第13話 獣と鎖3

暗い地下牢の中、ただ息子のことを案じていた。ベルヌーイは約束した私があいつに従っている内は息子を丁重に扱うとあの人の神経を逆撫でする笑い声に従うことしか出来なかった、


こんな不甲斐ない父ですまない


そう嘆くことしかできない。あの男の指示が来るのを従順なふりをして拳を握りしめて待つ、夜になるまでそうなれば一晩中屋敷内を見回りする羽目になるがそれでも気が紛れる。拳から血が流れようとも






扉の先にはテオはいなかった。その代わり見慣れない女の人がいた。女性にしては背が高く、そのキリッとした瞳には力があり、その美しい顔立ちも相まって不思議な魅力がある人だ

真紅の髪色はテオを彷彿とさせる。そういえば顔も何だか似ている気がする

そのことに気づいたときには自然と言葉が出てきた

「テオ」

すると女性から聞き馴染みのある声で

「何だよ」

と素っ気なく返されて、この人がテオであることにようやく気づいた

そのあまりにも美しい様に言葉が出ず、彼を見続けていると


「嘘だぁー」

マティアスが叫んだ

それにラウルさんが続く 

「本当、嘘みたいだろ」

「いやだって、この人が本当にあのテオなのかよ」

「だから、そうだって言ってんだろ。マー坊」

「いやでも」

などとまだ信じられていない様子だった

その状況に我慢できなかったのは、やはりテオのようで

「うるさいぞ、お前らいい加減にしろ」

「うわー、ホントにテオだ」

「マティアス」

「ごめんって、だって違和感が全然ないから」

「それはこの私の実力があってこそよ

やっぱり騎士様ね、筋肉があるから衣装選びには相当苦労したのよ」

「流石メリンダちゃん。でも本当にやばいな、神はこいつの性別を間違えたに違いない」

などとそれぞれ反応する

彼と目が合う

気づけば彼の腕を掴んでいた

彼は不思議そうに私の名前を呼ぶので

「だって、だって、テオなのに、おとこの子なのにこんなに可愛いなんて」

と心の丈を叫ぶと、彼は唖然として、他の3人は笑い声をあげていた

「あはは、本当かわいいもんな俺も事情を知らなかったら絶対声かけるてもん」

「わははは、テオ、ドンマイ、いひひひ」

その様子に流石にテオは怒ったようで

「お前ら、いい加減にしろよ」

と言うので、笑い声こそ漏れていたが、何とか静かになった

その間私は彼の腕を掴んで、目が話せなくなった

テオなのはわかっているのになんだろうこの気持ちは

すると

「フェリシアちゃん、もしかしてツボに入っちゃった」

「いえそんな、ごめんなさい」

と言うと勢いよく手を離して顔を背けると何ともいえない空気になった


とりあえずテオが屋敷に行くことは決まった

メリンダさんは体格についてはあくまで誤魔化しているだけだから服を脱ぐとすぐバレると言われると


「誰が好き好んで脱ぐか」

と珍しくテオが叫んだ

マティアスはそれがよっぽど可笑しいらしく、我慢してはいるが、時々笑い声が漏れる

メリンダさんに何故協力してくれるのか尋ねると

ベルヌーイに泣かされた女性は数多くいるらしく、更に不正な税を取り立てて私腹を肥やしているとのことで町民から反感を買っているらしく


「あんなやつどうなたって悲しむ人はいないんだから、思いっきり打ん殴っちゃって」

と勢いに押されてしまった


夜になるのを待って、娼婦のふりをしているテオが忍込む

私達はフォローのため屋敷の周辺に待機することになった


「それならまだ着替えなくてもいいじゃないか

という声に誰も答えなかった





日が暮れると

俺とラウルは屋敷の門の前にいる。フェリシアとマティアスは茂みの影にいるだろう


この格好はそんなに不自然ではないだろうかと自分では認めたくないが他の反応を見る限り大丈夫なのだろう

それよりも俺を見るフェリシアの目はいつもと違い少し恐怖すら感じた。今後する予定はないが、彼女の前でこの格好をするのはやめておいたほうが良さそうだ


門の前にはやはり門番がいた。門番は少しうんざりした様子で

「何のようだ」

「いえ、ベルヌーイ伯にお呼ばれしましたのでこうして女をお連れした次第です」

そのままラウルはこの街にある娼館の名前を出すと

門番は俺を娼婦でラウルを娼館の従業員かなにかと勘違いしたようで

門番の一人が着いてこいと言われるまま従う

どうやら屋敷に入れるのは女一人のようでラウルはもう一人の門番に朝に迎えに来ると言い残し姿を消した


屋敷の中は思いの外静かで、使用人の数は屋敷の規模を考えると少ないようだったが、その代わり私兵の数は多かった

これでは自由に屋敷を調べられそうにない


ベルヌーイは今食事中だと言うので、別の部屋で待たされることになった。この部屋は大きなベッドぐらいしかなく、まともな調度品などは一切なかった。ここがおそらくお楽しみをするための部屋だということはすぐわかった


