第11話 獣と鎖1

あの遠征から一ヶ月が経とうとしている。テオは働きを評価されてのことなのか、昨日からヨランダさん達と任務で王都を出ている

だから彼を起こしに行くこともないので、余裕を持って部隊室に行くことが出来る。

このままではいけない、いつまでもテオの影に隠れていては、その内本当に彼が手の届かないところに行ってしまう気がする。今日こそは隊長にあの話をしよう、何か案をくれるかもしれない等と一人で歩いているとつい考え込んでしまう

いつもはテオとビアちゃんで行く騎士団の廊下がやけに長く感じる。


するとフェリシアちゃんと後ろから声を掛けられたので振り向く

そこには背の高い男が立っていた

彼の名は、ラウル・スルクフ

独立部隊の一員であり、騎士団本体から転属している珍しい経歴をしている。その理由は私生活での素行の悪さでよく女性問題を起こすらしい、何でもそれで貴族の令嬢にまで手を出したとかどうかと話がつきない人だ。それでも騎士団に残ることが出来るのは主に諜報活動に優れており、中々の情報通であることからそういう面で頼りになるからだ。余談だが入隊後すぐにヨランダさんからは二人きりになっては行けないと注意されているが、少なくとも私にはそこまで悪い人には見えない。


「珍しいね。今日はお目付け役はいないのかい」

お目付け役とはテオのことだろうか 

「ヨランダさんと任務なんです」

「そうか、そいつは残念だね」

と彼は本当に残念そうな顔をして

「寂しいよね」

「えーと、はい」

彼の真意がわからない。それでも会話を無理矢理にでも続けようと何とか答える

彼とテオはそんなに仲が良かっただろうかと疑問に思ったていると

「何か勘違いしていないかな」

「はい」

質問の意味が分からなかったが、つい返事をしてしまった。

「俺が寂しいのはヨランダさんのことだよ。君もわかるだろ彼女がいるといないとでは隊の華やかさが違う」

と大げさに言われたが、理由がわからなかった。どう反応したらいいか困っていると

「いってっー」

という声が響いた。さらに後から来たマティアスさんが彼の脛を蹴ったからだ

「何すんだよ。マー坊」

「部隊内でキショいナンパすんじゃねーよ」

「ナンパなんかしてないさ。朝から後輩と親睦を深めようと思ってだな」

「何がお前が女を見て我慢出来る訳がないね」

「違う、俺は馬鹿かもしれないが、命知らずではない」

その言葉にマティアスさんは少し納得している様子で

「わかんないこともないけど、それは言いすぎだろ」

「いや、あいつはいざとなったら親でも殺るやつだ。俺にはわかるね」

会話についていけなくなった私はというと何故私を口説く事で命を落とすことになるのか分からず、釈然としない気持ちを抱えていた。

それから3人で部隊室に行くとそこには隊長がいつも通り席に座っているだけで他には誰もいなかった。

部屋に入ったら隊長の方に真っ直ぐ歩いて

、意を決して口を開こうとした瞬間に後ろから、バンっと音がして扉がひらいた

「マティアスはいるかしら」

声の方を向くと物語の中のお姫様のような格好をした私と同い年くらいの少女がいた

「ソーニャ様、仕事場には来ないでくださいといったじゃないですか」

とマティアスさんが真っ先に反応した、その言葉にソーニャと呼ばれた少女は顔に怒りを浮かべて

「あんたが悪いのよ、鍛錬や研究ばかりで私に全然会いにこないじゃないの

誰よ負けられない相手って」

と周囲を見回して歩き出し、私の前に止まって私の顔を見ながら

「人の物を誑かそうとする身の程知らずはこの女ね。よくも私のマティアスを」

と睨む、強い言葉とは別にその瞳を潤ませながら

「テオって言うから男だと思っていたのに、まさか女だなんて」

という少女の瞳から涙がこぼれ落ちた

とっさに

「私テオじゃないですけど」

と否定して、ベルトラン隊長とラウルさんの

「テオは現在任務についていて不在ですよ」

「ちなみにテオは男ですよ」

という言葉に冷静さを取り戻しながらも顔を赤らませながら

「紛らわしい事するんじゃないわよ。違うなら初めにいいなさい、一国の姫に恥をかかせるなんてどういうことよ」

と捲し立てられたが姫という単語に不思議に思いマティアスさんを見ると申し訳なさそうな顔をして

「この方はソーニャ・ルネール=ド・シュヴァリエ様だ。この国の第2王女なんだよ」

と説明してくれて

すかさずソーニャ様が

「そして未来のマティアスの妻です。以後お見知りを気を」

と付け足す。ヨランダさんが言っていたマティアスさんの婚約者とはこの人のことだとわかった。ましてやお姫様となんてと驚いていると「誰が決めたわけでもないんですから、無闇に言うとソーニャ様の評判に関わりますよ」

