第3話 認めてない(認めてる)
休み時間。
廊下を歩いていると、突然視界が暗くなった。
目を閉じているとか、目眩を起こしているというわけではない……何故なら、後ろから柔らかい感触と共に目が何か、おそらくは手で覆われているような感覚があるからだ。
「だ〜れだっ!」
後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
この明るくて元気な声、聞き覚えというよりも聞き馴染みがあるとも言えるほどの声だ、その正体は……
「春花一華だ」
「正解です!」
春花は俺の目を手で覆うのをやめると、俺の後ろから俺の前に出た。
両手を後ろにしていて、体を前のめりにしていて可愛いという言葉を表したような姿になっている。
「私の声と私の胸の感触と私の手、それも目に覆い被せられただけで私のことがわかっちゃうなんて、先輩も思ったより私のことちゃんとわかってるんですね!」
「声でわかったんだ、春花の胸と手に触れたのは今が初めてだからそれらの情報でわかるわけないだろ?」
「うわぁ〜!先輩の口から一華の胸とかって言葉が出てくると何だかドキッとしますね〜」
「え……?」
ドキッとするというよくわからないことについても色々と聞きたいところだが、今はそれよりも大きく気になることがある。
「俺は春花のことを下の名前で呼んだ覚えはない」
「あ、バレちゃいました〜?でも、私たちってもう仲良くなってから結構経つじゃないですか〜」
「下の名前で呼ぶこととは関係無い」
「そんなこと言って、本当は下の名前で呼ぶのが恥ずかしいだけですよね〜?わかりますよ〜?こんなに可愛い私のことを、可愛い下の名前で呼んじゃったりしたらそれはもう先輩も私のこと可愛いって認めないといけなくなっちゃいますもんね〜」
「逆だ、もし俺が春花のことを下の名前で呼ぶ時が来たら、その時は俺が春花のことを可愛いと認めた時だ……今は、まだ認めてない」
俺はそう言うと、そろそろ休み時間の終わるチャイムが鳴りそうだったため、教室に向かった。
当然春花が可愛いということは認めている。
……だが、可愛いことを認めてないって結構酷いことを言ったんだ、頼むからもう体を密着させてくるのはやめてくれ!
そう思いながら、俺は足を早めた。
「あ、待ってください先輩!……こうなったら、もっとアタックして先輩に私の可愛さを絶対に認めさせる!」
そして昼休み。
今日はお弁当を自分で持ってきていたため、そのお弁当を食べよう────と思ったが、教室のドアが開いて春花が俺の席まで来た。
「先輩!今日も先輩のお弁当作って来ましたよ────って、先輩、そのお弁当……自分で?」
「あぁ、今日は購買の日じゃない……春花だって知ってただろ?」
「……焦って作って来ちゃった〜!」
春花は慌てふためいている。
「ど、どうしよ……せっかく作ったのに捨てるのはもったいないし、でも一人で二つのお弁当を食べるのは……絶対無理!本当、どうしよう……」
どうやら、本気で困っているようだ。
……今日俺は購買の日では無いとはいえ、春花が俺のために作って来てくれたお弁当。
そこには購買の日とかお弁当の日とかは関係なく、ただ俺のことを思って作られた料理が詰め込まれている。
「……今日は、昼ごはんを多く食べたい気分だったんだ」
「……え?」
「俺のために作って来てくれたなら、もらっても良いか?」
「え、でも────……はい!」
春花は笑顔で俺にお弁当を渡した。
……俺は俺の作ってきたお弁当と、春花が作って来てくれたお弁当を何とか完食した────二人分を食べるなんて普段はしないため、食事をしたはずなのに疲労感がある。
……今日の夜ご飯は、かなり少なめにしておこう。
「……先輩、私先輩のそういうところが、とても────」
「何のことだ?」
褒められたくてしているわけじゃ無いため、俺はあえてそう返した。
「……何でも無いです」
春花はそう言うと口を閉ざした────が、春花の口元は口角が上がっていた。
「……今日先輩いっぱいご飯食べちゃったと思うので、明日の休日にでも一緒に運動しに行きませんか?」
「休日、か……」
「不都合ですか……?」
……そんな上目遣いで聞かれると断れないな。
「大したことじゃない、行こう」
「本当ですか!?絶対ですよ絶対!」
春花は可愛い笑顔を見せてそう言った。
────そうして、俺と春花は次の休日……つまり明日、一緒に出かけることになった。
放課後を含め春花と出かけるのは初めてだったため、いつもとは違う春花を見ることができるような気がした。
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