第2羽 三人目の参拝者
僕が勇気を出せずにいるとその境内にキラリと煌めくものを発見した。
なんだろう?
その物体が無性に気になった僕はいても立ってもいられずに両手を握ってから鳥居をくぐると、ダイアの横をすり抜けて階段を二段飛ばしで駆け上がった。
「おい、トウタ!?」
驚愕するダイアは僕のあとを揺れるランドセルとともに追いかける。
しかし僕は構わずに境内に入った。その参道の脇には石灯籠が対に置いてあり、僕は一直線に左の石灯籠に近付く。
とそこで僕に追いついたダイアは吐息を漏らした。
「急にどうしたってんだ?」
「しっ」
僕は薄い唇の前に人差し指を立ててダイアの口を封じさせたのち、その人差し指で石灯籠の中を差した。その先をダイアがのぞき込むと石灯籠の中にはキラキラと透明な糸がたしかな規則性を持って縦横無尽に張り巡らされている。蜘蛛の巣だ。その巣の中心には真っ白な蛾が囚われていた。
僕とダイアが息を呑んで見守っていると真っ白い蛾は翅をばたつかせた。ピンと張り詰めた蜘蛛の巣がグワングワンたわむと、それを地獄耳で聞きつけたように蜘蛛の巣の端っこのほうから細い八本足を器用に動かしながらジョロウグモが現れた。黄色と黒のまだら模様の胴体に赤い模様が入っている。
ジョロウグモは蜘蛛の巣を伝って真っ白い蛾に徐々に接近して飛びかかろうとした――まさにそのとき、僕の体は勝手に動いていた。
僕は両手で真っ白い蛾を包み込むと蜘蛛の巣から引き剥がした。即座に異常を察知したジョロウグモは蜘蛛の巣の端っこに緊急避難した。僕が手のひらを開けると真っ白い蛾の大きくつぶらな黒目がこちらを見つめていた。
「あーあ、やっちまったな」
ダイアは後頭部で両手を組みながら責めるように言った。
「これで天から蜘蛛の糸を垂らしてもらえねえぜ」
「そもそも僕は地獄行き前提なの?」
ねえ、ダイア?
何にせよ、僕はカンダタにはなれない。
「ダイアの言いたいこともわかってるけど……体が勝手に動いちゃったんだ。しょうがないよ」
人間のエゴだと僕もわかっていた。
だけど今はただ手の中の小さな生命を感じていた。
その白い蛾を見てダイアは驚いたように言う。
「何の蛾かと思えば蚕じゃねえか」
「かいこ? クビのこと?」
「それは雇用解雇だ」
「そういえば著作権切れたってね、トムとジェリー」
「急に懐古厨になるな」
ダイアはイラついたようにこめかみに青筋を立てた。
それから続ける。
「カイコは完全家畜化された昆虫だから自然界では生きられないはずだ。飛べもしないし口もないから栄養摂取もできない。野生回帰能力も皆無だ」
「じゃあどうして?」
「まあ十中八九誰かが捨てたんだろ」
「……悪趣味だね」
人間の手で捨ててまた別の人間の手で拾う。
捨てる神あれば拾う神あり。
この場合、人だけど。
それにしてもこのカイコからすれば踏んだり蹴ったりだ。
僕はカイコに同情というか共感しながらも、人間から共感などされたくないだろうということにさらに共感を深めつつ、参道を歩いて賽銭箱の縁にカイコを
その行程を見つめながらダイアは呟く。
「助け損だったな」
「そんなことないさ」
「てかよ、よく蜘蛛の巣に引っかかってるカイコが見えたな」
「まあ僕は目だけはいいからね」
自然界では目立って捕食されやすい白い体が逆に功を奏したのだろう。
僕は威張るように答える横でジョロウグモの夫婦はまた愛の巣を再建するべく糸を吐いて作り直しにかかっていた。
ともあれかくもあれ。
僕は太蚕神社に入社してしまった。参道の奥には拝殿があり、天井からは本坪鈴に繋がれた鈴緒が垂れ下がっている。さらにその下には木製の賽銭箱が鎮座していた。
「入っちゃった以上、参拝しないと罪に問われるんだよね」
「どうせこんな寂れた神社、どこが管理してるかもわかんねえけどな」
たしかに神主さんや巫女さんも見当たらないし、社務所もここ何年も使われた形跡はなかった。むしろまだ倒壊せずに建っているほうが不思議なくらいだ。
するとダイアは驚きの提案をする。
「そんなことより拝殿の扉の奥に何があるか確かめてみようぜ」
「えー勝手に開けてだいじょうぶなの? ここの神様に怒られるんじゃない?」
「そのカミサマとやらがいるかどうかもわからねえほど寂れてやがるけどな」
でもダイアの言うとおり、扉があればその奥に何があるのか気になるのが人間というものである。鶴の恩返しメソッドだ。
さっそくダイアは拝殿の扉に手をかけて力一杯に横に開こうとするが、扉はびくともしない。建て付けが悪いのか開かずの扉のようだ。
「どうやら引きこもりのカミサマのようだぜ」
「
汗を垂らして顔を真っ赤にしたダイアをフォローするように僕は感想を添えた。
すると何を思ったかダイアはその辺に落ちていた手頃な石を拾う。
「ちょっとダイア、何する気なの?」
僕のその嫌な予感は的中した。
突如ダイアは投球フォームに入ると躊躇なく拝殿に向かって石ころを投擲したではないか。時速60キロの石ころは拝殿に吸い込まれるとカコーンと弾いて柱や屋根裏の梁にスーパーボールのように跳弾する。挙げ句の果てには明後日の方向の茂みに石ころは飛んでいった。
「いったぁと!」
その直後、石ころの飛んでいった茂みの方角からそんな声が境内に響いた。
ダイアと僕が顔を見合わせる。
おそるおそるダイアは誰何する。
「そこにいるのは誰だ!」
「あ、あやしかもんやなかよ」
そう言って現れたのはピンクのランドセルを背負ったツインテールの女の子だった。黒いワンピースを着たゴスロリファッションであり、足下はこんな山中にはふさわしくないおでこ靴だった。その少女の顔に僕とダイアは見覚えがあった。
「おまえは鳩」
「ハ・ア・トばってんね!」
ハアトは瞬間刹那でダイアに訂正を加えた。
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