「私が決めたことなのだから、別に問題ないでしょ。まだ貴方未来の妻を様付けだなんて」

と今度はマティアスさんに怒っているようだ。その一連の流れに驚いて呆然としていると

ベルトラン隊長が

「フェリシア君、私に何か用があるんじゃないのかい」

と尋ねられて我にかえって

「あの魔術を勉強したいんですけど」

と思ったより大きな声が出てしまった。部屋の中の全員に聞こえたようでベルトラン隊長よりもソーニャ様が先に反応した

「私の先生に教わればいいじゃない。先程のお詫びに紹介するわ」

と提案する。それにどう反応していいかわからないでいるとベルトラン隊長が

「それはいいですね。この国で魔術を教わるならノルベルトさんほどの適任はいないでしょうし」

と続いたそれにソーニャ様は満足したようで、私の方を見て

「貴方、お名前は」

「フェリシアです」

「そういい名前ね。私はソーニャ、よろしくね」

着いてきてという彼女に迷っているとマティアスさんが

「ノルベルト先生ほどこの国で魔術に精通している人はいないよ。それにあの人の言う通りにしてくれると助かる」

と言われ、隊長も許可してくれるようだったので彼女について行くことになった

彼女が言うにはこの時間なら自宅で研究をしているそうだ

彼女の従者であろう人が馬車を止めて待機していた、その馬車はこの前乗った物よりもきらびやかで乗り心地も良かった

道中そのノルベルト先生について聞くと

今は学院で教鞭を取っていないが、王の強い要望により王家の家庭教師をしていること、中でも魔術に精通しているようでベルトラン隊長の言う通り、彼ほどの人はこの国にいないらしい

ある民家の前に馬車が止まる。そこがノルベルト先生の自宅なのだろうが、王家の家庭教師にしてはとても簡素な作りで以外に思う

ソーニャ様が率先して玄関まで行き、声をかける

「先生、ソーニャが来ましたよ。開けてください」

としばらくすると扉が開かれて中からは私の祖父と同じくらいの年の男性が出てきた

「これはソーニャ様、今日はどのようなご要件で」

「この子が魔術を学びたいそうなの、少し見てみてあげて」

と話が進んで行く

「で、お嬢さんお名前は私はノルベルト・クレマンという」


クレマン


テオと同じ名前だ

ただの偶然だろうか

と驚いている私にノルベルト先生が不思議そうな顔をしているので慌てて

「フェリシアと言います」

と返した

「でフェリシアさん、あんたはどうして魔術なんか学びたいんだい」

と聞かれてすぐには答えられなかったが、何とか言葉にした

「追いつきたい人がいて、私には魔術しかないみたいですから」

「お嬢さん、魔術は好きかね」

と優しく尋ねられたので、つい正直に答えてしまった

「別に好きというほどでは」 

それを聞いて、ノルベルト先生は少し嬉しそうだった

「そうかね、立ち話もなんだ中に入りなさい」

と促されてわたし達は家の中に入る

それからマティアスさんと私でお茶の準備をしてから話を聞いてもらった。


演算が上手くできず、魔術が暴発して上手く発動出来ない事を相談した。

それを聞いたノルベルト先生は、少し考え込んでからまずは実際に見てみようと裏庭に通された


人前で魔術を使うのは久しぶりで少し緊張する。優しい眼差しで見てくれている先生、興味津々で見てくれているソーニャ様とは別にマティアスさんだけは慌てた様子で言う

「ちょっとでいいんだぞ、ちゃんと加減しろよ」

魔法陣を地面に書いてから、そこに手をやる。

そこからは彼の言う通りほんの小さな火の粉になるように演算を行う


しばらくするとそこに現れたのは火の粉ではなく、火柱だった。見ている人たちの方を見ると驚いて動けなくなっているソーニャ様が怪我をしないように庇うマティアスさん、とは違ってノルベルト先生だけはじっと私を見ていた


