第20話 引き離されたふたり
ブレアが屋敷を訪れた、同じ頃――ウェルナークが審問局に来ると、早速大部屋で会議が始まった。今日は審問局の上位組織である公安庁との会議だ。だがブレアは監査と言うことで全体会議には出席していない。
それは珍しいとうことではなかった。管理職には管理職の仕事があるということだ。
会議中に、近くに座っていた公安庁の役人のひそひそ声が聞こえる。
「ウェルナークだ、あの男が……」
「確かに美形だ。気を付けないと妻を取られるらしいぞ」
はぁ……とため息が漏れる。彼らとは普段、顔を合わせることはない。そのためこうした鬱陶しい言葉にも嫌々ながら慣れてしまっている。
その時のウェルナークの対処法はひとつ。少し威圧的に魔力を向けるのだ。そうすれば陰口はすぐに止まる。言葉で示すよりも簡単だ。
(にしても、なんだか今日は人が少ないな)
公安庁との会議ならもう少し、審問局側の人数が多くてもいいような気がする。とはいえ、この会議そのものも急遽数日前に決まったのだから、やむを得ないか。
出張中の人間は当然会議には間に合わないのだから。
公安庁の役人が会議で発言する。
「闇オークションについては司法の手に委ねるよう手続きを進めていく。密輸品に応じて罰金、諸認可の剥奪等の起訴内容を決定すること。問題のアルティラ・ベルダについては大法院の審議次第ではあるが……恐らく罰金刑で決まりだろう」
「……っ」
ウェルナークは他の人間に気付かれないよう、拳を握った。結局、決定的な証拠は何も出なかったのだ。フリージアに対する数々の暴行、虐待も貴族の家の中のことである。大法院は貴族の家庭内問題には立ち入らない。ベルダ伯爵家に罰を与えるはずもなかった。
つまりアルティラはあと数日で家に帰り、フリージアもベルダ伯爵家に帰らなければならないということだ。憂鬱な会議は進み、やがて正午近くになった。
この時間にもまだブレアは現れない。こんなことは今までなかった。なんとはなしに嫌な予感がし始める。
「さて、次の議題へ移る前に昼食としよう」
公安庁の議長が宣言し、昼食の時間になる。特に変わった点はない。ブレアが現れないこと以外は。窓際に座る同僚が外を覗きながら隣の建物を見つめている。
「なぁ、そういえば魔法技術局も今日何かあるのか?」
「さぁ……また変な物の展覧会でもしてるんじゃないのか」
「ふーん。でもかなり大掛かりにやっていそうなんだがな」
そこでウェルナークははっとした。魔法技術局はミーナが勤める帝国組織だ。フォークを置き、窓に近寄る。審問局の隣は灰色の幅広の建物で、そこに魔法技術局が入っているのだ。
瞳に魔力を集中させると、確かに隣の魔法技術局で人が慌ただしく動いている。視力も強化されるのがウェルナークの魔力の利点だ。そして一瞬だが、しっかりと見た――ミーナが窓を横切るのを。
それに気付いた瞬間、ウェルナークの背筋に悪寒が走った。今、屋敷にはフリージアとラーベだけだ。屋敷の中は安全だが、外ではラーベの力は著しく弱まる。
もし誰かが屋敷を監視していたら、ミーナの存在にも気付いただろう。あれでいてミーナの学識と魔力も相当なものだ。フリージアを連れ出すなら、ミーナと鉢合わせする可能性も消さなければならない。
急に決まったウェルナークの会議、引き離されたミーナ……気にしなければ違和感は大したこともない。だが、これほどの好機があるだろうか?
もう会議で重要な議題は終わっている。そう思った瞬間、ウェルナークは会議室の出口へと急いでいた。屋敷の様子を確認しなければならない。
(評判なぞ知ったことか……!)
ウェルナークは自分の直感を信じる。それが騎士として、自分に決めたルールなのだから。
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