第10話 追い詰められて

 こんなのは絶対におかしい。納得できない。審問局の狭い部屋でアルティラは極限まで苛立っていた。


 窓には鉄格子、食事は粗末、ベッドは硬くて眠れそうにない。


「なんなのよ、もう! どうして私がこんな目に合うの!」


 屋敷で叫べばメイドや執事がすぐに飛んできて、アルティラの望みを叶えてくれた。だが、ここではここでは何の反応もない。信じられないほど無礼な連中だった。


「ふん、でもお父様がすぐになんとかしてくれるわ。あのフリージアも絶対に許さないんだからっ……」


 アルティラの父であるベルダ伯爵家は金があった。貴族家との繋がりも広い。今頃、ベルダ伯爵がアルティラのために色々と動いてくれているはずだった。


 しかし考えれば考えるほど、怒りが収まらない。


「ああ、もう本当にイライラする! あんなフリージアなんて、屋敷に入れなければ良かったのよ!」


 フリージアは平民の穢れた子で、貴族の家に入る資格なんてこれっぽちもない。しかもフリージアは何かが「おかしい」のだ。


 絵本を読めば中身を1回で暗記する。楽器もちょっと触るだけで綺麗な音を出す。歌もそうだ、耳で聞くだけでかなりの部分を再現できる。


 そんな人間がいるだろうか?

 フリージアは何か普通じゃないし、ズルをしているのだ。


 忘れたことはない。お父様はたった一度だけ、アルティラにこう言った。


『お前とフリージアが逆だったらな。お前が勝っているのは魔法だけだ』


 アルティラは怒り狂って、後にフリージアを魔法で打ちのめした。

 兄が止めなかったら本当にフリージアを殺していたかもしれない。でも今になってこんな屈辱を味わうのなら、あのときにフリージアを殺しておけば良かった。

 そうすれば面倒なことなんて何もなかったのに。


 思えば、ベルダ伯爵はどうしてフリージアを屋敷に入れたのだろうか?


「この博士の言うことには絶対に従うように」


 そうベルダ伯爵は言って、フリージアを屋敷に入れた。しかし何かがおかしかった。フリージアの衣食住はアルティラよりも悪かった覚えしかない。

 さらにアルティラが稽古や勉強のストレスをフリージアで発散しても、咎められることはなかった。どこかの貴族家へ嫁入りさせるのかと思ったが、そうでもなかった。貴族としての教育は何もフリージアに与えられなかったからだ。


 まるで虐められるためにやってきたような……。


 最終的に売り飛ばされると聞いて、アルティラはすっとした。結局、フリージアはベルダ伯爵のお眼鏡にはかなわなかったのだ。平民娘には当然の結末だった。これで気味の悪いフリージアはいなくなる……はずだった。


 なのに、フリージアはウェルナークに注目され、守ってもらった。

 帝国の貴婦人がウェルナークがどれだけ興味を持って、愛しているか。フリージアは少しも知らないだろう。皇族さえウェルナークを評価していると聞く。


 無理もない、あれだけ素晴らしい美形と濡れた紅い瞳――どうしてもウェルナークが欲しくなる。ウェルナークを射止めれば、帝国で最上位の地位は間違いない。

 ウェルナークを片側に置けば、きっと皇族とさえお茶会ができる。フリージアは、あの平民女はウェルナークのことなど何も理解していないというのに。


 今もフリージアはウェルナークと一緒にいるのだろうか。それを考えるだけで、さらに内臓が煮えくり返りそうだった。


 この審問局の壁はアルティラの魔法で傷ひとつ付かない。騒いでも誰もアルティラの命令を聞かない。そして屋敷とはかけ離れた――まるで罪人用の部屋。


 深夜になってもアルティラは果てしなく苛立っており、眠れないほどだ。アルティラはベッドに腰掛け、身体をずっとゆすっている。それゆえ、部屋のノックを聞き逃すことはなかった。


「誰、何の用よ! 私は今、イライラしているの!」

「――私だ」

「……っ!? その声は博士!?」

「そうだ、静かにしろ」

「は、はいっ……」


 審問局の監禁部屋の前に、博士がどうやって入り込んだのだろうか?

 疑問は沸いたが、アルティラはすぐに博士が特別な貴族だと思うようにした。


(お父様もお兄様も、博士を賓客として扱っていたのよ。ここまで入り込めることができても、不思議じゃない……)


 きっと博士はベルダ伯爵に言われ、自分と接触しに来たのだ。アルティラは能天気かつ前向きにこの状況を捉えるようにした。だが、当の博士は呆れ声で言った。


「君のことは計算外だった。オークション会場に着いたら、すぐ帰るよう言っていたはずなのに……。どうしてあの場に残っていたんだ?」

「そ、それは……」


 フリージアのみじめな姿を見届けたかったからだ。どんな変態に売られ、悲惨な末路を辿るのか。それをじっくりと見下ろすつもりだった。


「まあ、いい……しかしかなりマズいことになった。君の身柄が公安庁に捕まるとはな。ブレア公爵はやり手だから、これからどうなるか」

「な、なんとかなるのでしょう!?」

「1週間、耐え抜けば問題はない。爪くらいは剥がされるかもしれないが、君が黙っていれば済む」

「嫌よ! なんで私がそんな――」

「つまりそれくらい良くない、ということだ」

「お父様を呼んで! そうしたらこんなところ、すぐに――」

「ほう、私よりも上手に立ち回れるつもりか? 見ものだな、審問官の尋問術にどこまで耐えられるか」


 博士の声が少し遠ざかる。アルティラは慌てて博士を呼び止めた。


「待って……! 拷問は嫌……何かもっといい方法はないの!?」

「とにかく余計なことを喋るな。それと最後の後始末は自分でやることだ」

「ど、どういうこと……?」


 博士がぞっとするほど暗い声を出した。


「フリージアと話す機会を用意する……あの女が余計なことを喋らないよう、説得しろ。どんな手段を使っても、口をふさげ」


 アルティラは直感した。つまり最悪の場合はフリージアを殺せということだ。

 しかし黙らせるだけなら、そう難しくはない。フリージアにはベルダ伯爵家しかないし、アルティラに逆らうなんてことはあり得ない。

 直接会って脅せば、すぐに従うはずだ。いままでもそうだったし、これからもあのフリージアがアルティラに逆らうことなどあり得ない――あってはならないのだ。


「わ、わかったわ。でも……私はここから出られないし、どうするの?」

「数日中に機会を作る。君は私の計画通りに動け。今度こそ、完全に従って動くことだ」

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