第18話 緊急事態

 次の日、ウェルナークは会議ということで朝から不在だった。ミーナも今日は来ないらしい。なので、フリージアは朝からラーベとふたりきりだ。


「ラーベの指は私たちとは違いますね。指先がぷにぷにしているというか」


 フリージアはラーベの指先をぷにぷに触っていた。なんというか、未知の触り心地だ。ずっと触っていたい。


「これは肉球って言うんだよ。猫は全部こうなんだ」

「じゃあ、ラーベはやっぱり猫ですよね?」

「猫じゃなくても肉球はあるもんだよ」

「そういうものですか……」


 ラーベの背中を撫でながら屋敷にある絵本を読んでいると、ラーベがぴくりとひげを揺らした。


「来客だ」

「えっ? どうしましょう……」

「うにゃ、でもこれは知っている人だ。エルド・ブレア公爵だね。ウェルナークの上司さ」

「上司……?」

「ウェルナークに仕事で命令を出す人ってこと」

「偉い方じゃないですか!」


 遅れて屋敷の玄関がノックされる。ウェルナークに命令を出す人――ということは安全なはずだ。むしろ失礼のないように出迎えないといけない。


「でも妙だな。ウェルナークは今日、来客があるなんて言ってなかったのに」

「そうですね……。こういうことはよくあるんですか?」

「いや、珍しいよ。……何かあったのかな?」


 もしかしたらウェルナーク絡みかもしれない。騎士は危険なこともするとウェルナーク様は仰っていた。もちろん、フリージアを保護した時のように魔法が飛び交う現場もあるだろう……。そう考えると、いてもたってもいられない。


「行きましょう!」


 フリージアはラーベを抱え、玄関に急ぐ。


 玄関口のブレア公爵は息を切らせ、額に汗を浮かべていた。茶色の短髪でウェルナークとそう変わらない年齢だろうか。でもウェルナークに比べるとより活発そうな印象だった。


「ふぅ……良かった。君は無事だったんだね」

「あ、あの……私のことを御存じで?」

「もちろんウェルナークから報告は受けているからね。ラーベも久し振りだ」

「んにゃ、お久し振り」


ラーベがふにっと前脚を上げる。


「悪いが時間がなくてね。私はエルド・ブレアという者だ。ウェルナークかラーベから俺のことは聞いているかな?」

「は、はい……今、ラーベから教えてもらいました」

「なら話は早い。実はウェルナークが急に倒れてね」

「えっ、ええっ!?」


 フリージアは飛び上がらんばかりに驚いた。

 そんな、朝は元気そうにしていたのに。一体、どういうことだろう?

 いきなりのことで頭の中が真っ白になる。


「それで君に来て欲しくてね。悪いが、すぐに俺と来れるかい?」

「うにゃ、なんで?」


 ブレアは口に手を当て、少し迷ってから言葉を続けた。


「言いづらいんだけど、フリージア嬢の魔力が原因かもしれない」

「私の魔力が……!?」

「そう、君の特殊な魔力がウェルナークに作用した可能性が高い。ウェルナークはかなり危険な状態だ。君自身が来て、俺たちと協力して欲しい」


 ブレアは焦っているようだった。悩んでいる時間はない。


(私のせいでこうなってしまったのなら、私がどうにかしないと……っ)


 でないとウェルナークに迷惑をかけたままになってしまう。


「……わかりました、このままの服で行きます。すぐに連れて行ってください!」

「助かる! 門の外に馬車を待たせているから――」

「ちょっと待って。屋敷を離れるの?」


 ラーベが心配そうにフリージアを見上げた。


「屋敷の外だと僕の力はすごく弱くなる。何かあってもフリージアを守れない」

「でも……見過ごすことなんてできません! 私は行きます!」


 自分の中の何かが暴れ出しそうになっている。ウェルナークが大変なことになっているのに、屋敷の中で待っていることなんてできない。

 身体から青い魔力がにじんでいるのが、フリージアには自覚できた。こうしてラーベと話している時間も惜しい。フリージアはラーベに向かって叫んだ。


「ラーベが行かなくても、私は行きます!」

「……わかったよ。僕も連れて行って」


 ブレアが屋敷の外に向けて、早歩きで進む。


「よし、じゃあ行こう。ウェルナークが倒れた場所はここからそんなに遠くない」


 フリージアはその時のブレアがどういう表情を浮かべているか、気付くことはなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る