第8話 変な人だからこそ

 そこでフリージアは固まってしまった。

 従妹という単語は知っている。つまりウェルナークの家族ということだ。しかしミーナとウェルナークだと、あまりに色々と違うのではないだろうか。


「まー、でもミーナは変わり者だからさ」

「うぅ……ラーベもわたくしを変人だと? 皆、わたくしをそんなふうに……」

「頭はいいが、どこかズレているからだ」


 ウェルナークがばっさりと斬り捨てる。しかしフリージアもその意見には賛成しかなかった。ここまで騒がしい人はフリージアの人生で初めてだ。アルティラでさえ、自慢と怒っている時以外は喋り続けたりしなかった。


「でもウェルナーク様だって、変わり者ですよね。ちょっと前からこっそり見てたくせに……」

「えっ、そうなんですか!?」

「こほん……君の大声で、入るタイミングがな」

「あそこから見てたのですか!? 熱くなってて、気付きませんでした……」

「俺も君がああまで感情を出すと思っていなかったからな……。少し様子を見ていた」

「本当はフリージアから魔力が出たところでウェルナークは飛び出そうとしたんだけど、僕が止めたんだ。ミーナへの影響を確かめたかったから」

「本当に賢い猫ですね……」

「だから猫じゃないよ」

「しかし結果として、とても良い収穫があった。ミーナの変人度合いに変わりはないが、正気に戻ったんだな」

「ええ……あなたの瞳の魔力から、自由になれたみたいですわ」


 そこでフリージアはふと疑問に思う。ウェルナークの魔力――とミーナは口にしているけれど、それってどういうことだろう?

 首を傾げていると、ラーベが説明してくれた。


「わからないって顔をしているね。要は女の子がウェルナークの瞳を見ちゃうと、ウェルナークを独占したくなるんだ」

「はぁ……なるほど……」

「あのときのアルティラのようになる、ということだ」


(うっ、全員があんな風に……?)


 フリージアはぞっとする。言われてみると、さっきのミーナもあのときと同じ雰囲気だった。


「それって……かなり困りませんか?」

「もちろん大いに困っている。俺にもこの影響は制御できない」


 ミーナが床を這いながら、フリージアに近付いてくる。


「でも、ええと――フリージアちゃんには効かないのね?」

「そうだな。彼女は俺の瞳の影響を一切受けてない」

「やっぱりそうなのね。反魔法の性質があるから、もちろん当人もそうなるのでしょうけど。ああ、でもこれって素晴らしいことよ! ものすごい可能性だわ!」

「……あの、この人って本当に前々からこんな感じなのですか?」

「んにゃ。ずっとこうだよ」

「ねぇねぇ! この子をわたくしに預けない!? 研究したいわ! もうすでに5個はやってもらいたい実験を思い付いたの!」

「ダメだ」

「なんで!? お金もちゃんと払うし! 守秘義務契約を結んでもいいのに! やだやだー!」


 ミーナは騒ぎながら床を転がっている。綺麗な床とはいえ……。


「はぁ……全く、なんて様だ」

「ウェルナーク様とかなり違いますね……」

「これでも魔法研究家として、帝国の新星なのだがな。自制心が足りないが」

「むにゃ。でもウェルナークの影響がないなら、ミーナはいいかもよ? ちゃんとした魔法訓練も受けてるし、顔も広い。魔力の扱いだけなら、ウェルナークより上手だし」

「むっ……」


 ウェルナークが眉を寄せるが、否定しない。どうやらラーベの言う通りのようだ。

 でも確かに、ミーナはさきほどフリージアのあふれる魔力を落ち着かせてくれた。他にもきっと色々とミーナはできるのだろう。


 ウェルナークのお世話になること――はもう仕方ない。でもそれだけでは、だめなのだ。自身の魔力を、きっちり使えるようにならなくては。


「俺としては、あまり気が進まんが……」

「……私はミーナから色々と学びたいです」

「フリージア、本気か?」

「さっきの身体の熱さというか……感情が必要なら、ウェルナーク様よりもミーナのほうが出しやすいと思います」

「うんうん、ミーナのほうが素直になれるよね」


 ウェルナークはフリージアとミーナを見比べて、軽く眉間を揉んだ。


「わかった……。だが、この屋敷の中でやること。それと俺かラーベが必ず立ち会う」

「やったー、ありがとう!」


 ミーナが床に這ったまま、目を輝かせる。


「はぁ……このフリージアは重要案件の参考人なんだ。そのことを弁えるように。ラーベ、束縛を解いてやれ」

「はいさっさー」


 ぷにっとラーベが前脚を振ると、ミーナの身体を拘束していた白い魔力が消えた。ミーナがばっと立ち上がる。


「よし! 早く帰って準備しないと! じゃあ、明日の午前中にまた来ますわ!」

「わ、わかりました……」

「じゃあねー!」

「さっさと行け」


 ミーナは手を振ると、そのまま開けっ放しになっていた窓から出ていった。やっぱりこの窓から侵入したのだとフリージアは思った。ウェルナークはミーナが出ていくと、即座に窓を閉めて鍵をかける。


「あの……ミーナはひとりで帰して良かったのですか?」

「……問題はあるまい」

「ミーナの家は、あそこだからね」


 ラーベが窓をちょんちょんと叩く。


「あそこ……?」


 私が窓の外を見ると、生け垣の向こうにお屋敷があった。ここのお屋敷よりはやや小さいようだけど、かなり立派なお屋敷だ。


「もしかして、ミーナはお隣に住んでいるのですか」


 ウェルナークは疲れた表情で頷いたのであった。

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