あたりが落ち着いてから先生は私に近づいて今からいくつか質問をしたいと言うので素直に了承した


「今まで誰に魔術を教わっていんたのかね」

「テオです。あ、テオっていう同い年の男の子からです」

「それは本当かね、君ぐらいの年齢であれだけきれいな術式の構築を教えられるなんてその彼は一体何者かね」

「私とマティアスさんって一緒に調査隊にいて」

「なんと、彼は今日は来ていないのかい」

「あの、仕事で王都を出てまして」

「それは残念だ、その彼は誰から魔術を教わっているか聞いたことはあるかね」

「はい、お母さんからって聞いています。もう亡くなっているのであったことはないんですけど」

「そうか」

という先生は少し寂しそうに見えた

それから先生は仕切り直すかのように言う

「ところで君は上手く出来ていないと言っていたが、ちゃんと魔術を使えているよ」

と以外な言葉に私より先にマティアスさんが反応した

「さっきの見てよくそんなこと言えますね。どう見ても暴走していたでしょ」

「お前の目は節穴か、彼女が魔術を使った場所をちゃんと見なさい」

と言われ、そこに目をやると私が魔法陣を書いた場所には芝はそのままになっており、焼けた様子はなかった

どういうことか尋ねるとノルベルト先生は丁寧に教えてくれた


術式の構築に問題はなく、魔術は正常に発動していること

芝が焼けていたことから、少なくとも被害を出さないという私の意思はしっかり反映されていることがわかると

それでも普通なら火の粉になるところを火柱になってしまったのは私の魔力量が原因であること

そのため普通の魔法陣では加減が出来ないので、自分に合ったものを模索する必要があること


「いいかいフェリシアさん、君の魔力量は本来人の種としての限界をとうに超えたものだ。だからこそ使いこなすことが出来れば、言葉通り人知を超えることさえ出来るだろう」


それに私達は絶句した

私にそんな力があるなんて夢にも思わなかった。魔力量には自信があったが、魔術が上手く使えないのも自分の不器用さが原因だと思っていた。少なくともマティアスさんも似たようなことを思っていたらしく、先生に詳しく詰問していた


ふと思った。

テオはどうなんだろうと彼は私に類稀な才能があり、多くの人の助けになると言っていた。ここまでわかってのことだろうか


ふとノルベルト先生と目があった

先生の目は少し懐かしそうな物を見るようだった、そこに何も思わないわけではなかったが、何だか邪魔しちゃいけないような気がしたので言及はしなかった

先生は我に帰ったようで、家庭教師をしていない時は家にいるからいつでも来ていいと言ってくれた

そんな先生に何気なく

「そういえば、さっき言ったテオも先生と同じでクレマンって言うんでよ。そんな偶然あるものなんですね」

と聞いた先生の顔は驚きにより、とても顔が強張っていた。今日これほどまでに驚いた先生は見たことがなかった

しばらくして、先生が私に尋ねる

「お嬢さん、もう一度名前を教えておくれ」

「フェリシア・ベルーナといいます」

すると先生は私達に向かって、取り乱しながら大きな声で

「このことは誰にも言うんじゃないよ、調査隊の人間であってもだ。絶対にだ」

その様子に驚いた先生は先程までの穏やかな様子にもどり

「フェリシアさん、君の力を悪用するような者が現れるかもしれない。少なくとも君が魔術を使いこなせるようになるまではね。いいかね」

と私達はその様子に驚きながらも素直に従うことにした


帰りの道中にマティアスさんが

「それに驚いたよ」

それが何を指しているのかは分からなかった

「ホントね。フェリシア貴方本当にすごいわ」

と恐らく違うだろうが、無邪気に褒めてくれる彼女の言葉に嬉しくなった

「フェリシアいいわね。秘密を共有する以上私達友達なんだからね」

と予想外のことを言われてハイと返すと

「敬語は禁止、友達である以上私達は対等なんだから」

「うん、わかったソーニャ」

というと彼女は満足した様子だった 



この日私は自分のことをほんの少しかもしれないが、知ることが出来たと同時に初めての友達ができた。これを早くテオにも伝えたかったが彼が戻るのは早くとも明日のことなのでそれまで我慢することにした。


ノルベルト先生には誰にも言うなと言われたが、きっと気づいているであろうテオなら大丈夫だろうと彼の帰りが待ち遠しくなる

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