超完全変態テラアース

悪村押忍花

第一章 神様感

第1羽 太蚕神社

 僕は生まれてこのかたサンタクロースを信じたことがない。

 というのもうちはクリスマスというイベントが開催されない家庭だったからだ。


 なぜわざわざキリストの誕生日に真っ赤な服を着た白髭おじさんがトナカイの引くそりに乗り、煙突から不法侵入して子供の靴下にプレゼントを詰めていくのだろうかと不思議だった。


 ほとんど妖怪の所業だが、まさかその存在を信じている同級生を見たときに正直僕は引いた。

 同時に両親に愛されて幸せな家庭で育ったのだろうなと憶測した。

 つまりサンタクロースとは幸せな家庭にしか訪れないおっさんの妖精なのだと僕は結論づけた。

 そんなかわいげの薄い僕は何もかも信じていなかった。

 大人も信じていなかったし、朝の占いも信じていなかった。でも現実を信じていないがゆえにフィクションは好きだった。嘘を本当だと言い張るよりも最初からこれは嘘だと明示するほうがよほど誠実だと思っていたからだ。


 そしていつも決まって僕は悪者とされる側を密かに応援していた。

 たとえばアンパンマンでいうところのばいきんまん。ウルトラマンでいうところの怪獣。仮面ライダーでいうところの怪人。ドラゴンボールでいうところのセル。スターウォーズでいうところのダースベイダー。ハリーポッターでいうところの名前を言ってはならぬ、あの人。


 彼らのどうせ負けることが決定づけられている世界で、それでも必死に足掻く様がとにかくかっこよかったのだ。

 なぜ僕がそんな倒錯した精神性を獲得するに至ったかといえば、それはおそらく僕が神の子と呼ばれていたことが原因なのだろう。

 ともあれ今は夏鬼山なつおにやまに続く獣道を歩くことで精一杯だった。僕はずんずん突き進む黒い背中を懸命に追いかける。


「ダイア、待ってよ」


 すると僕の呼びかけに黒いランドセルを背負った少年は振り向いた。その少年は右肩だけにランドセルを背負っているため半身を左にひねり応答する。


「どうした、トウタ? もうバテたのか?」


 彼は山梨大空。

 僕の幼馴染みであり僕と同じく宗教二世である。しかし彼の場合はダイアの生まれたあとに母親が入信した後天的な二世であり、先天的な二世である僕とは違うのだった。

 卵が先か鶏が先か。

 というよりは鶏かと思ったら鳩だったみたいな話だ。


 ブヨや吸血ヒルに遭遇しながらも山道を突き進むとすこし開けた場所へ出た。そこからは山に囲まれた僕たちの住む街が一望でき、夕焼けが真っ赤に染めていた。そのなかには僕とダイアが逃げてきたあまがわ教会もあった。田舎の町並みのなかで前衛的な建造物であり異質そのものだった。

 ダイアはポツリと漏らす。


「教会に隕石でも落っこちねえかな」

「物騒なこというね」


 僕は苦笑しているとダイアは汗ばんだ喉元を掻く。


「のど渇いたな。水筒も空っぽだし。さすがにこんな山奥に自販機はねえか」

「あったところでお金もないけどね。百円玉は礼拝献金しちゃったしな」

「馬鹿正直に献金したのか?」

「う、うん」


 僕の答えを聞いてダイアはあっちゃーと金剛石のように硬そうな自身の額を叩いた。


「ったく、こっそり抜いとけよな」

「えーでも空っぽの献金袋を渡したことがバレたらバツが悪いよ」

「知ったこっちゃねえよ」


 ダイアはかぶりを振った。


「それに駄菓子屋に金落としたほうが駄菓子屋のおばあちゃんも喜ぶぜ」


 僕は駄菓子屋のおばあちゃんの柔らかなやさしい笑顔が浮かんだ。

 そういえばあのおばあちゃんの名前って何だろう?


「どうせ天の川教会に使われるよりは百倍マシだろ」

「てことは一円献金すれば百円の効果が生まれるってわけだね」

「いくらか金かけても何の効果も生まれねえよ」


 僕たちにとってそれは自明だった。

 とそこで、踊り場のような展望台に出た。僕たちの街が一望できる。

 そのうちの一本の大木に注連縄が巻かれており、山の麓までロープウェイのように垂れ下がっていた。100メートルはありそうだ。実はこの結ばれた注連縄を頼りに僕たちは夏鬼山を目指してきたのだった。

 そして逆方向の夏鬼山には大きな陶磁器製の鳥居が立っていた。元は白い鳥居だったのだろうが今では見る影もないほどに黒く煤けておりほとんど灰色だ。柱全体になにやら紋様が描かれている。

 鳥居のおでこに『太蚕たいさん神社』と書かれた社額が傾いている。その奥には境内までの階段が続いておりなんだか寂れたというか古びた神社のようだった。


「ん? トウタ、さっきまでこんな鳥居なんてあったか?」

「どうだったかな。しかも陶磁器の鳥居なんて珍しいよね」

「まあ昔はここは焼き物で有名だったらしいからな」


 太蚕神社とな。

 聞き覚えのない神社だ。


「なあトウタ、ちょっくら参ってみようぜ?」

「え? でも天の川教会の教義的に他の宗教施設に入るのは禁止だよ」

「これだから一神教はダメなんだよ」


 たしかに一神教は突き詰めると宗教戦争になりかねない。

 その点、多神教はアイドルの推しみたいなもので親しみやすい。


「それに鳥居をくぐったら肉体がドロドロに溶けちゃうらしいよ」

「おい、トウタ。そんな子供騙しの戯言本気で信じてるわけじゃねえよな?」

「……僕も信じてないけどさ」


 でも宗教関係なく神社ってただでさえ不気味な場所だし。


「いいか、トウタ」


 一転ダイアは改まって言う。


「それに原則宗教的な建造物っつうのは万人に門戸は開かれてるし参拝者のいかなる選別もしてはならないんだよ。参拝目的であれば入っても建造物侵入罪には当たらねえの。おぼえとけ」

「参拝目的じゃなかったら不法侵入になるってこと?」

「じゃねえか。以前寺に火を点けて回った外国人がいたがそいつは追送検されてたはずだ」


 放火は問題外としても神社にお参りをしたことがない僕にとっては不思議なことだった。

 神社というはそんなに自由に出入りできるものなのか。

 来る者拒まず去る者追わず。


「ちなみに田舎は土地が安いから新興宗教施設が乱立しやすい。カルトには聖地や礼拝堂や儀式をする場所が必要だからな」

「へえ」


 感心する僕をよそにダイアは鳥居へと近付いていき、堂々と真ん中をくぐった。

 鳥居って真ん中を通っていいんだっけ?


「ちょっとダイア」

「はやくトウタもこいよ」

「そう言われても……」


 僕は鳥居を前にして動けずにいた。

 まるで目に見えない結界に阻まれているような気がしたのだ。この先にいけば両親は悲しむだろうしその他の信者たちもこぞって責め立てるだろう。


「別に強制はしねえけど、トウタが来るまで日が暮れても俺はここで待ってるぜ」


 ダイアはそう言って境内に続く階段にどっしりと腰を下ろした。

 

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