第9羽 繭
天の川教会の敷地内を抜けて、ちょうどバイク一台分が開け放たれていた正門を通る。そのまま桜並木を走行した。
僕はダイアの痩せたおなかに手を回しながら必死にしがみついている。ちゃんと食べているのか心配になる。
「ダイア、どこに向かってるの?」
「いいか。トウタ、おまえはごちゃごちゃいっぱい考えすぎだ」
ダイアは僕の質問には答えずにそんなことを言った。
ははーん、さては見切り発車しているな?
「だからよ、嫌なら嫌でいいんだ。なんか言われたら一言こう言ってやれ。『うるせえ』ってな」
「ねえ、ダイア」
「なんだ?」
「うるせえ」
僕はためしに言ってみた。
「かはは。その調子だ」
そう笑い飛ばしてダイアは急カーブに差しかかり車体を傾けながら地面すれすれを走行した。
もうちょっとで僕のこめかみが鰹節のように削られるところだった。
というかヘルメットの側頭部は削られていた。
ともあれ、ダイアもどこに向かうか考え中らしい。この星ヶ丘町を出るのかもしれない。
とそこで唐突に僕はとある人物の言葉が蘇った。
「――私は警告」
「あ? トウタ、なんか言ったか?」
ダイアを華麗に無視して僕は続ける。
たしか続きはこうだったはずだ。
「繭の抜け殻を探して」
「眉の抜け毛がなんだって?」
「そんなギャルみたいなこと言ってないよ」
しかし、僕は妙に引っかかっていた文言だった。
「……繭」
ふと僕は路上に視線を落とすと桜の花びらが押し花のように落ちていた。
よく目をこらせば桜の花びらに紛れて白い繭がいくつも連綿と続いているではないか。
「ダイア、道路に落ちてる繭を辿るんだ!」
「繭だぁ?」
ダイアは首をかしげてからヘッドライトに照らされた路上に墓標のように続く繭を見つめた。
それからダイアはヘンゼルとグレーテルのように延々と続く繭をバイクのタイヤで踏み潰していった。ブチブチと繭が潰れて中身の体液が弾け出る感触がバイクの車体を通して僕のお尻に伝わった。
「ダイア! 踏んじゃ駄目! 繭!」
「おお、すまん」
まるで白線だけを踏みながら下校するような感覚なのかもしれない。
「怒んなよ、トウタ。繭踏んじゃっただけじゃねえか」
「そんなネコふんじゃったみたいに言わないでよ」
「別に言ってねえよ」
そうして白い繭を辿りながら導かれるようにバイクは走ると、見覚えのある山道に出た。それは昔よく遊びに来ていた夏鬼山だった。その入り口でダイアは一時的にバイクを停車した。
白い繭は山の中へと続いていたが当然山の中に街灯などない。月光によって仄かに白い繭がてんてんとテントウムシのように光っているだけだった。
「ダイア、どうしよう。ここまで来てなんだけど……やっぱ帰ろうか?」
「本当にここまで来てなんだな!」
ダイアの言葉も当然だった。
「それに帰るつったってどこに帰るんだよ?」
「それもそうだね」
UFOを目撃してから太蚕神社に幾度となく参拝しようとしたものの、たどり着けたためしがない。加えてこんな真っ暗な樹海に入るなど自殺行為だ。
そんな夏鬼山に入る直前で僕たちは二の足を踏んでいると、白衣の骸骨天使の周囲に動きがある。星ヶ丘町全体に避難警報が発令されてあちらこちらでサイレンが鳴り響く。町全体で避難誘導がなされていた。
そして満を持してヴォーンという機械的な騒音が轟く。付近の自衛隊基地からは派遣された複数の戦闘機が骸骨天使を取り囲んでいた。僕の数えたところ全部で4機だ。
町外れの教会と星ヶ丘町の中間辺りに位置する骸骨天使。その周囲を4機の戦闘機はサメのように周回する。しかし当の骸骨天使は大きなレンズを怪しげに光らせるだけでノーリアクションだった。
すると突如、そのうちの1機が戦闘機に搭載された機関銃がバババババ! と骸骨天使の骨張った白衣の体に向けて掃射された。しかしその蛍のような弾丸はガイコツの羽織った白衣に穴も開けられない。
そうして今度は4機同時に編成を組み旋回する。足並みをそろえて骸骨天使の真正面に向かって飛行した。それから巨大な白衣を羽織った骸骨の丸眼鏡めがけて4機の戦闘機の空対空ミサイルが発射された。左右2機ずつが頭蓋骨の側頭をすり抜けて離脱したのちミサイルがものすごい勢いで眼鏡のレンズに直撃しようかした――その瞬間、フッとミサイルは眼鏡をすり抜けた。
「――ッ!?」
そのまま星ヶ丘の町にミサイルが墜ちた。そのうちのひとつが児童館近くの黄緑の球形ガスタンクに直撃してガス大爆発を起こした。
僕とダイアは生唾を飲み込んで煌々と照らされるお互いの顔を見合わせた。
ややあって、だいぶ遅れてから骸骨天使は動き出す。右手の細い指を使って眼鏡のツルを摘まんだのち、右のレンズから光線を放出した。さしもの戦闘機とはいえ光速の光線には簡単に追いつかれて照らし出された。しかし光線を浴びたからと言ってレーザーのようなものではないらしく、大爆発して木っ端微塵になるというふうでもない。見た目には何も異常は見られない。
しかし逆にそれが奇妙で恐ろしく僕の目には映った。
残念ながら僕のその悪い予感は的中した。
光線を浴びた戦闘機はブルーインパルスのように見事な編隊を組み直すと、急旋回してアクロバティックな宙返りをした。のちにそのまま加速してあろうことか地上に急降下していくではないか。そしてその4機のうちの1機が天の川教会の礼拝堂めがけて突撃した。
「めろッ……やめろ!」
僕は叫び声を上げてから戦闘機が教会に突っ込むのを最後まで見ていられずに目をそらしてしまった。目蓋の裏に大きな炎の赤が飛蚊症のようにチカチカと散っている。
認めたくはないが僕の父と母は教会と運命をともにした。
どうしようもない後悔が僕を襲う。
あのとき僕が無理にでも一緒に連れて行っていれば……。
いや、両親の信仰を否定するということは僕も両親と同じことをしていることになる。誰も信教の自由を奪うことなどできないのだ。
はたして両親はこんな最期で幸せだったのだろうか?
変わることは怖いけど変化しなければならない。
昨日の自分と今日の自分は違う自分なんだ。
変化を恐れていては進化は訪れない。
留まる水は腐り、流れる水は清い。
僕はいつまでも変わらず流れ、流され続けたい。
しかし、暗く果てしない道のりが僕たちの前に立ちはだかっていた。
「ねえ、ダイア……僕たちもうどこにも
ドッドッド、とオイルの流れる熱い鼓動を僕はダイアの背中越しに感じた。
ダイアは答える。
「ばかいえ。まだ
それからダイアは左手のアクセルをグーンと回す。クロクロウはロケットスタートして光る繭だけを頼りに真っ暗な山の中を駆け登った。
「しっかり掴まれ、かっ飛ばすぞ」
僕はダイアの痩せたおなかに回す手に力を込めた。
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