第16話 慣れれば

 ミーナが帰り、ウェルナークが仕事に向かった後もフリージアは指輪の石を見続けていた。紅と青の魔力が石の中に揺らめき、本当にずっと見ていられる。


「んにゃ。お気に入りだね」

「はい――とても綺麗です。太陽からの光にかざすと、さらに……」


 窓からの光に当てるとふたつの色以外にも白や緑、様々な色がちらつく。

 こんなに色鮮やかなものがあるなんて、フリージアは知らなかった。


「ミーナはもっとこういうのを持っているのでしょうか?」

「持ってると思うよ。また明日来るみたいだし、聞いてみたら?」

「そうですね……。実験のお手伝いが出来ているかはわかりませんが、この指輪みたいのがもっともらえたら……」

「またウェルナークと一緒に魔力を入れてみたらいいよ」


 そこでフリージアはラーベを見つめた。ラーベはミーナからもらった小さな板(塔はもらえなかった)をぺしぺしし続けている。


「ご迷惑じゃないでしょうか。ウェルナーク様もお疲れになってしまうのでは?」

「そんなことないよ。ウェルナークは嫌なことは嫌って言うから」

「……強いのですね」


 フリージアにはそんな勇気はない。特にアルティラやベルダ伯爵家に対しては。今でもこの屋敷に乗り込んでくるのではないかと、少し不安になってしまう。


「僕はね、君のことはウェルナークにもいい転機だと思っているんだ」

「私がですか? お手間をかけてばっかりのような……」

「ミーナから瞳の影響を取り除いたのは、ウェルナークにとってすごく良かった」


 ラーベがふにっと小さな板を揉んでいる。


「そこまで大きく変わっていない気もしますけれど。まぁ、興味の向かう先がウェルナークから実験には変わりましたが……」

「それが大切なんだよ。君の魔力が育てば、もっと多くの人から瞳の影響を取り除けるかもしれない」

「それがウェルナーク様の望みであるなら、私はそうしたいと思います」


 とはいえ、人から愛される力がそこまでいらないのかとも考えてしまう。生まれたベルダ伯爵家での扱いを考えれば……。フリージアもそんな力が欲しかった。

 でもラーベの言うことだから正しいのだろう。


 それから数日、ミーナが来て実験をしての日が続いた。実験の終わりには、その日使った「何か」をミーナがくれる。そのどれもがかなりのお金で売れるらしい。

 夜はもちろんウェルナーク様と一緒に寝て、食事も一緒にして……。


 そんなある日の晩餐のこと。今日の料理は野菜で巻いたお肉とハチミツ多めのパンケーキだ。フリージアがはふはふと食べていると、ウェルナークが話し始めた。


「フリージア、君の進歩は本当に驚かされる」

「んぐっ……そ、そうですか?」

「基礎的な魔力量と感性は、信じられないほどだ。私も仕事で魔法使いと接してきたが、君ほどの才能を持っている者はいなかった……」

「でもこれはウェルナーク様とミーナ、それとラーベのおかげです。私だけではとても……」

「だとしても、魔力訓練は楽ではない。実際、途中で投げ出してしまう者も多い」

「もったいない気がしますね」


 フリージアには意外だった。魔力を使えば疲れるのは確かだけれど、目に見えるやりがいがある。


「んにゃ。しんどくて疲れることはやりたくないって貴族はたくさんいるからね」

「忍耐が必要だからな」

「はぁ……なるほど……。私にとっては楽しいことですけれど」


 アルティラと一緒にいることを考えたら天国もいいところだ。

 怒られることもなく、温かくて美味しい食事もあるし……。それにこの魔力がコントロールできるようになれば、色々なことに繋がる。


 今のフリージアはもう、ベルダ伯爵家を怖いとは感じても戻りたいとは思っていなかった。でもずっとウェルナークのお世話になるわけにもいかない。


 ……本当はこんな日がずっと続けばいいと思うけれど。

 でもフリージアは知っている。多くを望んではいけない。望み過ぎれば、失ったときが苦しくなる。ウェルナークには十分甘えてしまっている。


 あと数日――あと少しだけ一緒にいたら、フリージアもここから出なければいけない。きっと、そうなるだろう。フリージアは左手薬指に着けている指輪に目線を落とす。その指輪の石の中では紅と青の魔力がちらつき、踊っていた。

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