第23話 牢での対面

 審問局の牢を隔て、ウェルナークはエルドと向かい合っていた。牢には結界が張られており、この中から外へは干渉できない。これは第一級の魔法犯罪者への措置だが、心は痛まなかった。


「……なぜ、こんなことをしたかと疑問かね?」

「おおむね、見当はついている。フリージアの魔力を開花させようとしたのだろう」


 牢の結界に遮られ、今のウェルナークにはエルドの真意を把握することはできない。審問局の上司であった頃のまま、エルドはそこにいた。何を考えてるかわからないまま、エルドが微笑む。


「肉体と精神への負荷は、魔力を開花させる。もっとも、実験結果からすると肉体への負荷はさして重要ではなさそうだ。精神への負荷のほうが、遥かに意義がある」

「そんなことのために……彼女をずっと苦しめていたのか?」

「心外だね。ウェルナーク――君も魔力が発現しなくて苦労しただろうに」


 エルドが遠くを見つめる。ウェルナークではなく、その背後の壁を見ている。


「魔力の開花は帝国を保つのに必要不可欠だ。ベルダ伯爵は意義を認めて、快く協力してくれたよ。彼だけじゃない、もっと多くの貴族が協力してくれた。実験結果は素晴らしかっただろう?」

「……少し、黙れ」


 ウェルナークは牢を殴りつける。金属音の鈍い音が響いた。事情聴取は必要ではあったが、怒りは収まらない。くだらない実験のせいでラーベもフリージアも死にかけたのだ。

 怒りを抑えるのは難しいが、必要以上に感情を向けることも騎士には許されない。


「お前は厳罰に処される。貴族位の剥奪、国外追放もあり得るぞ」

「おお、怖い。そうなると俺も色々と考えなければな」

「何もさせん。俺が騎士でいる限りは」

「ふむ……まぁ、確かにお前の魔力は素晴らしい。『学会』相手にどこまで戦えるか、それも見物か」

「……『学会』?」


 ウェルナークの背筋に気味悪さが走る。エルドは『博士』と名乗っていたはずだ。その博士という名と学会に繋がりを感じてしまう。


「そう、つまり俺のような人間は他にもいるということだ。『教授』『学者』『探究家』……それぞれアプローチの仕方は異なるが、目的は同じ」

「全員、捕まえてみせる」

「試してみたまえ。そのほうが面白い。牢の中で学術論議をしたいものだ」


 最後にウェルナークはもうひとつ、気になっていたことをエルドに問うた。アルティラは殺人未遂で拘束されているが、今のエルドの話を考えると奇妙な点がある。


「アルティラもお前の実験台のひとつだったのか?」

「ふっ、騎士にしておくには勿体ないな。お前も良い研究者になれるだろうに。そう、アルティラはベルダ伯爵家の血縁者ではないよ。俺が潜り込ませた平民だ。当人はそう思っていないがね」


 つまりアルティラも実験対象であったということだ。エルドはフリージア同様、アルティラの憎悪も引き出して実験に使っていたのだろう。


「ただ、やはり成長性では本命のフリージアに劣る。もうさほどの興味はない。好きなように処分してくれていい」


 人間は知識欲のためにここまで邪悪になれるものなのか? エルドは全く異質の犯罪者だと言わざるを得なかった。


 ウェルナークは牢に背を向ける。


 エルドの言ったことをまとめ、裏を取らなければ。

 フリージアの危機は完全には去っていない。フリージアを見捨てることは、ウェルナークの正義に反する。ラーベを守った彼女を、どうして見捨てられるだろうか。


 どんなことがあっても、彼女を守らなければ。

 ウェルナークの心の中にはそれだけがあった。

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