕の左ストレートと激突した傘の骨がボキベキと不穏な音を立て始めた。

 さらに僕の拳の翼が羽ばたきを強めると、透明なシールドにヒビが入った。


 ――刹那、バリン!


 と、シールドは叩き割れた。

 それを支えていた傘の骨もボキッとへし折れて骨折してしまった。

 その勢いのまま、僕は白衣の骸骨天使の空の胸部へと翼の拳を振りかざした。

 しかし、そこでまさかの不測の事態が起こった。

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