第17話 渦巻く憎悪

 狭苦しい拘留部屋でアルティラは机を叩いた。魔力で強化された拳は少しも痛くない。でも机も相当頑丈なようだ。傷ひとつ付いていなかった。それがなおさら苛立ちを増幅させる。


「こんなことがあっていいの……!?」


 アルティラは渦巻く憎悪の中で叫んでいた。

 こんなに怒ったのは、あのフリージアが屋敷に来た日以来だ。あのグズはベルダ伯爵家の名前を汚すだけじゃなくて、こんなにもアルティラに屈辱を与えていた。


「全部、あのフリージアのせいよ! あいつがウェルナーク様に取り入ったんだわ!」


 そうだ、そうに決まっている。きっとウェルナークもフリージアのせいでおかしくなったのだ。そうでなければ、アルティラをあんなふうに扱うはずがない。


 内務卿の腹心であるベルダ伯爵家は新興の貴族家でありながら、極めて裕福で政界にも顔が利く。どこの社交場でも夜会でもアルティラを粗末に扱うことなんて、あり得ないことだったのに。


 そもそも考えてみるとおかしなことだらけだ。

 内務卿主催の闇オークションにどうして審問庁がいたのか。どこからか情報が漏れたに違いない。ベルダ伯爵家の人間が裏切るわけがないから、一番怪しいのはフリージアだった。


「あのフリージアが全部、仕組んだに決まっている……!!」


 あいつは無知な顔をしてベルダ伯爵家の内情を外に売ったのだ。閉じ込めていたとはいえ、警備はさほど厳しくはなかった。外と連絡を取り合う機会はいくらでもある。間抜け面に騙され、迂闊にも機会を与えていたのだ。


 そして素知らぬ顔でウェルナークを篭絡し、まんまとベルダ伯爵家を足蹴にしたのだろう。グズでも、あの薄汚い平民女の娘であることを忘れていた。男をたらしこみ、懐に入る術をよく知っている……。


 そう思うと怒りがさらに倍増してくる。あのフリージアはウェルナークを操り、アルティラを徹底的に陥れるつもりだ。


 ――何をしても、あいつをどうにかしないと。


 まだ間に合うはずだ。でもフリージアを黙らせるだけでは、もう十分ではない。あの女は他の男も誘惑し、手駒にするだろう。それにフリージアが口裏を合わせると言ったところで、いつ裏切ってくるかわからない。


 ――つまり確実に、今後の憂いを絶たなくちゃってことね。


 あの女さえいなくなれば、問題は全部消えてなくなる。騎士の取り調べも、闇オークションも、ウェルナークのあの紅い瞳だって、きっと全てが望む通りに進む。


 アルティラはぐっと拳を握った。黒い魔力がかつてないほど昂り、あふれ出しそうになっている。でもまだだ。


 この最大限の怒りは、あのフリージアに炸裂させなければ。

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