第19話 正体
フリージアたちは黒塗りの馬車に乗り、王都を駆け抜けた。激しい揺れに眉をしかめがら、フリージアはなんとか気持ちを落ち着かせようとする。
「あの……ウェルナーク様は大丈夫ですよね？」
「手は尽くしている」
「……そうですか……」
ミーナから魔力の影響を取り除くほど、フリージアの魔力は強かった。当のウェルナークは平然としていたが……もっと深く、彼への影響を考えるべきだったのだ。
（私が甘えてばかりのせいでこんなことに……）
「うにゃ、そんな気にしてもしょうがないよ」
「でも、ラーベ……」
「とりあえず深く息を吸って、吐いて」
「え、ええ……」
吸って、吐いて。今は焦っても仕方ないのはラーベの言う通りだった。深呼吸を続けると、心の中の熱が抑えられるようになってきた。
馬車の窓から外を見る。街中をほとんど知らないフリージアには、今どこを走っているのかさっぱりわからない。でも通りに面した建物の高さが低く、建物自体もこじんまりとしてきた。
「んにゃ、王都の郊外に行くんだね」
「ああ、そうだ。もうちょっとで着く」
ブレアは反対側の席に座っている。彼も難しい顔をしていて、とても話しかけられる雰囲気じゃない。そもそもウェルナーク以外に共通の話題もなかった。やむなくフリージアが窓の外を見ていると、ブレアのほうから咳ばらいをして話し始めた。
「ラーベ、君はフリージア嬢をどう思った？」
「……うにゃ、どうって？」
「君は最古の精霊のひとりだろう？ フリージア嬢は聖女の末裔だとかいう話もあるが、真実だと思うか？」
「さぁねー。聖女っていうのは能力じゃなくて、心のありようだからさ」
ブレアの始めた話題についてラーベはあからさまに興味がなさそうだ。
今、そんな話が必要なのかとフリージアも思ったけど口には出さなかった。
「どんなに強大な魔力があっても、似た能力を持っても、大した話じゃない」
「ふむ……君ら精霊ならそう言うと思った。さて、そろそろだ」
フリージアは拳をぎゅっと握り、下半身に力を込める。馬車が止まったら、いつでも飛び出せるように。やがて馬車は大きな河のほとりで止まった。
周囲にはほとんど建物も人もない。小さなレンガの家があるだけだ。フリージアの口から思わず、
「こ、ここですか？」
「あのレンガの家だよ。あそこに寝かせている」
ブレアがレンガの家を指差す。フリージアは息を吸い込み、馬車の扉を開ける。午後の始めで太陽が非常に眩しい。フリージアは一瞬、目をつむった。
（早くウェルナーク様の元に行かなければ……！）
フリージアはそれだけを考えていた。焦るフリージアはそのまま馬車から飛び出し、外に出る。しかしブレアはなぜか、わざとか思えるほど遅く馬車から降りていた。
「あ、あの！ 早く行かないと！」
「ふふっ……もうそんなに焦る必要はないよ」
「どういうことですか、今もウェルナーク様が苦しんで……っ」
フリージアに抱えられているラーベがふう……と息を吐く。
「嘘だったんだね、やっぱり」
ブレアが目を細めて微笑む。とても嫌な笑いだ。
「私の魔法は些細なものだが、役に立つ。ほうら、どうだ？」
ゆっくりと茶色の魔力がブレアの喉に集まる。ブレアの声がゆっくりと年老いた、聞き覚えのあるものになっていった。その声にフリージアは聞き覚えがあった。何度も何度も聞いたことのある声だ。
「この声は……博士！？ どうして……」
「どうしても何も、まだ実験は終わっていない」
ブレア――博士がきっぱりと言い放つ。間違えようもない博士の声だ。
そこでフリージアの全身が身震いする。どす黒い悪寒と魔力がフリージアの背筋を震わせたのだ。視界の端、レンガの家の扉がゆっくりと開く。
「待っていたわよ、グズ」
そこには全身に黒い魔力を張り巡らし、怒りに顔を歪ませたアルティラが立っていた。
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