さてこれからどうするか

入る前は上手く行けばベルヌーイの私室に入れるかと思ったが、現実はそう上手くいかない

帳簿があるのは私室の可能性が高そうだが、まずはいかにしてこの部屋を出るかだ


と思案していると扉の奥で声が聞こえる


「今日は娼婦なんて読んでないぞ、何を考えているんだお前たちは」

「申し訳ございません」

「何のために高い金を払っていると思っているんだ」

などと騒いでいる

しまいには帰らせろという声が聞こえてくるのでどうしたものかと考えていると

使用人の一人が

「でも今日の女は初顔です。それに大層な上玉でしたよ」

という声に叫び声が止まる

「そうか、娘に罪はないしな、顔くらい見せないと貴族の名折れだな、おい人払いをしておけ」


こちらへ向かってくる足音以外の音がなくなったのを確認すると怪しまれないようにベッドに腰掛けて待つことにした


扉を開いたこの男がベルヌーイで間違いないだろう

白髪交じりで、高そうな服を身にまとっている

「いやー、待たせてすまないね」

紳士ぶった口調とは裏腹にこちらを品定めしているような目線をしながらこちらに近づいてくる。不愉快で仕方がない


「いえ、大丈夫です」

声色を変えて話す、いつバレるかわからないので言葉を最小限にする


「そうかそうか、ところで名前はなんというんだね」


どうやらお眼鏡にかなったらしい

そういや名前をきめていなかったので適当に答える

「エレノアと申します」

「そうか、君のような美しい名だな」

適当な世辞を言って、俺の方肩を持って押し倒すような素振りをするので

こちらもそれに答えるかのような動きをして、油断しているところに力一杯股間を蹴り上げた


うごっと声にならない叫び声をあげて、泡を吹いてベルヌーイは倒れた。すかさずこれ以上声をあげないように事前に剥がしていた枕カバーで口を縛りあげた。

それからこいつの衣服を奪って手足を縛ってベッドと壁のスキマに押し込んでおいた


有り難いことに人払いをしてくれたおかげで

これでしばらくは時間が稼げるだろう

あとはどうやってこいつの私室に行くかだ


外の様子を伺うと誰もいない様子だったので、部屋に入るまでのそのような部屋はなかったので、とりあえず上を目指すことに決めた時に


「何をしている」

何の気配も感じられず油断していると背後から声をかけられて、距離を取って振り向く

とそいつはこちらを追いかけて鋭いツメを立ててこちらに斬りかかった

なんとか避けたが、こんな格好ではそう何度も避けられそうにない

少し落ち着いてから声の正体を確かめると

そこには毛深く屈強な体をして頭には猫のような耳をつけた人のような形をした

獣人が立っていた


獣人とは牙(キバ)の国オルオンドラクスにいる人種のことであり、猫や犬と人を混ざり合わせたかのような見た目をしている

力や体は普通の人間より優れているが、直情的で何より力での序列を優先すると聞いたことがある

俺も実際に目にするのは初めてだ

獣人のほとんどは自国から出ることはないので、理の国の王都であっても見かけることはなかった

それより何故獣人がこんなところにいるのか

こいつも例の奴隷なのだろうか、獣人を奴隷にできるほどの手練れでもここにいるのだとしたら厄介だ


「お前は何をしている」

「私はベルヌーイ伯からお呼び頂いたただの娼婦でございます」

「嘘だな、お前の匂いは間違いなく男だ。それに先程の動きがただの娼婦に出来るわけがない


