第12話 新しい一日
翌朝、ふかふかのベッドで寝ていたフリージアはぱちりと目を覚ました。
「んぅ……あっ……」
胴回りに人の体温を感じる。ウェルナークの大きな腕がフリージアを包み込んでいた。こうして他人と寝るのは初めてだけれど、とても気持ちよく寝られた。
これなら毎日一緒に寝て欲しいくらいだ。ウェルナークが嫌じゃなければ。
カーテン越しの日差しは柔らかい。後頭部にウェルナークのかすかな寝息を感じる。まだ寝ておられるのかな?
フリージアが先に起きれたのは意外だった。何事も手際の良いウェルナークのこと、朝も彼のほうが早く起きるのではと思っていたからだ。
(もしかして、今ならウェルナーク様の無防備な寝顔を見られるのでは?)
ごそごそ、もぞもぞ……。
フリージアはウェルナークを起こさないよう、ゆっくりと首を動かす。
……だめだ。首だけじゃなくてもっと動かないと。
「起きたのか」
「はぁ、ええっ、ああ!?」
「……なんだ、その声は。そんなに驚くことはないだろうに」
「お、起きていたのですか!?」
「うとうとしていたがな。フリージアはよく眠れたか?」
「はい、それはもうすやすやと……」
夢の中でフリージアは大きくなるラーベと遊んでいた。どんどん太く、大きくなるラーベは最高で……乗る前に夢が終わってしまったのだけが残念だ。
「なら、良かった」
しっとりとした声音でウェルナークが腕を引き抜き、身体を起こす。あっ……と残念に思ったが、朝になったらこうなるのは当然だ。
「あの……」
もう少し、と言おうとしてフリージアは口をつぐんだ。さすがに迷惑のかけすぎだ。代わりに、フリージアは別の気になっていたことを口にした。
「どうした?」
「あの……ウェルナーク様はよく眠れましたか? 私がそばにいて、眠れなかったりとかは……」
「大丈夫だ。むしろすごく静かだったぞ」
良かった……。ウェルナークに身体をぶつけたり、うっかり蹴ったりはしていなかったようだ。ウェルナークが起きたので、フリージアもベッドから起き上がる。
まだ少し眠そうなウェルナークが首をこきりと鳴らした。まとめられた黒髪が揺れる。普段より無防備なウェルナークを見て、フリージアの胸が高鳴った。
「……どうしたんだ?」
「い、いえ! 寝起きで、ちょっとぼーっとしただけで!」
「そ、そうか……」
「あっ、ラーベは? かごの中にいませんが」
「ラーベならもう起きて朝食を作っているだろう。それが日課だからな。ほら、少し卵と肉の匂いがするだろう?」
すんすんと匂いに集中すると、確かにおいしそうな匂いがする。
「ラーベは働き者ですね」
「自分が食べたいだけじゃないかという気もするが……」
ウェルナークが伸びをする。
「よし、朝食にしようか」
「はい!」
♢
そして皆で一緒に卵とベーコン、サラダの朝食を食べた。誰かと食べる食事はとてもおいしい。もちろん、温かいのもとても良かった。
ここで食べる料理は離れのときのものとは全く違う。食事ひとつでこうも人生が違うのかとフリージアは驚くしかなかった。
とはいえ心配事はある。フリージアの作ったパフェ(らしきもの)はまだひんやりタンスに入ったままだ。完全に食べるタイミングを失っていた。
朝食を食べて少しすると、宣言通りミーナが屋敷にやってきた。ぱんぱんに膨らんだバッグを肩から下げ、朝から元気いっぱいである。
「おはよう! 来ましたわ!」
「おはようございます、ミーナ」
「やる気だねぇ」
「……荷物が多いな」
「今日使うのはこの一部だけだけど、とりあえず必要そうなのを全部持ってきましたわ!」
午後からウェルナークは外出ということで、フリージアは午前中にできるだけミーナの実験に協力することになった。使っていない一室に集まり、実験を始めることにする。
ミーナがよくわからない鉄製の部品を取り出し、ガチャガチャと組み立てる……。見たこともない品物に、フリージアは好奇心を刺激された。
「これは何なのでしょうか?」
「えーと魔力の強度や大気中の魔力変化を捉えるアレコレね。詳しいことは……帝国魔法院の教科書に書いてあるわ」
よく分からないがウェルナークとラーベは静観している。ということは問題ないのだろう。しばらくすると本当に見たことのない鉄製の小さな塔が出来上がっていた。
塔の上では小さな板がくるくると回転し続けている。空に浮かぶラーベがその回転する板をじっと見つめていた。
「うにゃ……」
「ラーベ、触らないでね! この回る板が重要なんだから!」
「ちぇ、やっぱりか。残念」
どうやら触りたかったらしい。危ない。
(良かった……! 私も触りたかったのですよね。つんつんしなくて正解でした)
「えーと、まずは基礎的な試験からね。まぁ、諸々の測定も一緒にしちゃうけど! というわけでフリージアに魔力を発現してもらわないと」
「ええと、魔力を……」
「そうそう、昨日の青い魔力をね。どばーって出してオッケーよ」
「はぁ……」
でも、どうすればいいのだろうか。腕を少し上げて、じっと見ても何も起こらない。昨夜のような青い魔力は全く感じられなかった。
「うぅ……! どうですか?」
「うーん、特に何も反応ないわね。私の感覚でも魔力出てないし」
「フリージアはまだ魔力をコントロールできないんだと思うよ」
ウェルナークがじっと私を見つめる。
「昨日のようにミーナに感情をぶつけてみたらどうだ?」
「……でも理由がありません」
昨日のあれはまぐれだったのだ。こうして一夜過ぎてミーナと向き合っても、あれほどの身体の熱さは出てこない。
「ふむ……どうしたものか」
「安心して。もちろん、わたくしにはすでに案がありますわ!」
「おおー!」
「というわけで、ウェルナーク様、ちょっと来て」
「……嫌な予感がする」
ウェルナークとミーナが部屋の角でごにょごにょ話している。さすがに少し距離があるので内容はわからない。
「ごめんなさい、私のせいで……」
「んにゃー、気にしないでよ。魔力のコントロールは特に初めの頃は難しいんだ。誰だって――聖女だってね」
「なるほど……」
と、そこでウェルナークの慌てた声が聞こえる。
「ちょっと待て、本気か?」
「本気よ! さぁ、早くやってくださいませ!」
「待て……。それ以外に手はないのか?」
「これがだめだったら、使いますわ!」
……何をするんだろう。部屋の角からウェルナークとミーナが戻ってきた。
ウェルナークは真剣な表情だ。紅い瞳が濡れている。
「え、ええと?」
「フリージア……」
すっとウェルナーク様の手が伸び、私のあごをくいっと持ち上げる。
「愛している」
「はい?」
さすがのフリージアでも言葉の意味はわかる。そして、その言葉を理解した瞬間、フリージアの身体がかっと熱くなった。
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