第4羽 七年後

 七年という月日はどれくらいの長さ、あるいは短さだろうか?

 ひとつ例に挙げるとすれば3分のカップ麺が1226400個できる長さだ。こう聞くと長いような気もするし、そんなものかという気もする。

 しかしカップ麺は3分ちょうどにできあがるわけではない。なぜならスープの素を入れたりかやくを入れたりしなければならないからだ。もっといえばカップ麺を食べる時間も考慮されていないし、連続で120万個作るとしたら新たにお湯を沸かす時間も必要だ。カップ焼きそばだと湯切りの時間もプラスされるだろう。焼きそばと名乗りながらも焼いていない問題もあるが、それは今は置いておこう。まあいずれにせよ、七年の間にこんな量のカップ麺をひとりで食べたら致死量なので死人に口なしということでこの議論は打ち切りだ。


 結局、僕が何を言いたいのかといえば、七年と一口にいっても老若男女いろんな七年があり、七歳からの七年はとても長くいろいろあった。もちろんカップ麺を食べたこともあった。もう何個食べたか知らない。ましてや食べた麺の本数までを記憶しているわけもない。


 そう、あれから七年経った。

 あれから、というのはUFO目撃事件から七年という区切りだ。

 僕は14歳になっていた。

 変声期も終わり七年前と比べ、40センチも身長が伸びた。当然周囲も成長しているので背の順だと前から3番目に落ち着いたかたちだ。最近の子は栄養のあるものを食べているので大きいと最近の子であるはずの僕は思う。それはたぶんうちが裕福な家庭ではないからそう思うのだろう。

 七年の間に徐々に成長していたので実感はあまりないが体は大人になりかけているようだ。

 本人の意思を問わず大人になりたがっている。長いようで短かったようで永かった。

 僕も今では星ヶ丘中学校に通う立派な中学生になっていた。学ランもすっかり着慣れた二年黒椿組である。

 現在、僕がいるのは全校集会のため体育館に全校生徒が集合していた。

 密集して暑苦しいし校内放送で済ませてくれればいいものを。

 校長先生のありがたい話が終わり、次は校歌斉唱だった。


 しかし僕は宗教上の理由で校歌や国歌を憶えているにもかかわらず歌えない。他の生徒が起立するなか僕だけが体育座りをしていた。他学年の生徒らがひそひそ話しながらこそこそ笑っていた。でも僕は小学生からそう奇異な目で見られていたので慣れたものだった。それに理解して同情してくれるクラスメイトもいるにはいる。喋ったことはないけれど。


 すると校歌を演奏する音楽教師のピアノの音に混じって何やら耳鳴りのような雑音が体育館内に響いた。


 バラバラバラバラ! 


 実際に聞いたことはないが機関銃はこんな音かもしれない。

 体育館の鉄格子を嵌められた刑務所のような窓から外のぞくと、黒いヘリコプターがグラウンド上空をホバリングしていた。


「なんだ、あれ!」


 全校生徒が注目するなか黒いヘリはグラウンドに徐々に降下していき、ついには着地してしまった。同心円状に風を巻き起こしながら胴体部分のドアがスライドすると、機内から現れたのはトンボのようなサングラスをかけた女生徒だった。

 星ヶ丘中学校の黒いセーラー服を着用しており赤いスカーフを巻いている。

 髪型は昔から彼女のトレードマークでもある黒髪ツインテールである。


「あ、あれは今をときめく朝ドラ連続テレビ小説『鷹匠たかじょうはとちゃんぺ』主演女優の道長はあとではあるまいか!」


 そんな度のきつい眼鏡をかけた男子生徒の一言により、たちまち全校生徒は大パニックになった。人波が一気に体育館の片側に雪崩れ込み、南側の二階までもが埋まった。


「あなたたち戻りなさい!」

「まだ全校集会の途中ですよ!」


 教師たちが必死に止めているがこのお祭り騒ぎはしばらく鎮まりそうにない。

 今ではすっかり有名人の僕の小学校からの幼馴染みだった。

 まさかこんな有名人になるとは七年前は思いもしなかった。


 ともあれ体育館の中で僕だけが行儀よく体育座りをしているのも馬鹿らしいと思い、トイレ休憩に席を立った。体育館のトイレの入り口は人垣によって封鎖されていたので体育館の外に出て一階の一番近くの共有トイレで用を足した。手を洗ってから口にくわえたパンダ柄のハンカチで手を拭く。

 さすがにハアトの客寄せパンダタイムもそろそろ落ち着いた頃だろう。


「さて戻るか」


 僕は鏡に映る自分に言い聞かせるように言ってから共有トイレのドアを横に引いて出た――まさにその瞬間、ドンッと出会い頭で誰かとぶつかった。


「キャッ」


 その人物はどうも女生徒だったようで心ならずも吹っ飛ばしてしまった。

 一方の僕は七年間で成長した甲斐あって倒れずに済む。声をかける余裕さえあった。


「す、すみません。大丈夫ですか?」

「あいたたたぁーっと。んにゃ、ハアトは大丈夫ばってん」


 僕はその声と方言とキラキラネームに聞き覚えがあった。


「ハ、ハアト?」

「ん? トウタ?」


 ハアトはカマキリのようなサングラスをかしげてからのぞき込むように僕を見た。


「ハアト……って、なんで自分のこと名前で呼んでんの?」


 僕は反射的に尻餅をついたハアトに手を差し出したのち、思い直して肘を差し出し変える。

 その僕の不自然な行動については何も言わずにハアトは僕の肘を掴んで立ち上がった。


「自分の名前ば憶えてもらうためよ。アイドル特有の処世術やけん」


 続けて愛嬌たっぷりにお礼を言う。


「ありがはあと」

「おっ、フラワー団地での決め文句じゃん。懐かしいね」


 ちなみにフラワー団地とはハアトの所属している八人アイドルグループの名前である。


「そやろ。女優の道に進むために封印しとっちゃけん、幼馴染みサービスよ?」

「自己プロデュース完璧だね」


 さすが今や朝ドラ看板女優。

 僕が感心しながらふと疑問を投げかける。


「ハアト、こんなところでどうしたの?」

「そやった。トウタ、逃ぐっよ」

「え?」


 呆気にとられる僕に構わず、ハアトは僕の学ランの裾を引っ張ってそのまま二人で校舎の階段を駆け上がって行くのだった。

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