不味いことになった。ここで騒ぎを起こせば作戦は失敗になる


「もう一度だけ聞くお前は何をしている」


こいつに下手な嘘はに通じない。観念して開き直ることにする

いざとなればベルヌーイを人質にして逃げるだけならなんとかなるだろう


「俺はベルヌーイの不正を暴くために来た騎士だ、奴隷を売買している証拠の帳簿を探している」


獣人はそうかと行ってこちらを見て構えたので

「いいのか、ベルヌーイの身柄はこちらで確保している」

とさらに続けようとしたところ

「それは本当か」

たいそう驚いた様子にこちらも驚いたよ

獣人は少し考え込んでから

「わかった、今度はこちらの話を聞いてくれ」

獣人は先程の部屋の中に入って行ったので、警戒したままそれについて行った


「お前が騎士の証拠は」

「ない、男がこんな格好しているんだ、察してくれ」

「そうかそうだな、こちらの話なんだが協力を頼みたい」


おかしな話だ

こいつは奴隷か、金で雇われた用心棒のどちらかだろう。そいつに対して俺に協力出来ることがあるのか


「俺の息子を助けてほしい」

想像していなかった内容に、さらに話を聞くと


この獣人は故郷を出て息子と二人で当てのない旅をしており、この街の近くで息子から目を離した隙にさらわれてしまい、ベルヌーイに売られたということらしい

そこからはベルヌーイに息子を人質に取られたので、ここの用心棒となり主に夜間の警備をしていたということだ


話はわかったが信じて良いものかと迷ったが、こいつの真剣な目にかけることにした

念のため質問を最後に一つする

「どうして一人で逃げようとしない、あんたなら簡単に出来るだろ」 

「何を言う、子供を放って逃げる親がどこにいる」

「悪かった、息子の場所は」

「正確な場所までは、おそらく地下だ。この屋敷には地下室がある。鍵がないので俺は入ることができないが」

「そうか屋敷の外に俺の仲間が待機しているはずだ。男が二人に女一人だ。匂いがわかるならその情報だけでもわかるだろ」

「俺を信じるというのか、息子の話も嘘だとは想わなかったのか」

「疑っているさ、でもお前が屋敷側の人間なら、今頃俺を痛めつけて主人の居場所を聞くはずだ。こっちもあまり時間がないんだ、

それにあんたを信じたいと思ったんだ」


それに少しは納得したようで、獣人は俺に礼を言った


「お前の仲間は俺の事情を知らない、どう説明したらいい」

図体の割に、意外と慎重なやつだな


「そうだな、俺のことを話せば良い。名前はテオ・クレマンこの街では姓まで名乗ってないからそれであいつらも察してくれるだろう」

「そうか、帳簿はおそらく伯の私室だろう。限られた人間しか入れないのはこの屋敷ではそこだけだ。私室は3階の一番奥の部屋だ」


鍵が必要だがと言われたが、先程ベルヌーイの身ぐるみを剥いだときに手に入れたいくつかの鍵を見せる

獣人は少し目を見開いたが、すぐに真剣な顔に戻った


「ありがとう、不正の証拠を手に入れたらすぐに屋敷を出て合図を送る」


「わかった検討を祈る、それから

 私の名は、オルティノだ」


と言って、獣人オルティノは二階の窓から飛び降りた。音もなく着地したので中の人間にはバレていないだろう


俺も3階の私室を目指さなければ



こうして獣人オルティノとの奇妙な協力関係を結ぶことになった


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