第24話 目覚めて

 それからどれくらいの時間が経ったか、寝てしまったフリージアは気だるさを覚えつつ枕から頭を起こす。そこではすでにウェルナークがぴしっと背筋を伸ばして待っていた。


「なっ、あっ……――ウェルナーク様!」


 ウェルナークが優しい目を向けてくれる。それにフリージアは安心した。


「身体のどこかに違和感や痛みはないか?」

「えっと……それはありません。大丈夫そうです」

「なら、良かった」


 ウェルナークはそこまで言うと、テーブルの上にあるコップを手に取った。甘ったるいハチミツの匂いが周囲を包んでくれる。


「飲むといい。糖分を取ると頭もはっきりする」

「はい……。あれ? なんだか色が違いますね。ずいぶんと黒いような……」

「ココアという植物から取れた粉が入っている。健康に良いと噂でな」


 ほんのりと温かいココア入りハチミツジュースを飲む。

 わずかな苦み。でもハチミツと不思議なほど調和していた。


 喉が潤って舌が刺激されると思考がはっきりとしてくる。枕の横にいるラーベはすやすやと眠っており、すでにミーナも帰ったのか部屋にはいなかった。


 どこから何を話したらいいのだろうか。ふたりきりなのに言葉が出てこない。すでに夕陽は地平線に消えようとしていた。


「……あの……」


 口を開く。でも怖い。

 本音を言えばもっとウェルナークのそばにいたい。この幸せな1週間を終わりにしたくなかった。でも、それが彼の望むことなのかはわからなかった。


 フリージアは彼のことを知らない。料理が好きで、美味しいハチミツジュースを作ってくれて、ラーベと一緒にいて、強くて……今もフリージアのそばにいてくれるけれども。


 迷った末に、フリージアはやっと言葉を絞り出せた。


「……私はどうなりそうですか?」

「それは君が何を望むかによる、としか言えない」


 ウェルナークは静かに、しかしきっぱりと言った。


「私は――ウェルナーク様やラーベと一緒にいたいです」

「君が望むなら、俺は君のことを絶対に守る」


 その答えを聞いて、フリージアは首を振った。


「違うんです。守って欲しいわけじゃなくて……うまく言えないんですけれど、そうじゃないんです」


 本当にうまく言えなかった。でもずっと守られるなんて嫌だった。それはきっとアルティラと暮らしていた頃の、単なる裏返しなのだ。それじゃダメだとわかっていた。


「私は……私は支えたい、のかもしれません。ここにきて、私はいっぱい色々な物を受け取れたから、だから今度は……私がウェルナーク様やラーベにお返しする番なんです」


 ふと一瞬、ウェルナークの顔に驚きが通り過ぎたような気がした。


「ウェルナーク様……?」

「……俺が気負い過ぎていたのかもな」


 ウェルナークの視線が窓の外を向いた。もうほとんど夜になりかけている。


「君は立派だ。君のおかげでラーベも傷つかず、ミーナも瞳の呪いから解放された。この1週間は、俺にとっても楽しい日々だった」


 そしてウェルナークの紅い瞳がフリージアを見つめた。いつまでもこの瞳に見つめられていたい――とフリージアは思った。


「フリージア、君も俺との日々は楽しかったか?」

「もちろんです」


 それだけは心の底から断言できた。この日々はフリージアにとって、まぶしいほど輝く太陽だった。


「なら、続けよう。ずっと俺のそばにいてくれ」

「いいのですか……?」

「ああ、理屈なんていらない。お互いがそう思っていることが、全てじゃないか」

「ありがとうございます……」


 そこでフリージアは指輪が壊れていることを思い出した。腕を目の前に持ち上げ、壊れた指輪をウェルナークに見せる。


「なら、ひとつだけ」

「うん?」

「この指輪を直したいのですけれど、ウェルナーク様と一緒じゃないと無理みたいで。まずはこれを一緒に直しませんか?」

「なるほど、いいとも」


 ウェルナークが微笑む。これまでに感じたことのない温かさと戸惑いをフリージアは感じた。――でも悪くはなかった。ずっと浸っていたいほどだ。


「んにゃ、話し合いは終わった?」

「ラーベ! 起きていたのですか。気を使わないでも良かったのに」

「いや~~。気を使ってはいないけど、ねぇ?」


 ラーベが意味深にフリージアを見上げ、それから前脚で顔をごしごしと洗う。


「はふ……僕はお腹空いたよ」

「それは私もですね……。気が付いたら、ものすごくお腹が空いています」

「体調が戻り、空腹を感じられるようになったということだな。とりあえず、何か用意しよう」

「じゃあ、残ったアレ食べちゃおうよ。アレ。僕のひげセンサー的にはまだ余裕で食べられるし」

「残ったアレ……?」


 フリージアは嫌な予感がした。そこでしれっとウェルナークが言い放つ。


「冷凍庫の奥にしまってあった、フリージアのパフェのことか?」

「ああっ! ああー! 忘れていました!」


 にしても、いつからウェルナークはあのパフェの存在に気付いていたのか。もしかして、フリージアが丸一日寝ている間に冷凍庫を調べたのだろうか? それともラーベが……油断できない猫だった。


「まぁまぁ、アレの悪くない食べ方を思い付いたんだよ」

「うぅ……どんな風にですか?」

「その手に持ったココア――温くなったのをかければ、いい感じになると思うんだよね。まだ余りはあるでしょ?」

「コップ数杯分はまだキッチンにあるな」

「これも新しい日常ってやつだよ」


 ラーベがふにっと前脚を上げる。


「そういうものですかね……?」

「うんうん、試行錯誤しながらやるのが楽しいんだから」


 確かにウェルナークと一緒に、色々と試すのはすごく楽しい。もうあのパフェもすでにバレてしまったことだし……。


「……パフェ、手伝ってくれますか?」

「もちろんだとも」


 ウェルナークが立ち上がり、フリージアに手を伸ばす。フリージアはその手を掴み、ゆっくりとベッドから起き上がるのであった。

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無垢なる奴隷聖女は人間不信の魔眼騎士様に溺愛される りょうと かえ @ryougae

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