第11話 ウェルナークの記憶

「期待外れだ」


 もう15年は昔になるだろうか。

 10歳のウェルナークを見て、父がそう言い放った。ウェルナークはそれを黙って聞くしかなかった。


 ウェルナークの生まれたフェブレル家は魔法によって帝国に仕える家だ。

 生まれ持って魔力が発現しなかったウェルナークは、家族からどう扱われても反抗することは許されなかった。


 魔力のないウェルナークを責めない血縁者はミーナくらいだった。もっとも、彼女は昔から研究一筋で他人と感性が違うというのが正確だろうが……。ウェルナークの母も無能な息子を責めた。


「この役立たず! 魔力を持っていないお前なんて必要ない!」


 母親はウェルナークをよく叩き、殴った。頭に衝撃やストレスを与えると魔力を発現することがある――らしいからだ。

 結局、それは本当だった。


「魔力のない子どもなんて生まなきゃ良かった! あんたなんていらないのよ!」


 ある日、ウェルナークは母親に押されて屋敷の大階段から落ちた。そして頭を強く打って生死の境をさまよい、魔眼に目覚めたのだ。

 家族の態度はそれで完全に変わった。


「素晴らしい魔力だ。これぞフェブレル家の息子だ」

「これでこそ自慢できるわ」


 魔眼と目覚めた魔力は本当に何もかも変えた。ウェルナークの魔力は帝国でも有数のものになり、あらゆる女性を魅了した。しかしそれに何の意味があるだろうか?


 ウェルナークは今だに家族を許してはいなかった――ラーベとふたり暮らしなのもそれが理由だ。結局、俺は正義に殉じる騎士になった。力を正しく使うことだけが俺の望みであり、生き方だと思ったのだ。


 騎士は帝国の秩序を守る礎だ。魔力を持たない者は騎士になる資格がない。騎士は様々な特権を持つ――現行犯であれば皇族でさえ逮捕できる。


 もし俺と同じような人間がいたら……俺は正義を執行する。そこに迷いはない。例え大貴族が相手であろうとも。いかなる黒幕がいようともだ。


 女性とベッドを共にする、という異常事態にウェルナークの目は冴えてしまっていた。しかしつらつらと考え事をしているうちに、やっと少し眠気がやってきていた。


 フリージアは俺の腕の中ですやすやと眠っている。


「むにゃむにゃ……ラーベ、太りました……?」


 なんだかラーベに失礼な夢を見ている気がする。しかしフリージアは本当に不思議な少女だ。知識は極度に欠落しているが、地頭は良い。こちらの話の要点をすぐに掴む。


 ミーナが協力してくれるのなら、魔力の向上もスムーズに進むだろう。魔力関連での先行きは明るいと言える。


 こんなことになるとは、昨日までなら考えられなかった。俺も彼女と接して、少し変わったのかもしれない――でなければ、フリージアにここまで肩入れはしなかっただろう。


 魔眼の効かないフリージア……。魔眼なしでもきちんと向き合えるなら、それは本当に真実の関係と言えるのではないか?

 俺は結局、ラーベ以外とはそういう関係を家族とも築けなかった。


「打てる手、か……」


 さきほどウェルナークはラーベの『フリージアと婚約作戦』を一蹴した。だが、互いの感情を脇にどければ悪くはない。ウェルナークの評判はどうにでもなる。今、ウェルナークは……フリージアを守りたいと強く思っていた。


 フリージアを切り捨てることは、自分自身の過去も切り捨てるということだ。大人になってやっとわかる。あの時、助けてくれる大人が欲しかったのだと。


 今、ウェルナークの腕の中には俺にしか守れない少女がいる。

 魔眼の力は……こういうときのために、生まれたのではないか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る